第5話近づく手、離れない想い



 ソロが決まってから、凪の周りの空気は変わった。


「白瀬、今日も一緒に帰らない?」


「ね、昼休みさ——」


 声をかけられる回数が、明らかに増えた。

 男女の区別はない。

 ただ、“凪”という存在に向けられる関心。


 春瑠は、それを少し離れた場所から見ていた。


(……前から、こうだったっけ)


 違う。

 前は、凪は目立たなかった。


 静かで、少し変わっていて、

 でも“春瑠の隣にいるやつ”。


 それだけだった。


 今は違う。


 笑いかけられて、

 名前を呼ばれて、

 必要とされている。


 凪は戸惑いながらも、断らない。

 優しいから。

 誰かを拒むことが、できないから。


「凪」


 気づけば、名前を呼んでいた。


「春瑠?」


 凪はすぐ振り返る。

 それだけで、胸の奥が少し緩む。


「次、体育だろ。一緒に行くぞ」


「うん」


 凪はそう言って、

 他の誘いをやんわり断り、春瑠のほうへ来た。


 それを見た瞬間、

 安心と同時に、胸が痛んだ。


(……選ばせてる)


 凪は、自分で選んでいるつもりだろう。

 でも、それを“当たり前”みたいに奪っているのは、

 春瑠だ。


 体育の授業。

 バスケ。


 凪は、そこまで運動が得意なタイプに見えない。

 なのに、動きは無駄がなくて、反応も早い。


「白瀬、ナイス!」


 クラスメイトの声。


 凪は少し照れたように笑う。

 その笑顔に、また視線が集まる。


(……やめろ)


 誰にも聞こえない声で、春瑠は呟く。


 ゴール下で、凪が転びかける。


「凪!」


 反射的に、腕を掴んで引き寄せた。


「だいじょうぶ?」


 近い。

 近すぎる。


 凪の髪が、少しだけ頬に触れる。

 柔らかくて、くすぐったい。


「うん、ありがとう」


 当たり前みたいに、そう言われる。


 周りから、

 「仲いいな」

 という声が聞こえた。


 その一言で、

 春瑠の中の何かが、強く締めつけられる。


(仲がいい、だけでいいだろ)


 それ以上を、望むな。


 そう言い聞かせるほど、

 逆に、意識してしまう。


 放課後。


「白瀬ってさ、春瑠とずっと一緒だよね」


 誰かが、何気なく言った。


「幼馴染だから」


 凪は、迷いなく答える。


 それが、嬉しくて。

 同時に、怖かった。


(幼馴染、か)


 その言葉に、

 全部閉じ込められている気がして。


 昇降口を出ると、

 凪がふっと立ち止まる。


「ね、春瑠」


「……ん?」


「ぼく、最近、みんなが近い」


 ぽつりとした声。


「前は、こんなじゃなかったのに」


 凪は、不安そうに眼鏡の位置を直す。


「……やだ?」


 その一言が、

 胸の奥に突き刺さる。


 やだ。

 正直に言えば、やだ。


 凪が誰かに見つかるのも、

 近づかれるのも。


 全部。


 でも、そんなこと、言えるわけがない。


「……慣れる」


 絞り出した答え。


 凪は、少しだけ寂しそうに笑った。


「そっか」


 その表情を見て、

 春瑠は初めて、はっきり思った。


(奪ってる)


 守ってるつもりで、

 縛ってる。


 それでも。


(手放せない)


 それが、

 “幼馴染”の感情じゃないことに、

 薄々気づきながら。


 でも、認めたら壊れる。


 だから春瑠は、

 今日も凪の隣を歩く。


 誰にも取られないように。

 ――自分からも、逃げないように。

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