第15話静かな部屋
「……上がる?」
自分でも驚くくらい、小さい声だった。
凪は一瞬だけ目を丸くして、
それから、ゆっくり頷いた。
「うん」
玄関で靴を脱ぐ音が、やけに大きく聞こえる。
家の中は静かで、
数日間、俺しかいなかった空気が残っていた。
「お邪魔します」
その言い方が、
昔と何も変わらなくて。
胸の奥が、少しだけあったかくなる。
リビングに通して、
とりあえずお茶を淹れる。
急須を持つ手が震えて、
少しこぼした。
「……ごめん」
「いいよ」
凪はそう言って、
当たり前みたいにティッシュを取ってくれる。
その仕草が、
「戻ってきた」感じがして、
喉の奥がつんとした。
二人で向かい合って座る。
湯気が、ゆっくり立ち上る。
会話は、ない。
でも、
沈黙が怖くなかった。
前は、
何か話さなきゃって思ってた。
黙ってると、不安になった。
今は違う。
凪がここにいる。
それだけで、十分だった。
「……学校」
俺が先に口を開く。
「まだ、行けそうにない」
正直な気持ちだった。
凪は、少し考えてから言った。
「うん」
「無理しなくていいと思う」
即答じゃないのが、優しかった。
「でも」
「行ける日が来たら、一緒に行こう」
その言葉に、
胸の奥が、静かに震える。
「……一緒?」
「うん。前みたいに」
前みたいに。
でも、前とは違う。
そう思ったけど、
口には出さなかった。
お茶を一口飲む。
少し苦い。
「凪さ」
名前を呼ぶと、
すぐに目を向けてくれる。
「……ありがとう」
それだけ。
理由も、説明も、いらなかった。
凪は、少し困ったように笑って。
「俺、春がいなくなるほうが嫌だったから」
当たり前みたいに言う。
それが、
どれだけ俺を救ってるか、
本人はきっと分かってない。
時間は、ゆっくり流れた。
夕方の光が、
窓から差し込んで、
床に長い影を作る。
この部屋で、
一人で壊れていた数日が、
少しずつ、遠くなる。
完璧じゃない。
まだ、怖い。
でも。
「……明日さ」
俺は言った。
「朝、起きれたら」
「連絡、する」
凪は、嬉しそうに頷いた。
「待ってる」
その一言で、
また一歩、前に進めた気がした。
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