一ノ谷のあと、壇ノ浦のまえ。
その狭間にあった範頼の九州行を、戦略と兵站の視点から描いた読み応えのある作品です。
源平合戦というと、どうしても義経の鵯越、屋島、壇ノ浦といった派手な場面に目が向きがちです。
しかし本作では、範頼が担った西国遠征、九州制圧の意味が丁寧に掘り下げられています。
兵を進めるだけではなく、米がいる。船がいる。土地の豪族との交渉がいる。
そして何より、平家が九州と宋との交易を押さえる危険性まで見据えなければならない。
その構図がとても面白かったです。
範頼の人物造形も魅力的でした。
義経のような閃きと突破力ではなく、頼朝のような冷徹な政治性でもない。
文を送り、状況を見極め、時に迷いながらも、投げ出さずに腰を据える。
その粘り強さが、範頼ならではの大将らしさとして描かれています。
また、頼朝・義経・知盛の描き分けも効いています。
頼朝は上に立つ者として物事を深刻に見通し、義経は最適解を即断し、知盛は二重三重に源氏を揺さぶる。
その中で範頼が、自分にできるやり方で戦局を動かしていく構成が良かったです。
特に、平家の真の狙いを九州に置き、宋との交易や冊封の可能性まで絡めていく視点には特に唸りましたね。
壇ノ浦へ至るまでの戦いが、単なる源平の軍事衝突ではなく、外交・物流・正統性をめぐる大きな争いとして見えてきます。
派手な英雄譚の裏側にある、兵站と根回しと待つ力。その重みを範頼という人物を通して描いた、知的で骨太な源平モノです。
歴史作品の名手である四谷軒氏が今回参加された三題噺のお題は「楽」「引」「場所」。根拠はありませんが、割と自由に題材を選べそうな気がします。
そして氏が選んだ主人公は、源範頼。かの有名な頼朝の弟にして義経の兄です。そして……あれ、結局どんな人物でしたっけ?
もし「影薄いが歴史上の人物ランキング」とか「名前は知ってるけど具体的にどんな奴から知らん歴史人物選手権」をやったら、上位入賞間違いなしということだけはわかるんですが……。
思えば不憫な立ち位置の人物です。兄も弟も大河ドラマの主人公に抜擢されていて、弟に至っては複数作主役を務めていますが、範頼を主人公にした大河を作ろうという話は寡聞にして知りません。それに少年期の呼び名は「蒲の冠者」。カバのかじゃとか、絶対小学生のときいじめにあうやつです。
しかしそんな地味な範頼も、平家打倒の戦いでは重要な役割を担っています。源氏はしばしば、軍事用語で言うところの「鉄床とハンマー」戦術で平家の大軍を破っていますが、「鉄床」である範頼(の大軍)がいなければ、義経の「ハンマー」も空を切るだけ。本作では、そんな範頼の「地味で目立たないが命令には忠実で、源氏の勝利に不可欠な存在」ぶりが描かれています。ついでに、上にも下にも(※)やべー奴しかいない不憫さも。
「源範頼」の名前だけは知っている人も知らない人も、是非本作で存在を知ってあげてください!
※上(頼朝)のヤバさについては、本作の「美濃尾張」のくだりで堪能いただけます。
下(義経)のヤバさも本作で味わえますが、より詳しくお知りになりたい方は、四谷氏の作品『義経、三日で覆(くつがえ)す ~三日平氏の乱~』
https://kakuyomu.jp/works/16818792440363468169
をお読みになられることをおすすめします。