第10話 西部の酔いどれ将軍と、銀に輝く食糧
1862年初頭。イリノイ州カイロ。
オハイオ河とミシシッピ河が交わるこの要衝は、ぬかるんだ泥と、腐敗した物資の悪臭に沈んでいた。
そこへ、蒸気船の汽笛とともに異様な一団が上陸した。
泥の色に溶け込むOD色の軍服、不気味な鉄兜、そして何より、一個中隊とは思えないほどの長大な馬車列。その先頭で、泥に汚れることを厭わず、迷彩の外套を翻して歩く白皙の少年大尉――ウィリアム・ヴァン・レナードの姿があった。
「……あいつが、ワシントンで噂の『ハドソンの至宝』か。随分と可愛らしいお人形さんが届いたもんだ」
安煙草の煙を吐き出しながら、それを出迎えたのは、無造作に髭を蓄えた男――ユリシーズ・グラント准将であった。彼は、自分を冷遇する陸軍省が送り込んできた「名家の御曹司」を、戦場の重荷になると断定していた。
「お初にお目にかかります、グラント閣下。ウィリアム・ヴァン・レナード大尉です。……閣下の表情を見るに、僕の連れてきた『客たち』は歓迎されていないようですね」
ウィリアムは、グラントの蔑むような視線を受け流し、優雅に微笑んだ。
「貴公のような坊ちゃんが戦場に来て、何をする? ここはワシントンの社交界じゃない。泥を啜り、腐った豚肉を食う地獄だ」
「ええ、その通りです。ですから、僕は僕の部下や、閣下の兵士たちに地獄を見せないために来ました」
ウィリアムがサムに合図を送る。サムは馬車の積荷を覆っていたキャンバスを剥ぎ取った。
そこには、銀色に光る金属製の円筒――「缶詰」が、数万単位で整然と積み上げられていた。
「閣下、これは僕の姉たちが『ウィルの部隊が飢えるなんて耐えられない』と泣きついて、実家の工場をフル稼働させて作らせた牛肉の缶詰です。真空パックされ、石炭酸で消毒された工場で詰められたこれは、一年経っても腐りません。……そして、温めるだけで最高級のシチューになります」
ウィリアムは、その場で一つ缶を開け、ナイフで中身をグラントに差し出した。
「食ってみろと言うのか」
グラントは訝しげに口に運んだ。次の瞬間、彼の瞳に驚愕の色が走る。
「……美味い。いや、それどころか、これは……まともな飯だ。この戦場のどこにある食事よりもな」
「これだけではありません。僕の馬車には、泥水を飲み水に変える浄水装置と、雨の中でも火がつく乾燥燃料も積んでいます。閣下、重い大砲や名誉を語る騎兵隊は後回しで構いません。僕の『物流』を閣下の戦術に組み込んでください」
ウィリアムは、グラントの酒臭い息も気にせず、一歩踏み込んでその目を見つめた。
「ミシシッピ河の要塞を落とすのに、兵士の勇気は必要ありません。必要なのは、腹一杯の食事と、湿気ても火を噴くスペンサー銃の弾丸だけです。……僕が、この西部戦線を『世界で最も快適な戦場』に変えてみせますよ」
グラントは、手元の缶詰と、目の前の少年の冷徹な瞳を交互に見た。
「……面白い。ワシントンの連中は、貴公を英雄と呼んでいるようだが、私の目には、戦争そのものを買い叩こうとしている『商人』に見えるぞ」
「最高の褒め言葉です、閣下」
泥まみれの酔いどれ将軍と、銀色の缶詰を積み上げた美少年の握手。
それは、後に南部軍を絶望の淵に叩き落とす「兵站無双」の幕開けであり、ヘンリー砦攻略へのカウントダウンの始まりであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます