砂浜の魔物
「さて、やるか」
俺は装備を整えたあと、ビーチの方に戻ってきていた。
ここでは戦闘用のフィールドと観光用のギールドの二つに分けられている。
つまり、観光に来た人は魔物の脅威にほぼ怯えずに楽しむことができると言うことだ。
なぜほぼなのかというと、大体一月に一度ほど戦闘フィールドから流入することができる個体が現れるからだ。
まあこれはバグとかではなく仕様だろう。なんのハプニングもなかったら面白くないからな。
そして、俺が馬車から降りたのはちょうどその狭間だったようで、どちらの人たちも見ることができたというわけだ。
これが海の家の店員から教えてもらった情報。
何の魔物が出るのかまでは教えてもらえなかったが、それでも十分だろう。
何も知らずにここに入ってきていたらまず間違いなく迷っていた。
そして俺は迷いなく戦闘用フィールド側の砂浜に入る。
「グジャァ」
途端、一種類の魔物が俺に向かって突進してくる。
「うおっ」
まさかのリスキルに俺は一瞬判断が鈍ったせいでその突進を真正面から受け止めてしまった。
削られたHPは大体500くらい。一般的なプレイヤーだと相当な痛手を追うか、場合によっては死んでいた。
まあ、俺は一般的なプレイヤーじゃないから全然OKだ。
そして、そんなリスキルをかましてきた作法のなっていない魔物の全貌を確認する。
「ギジャ」
見た目はヤドカリだろうか。
大きさが2mほどで、ハサミが異様に大きくなっていて、殻にも針ような鋭い棘が生えているということを除けば。
うーん、化け物だな。
しかも本体部分をよく見たら、目がギョロギョロと動いて周囲を確認していた。
キモい。
なんかこのゲームイルンに来てから出てくる魔物がキモいやつばっかりになったな。
最初の方は割と真面目な魔物構成だったはずなのに。
一体運営はどこに向かっているのだろうか。
とりあえず俺はその魔物の詳細を確認する。
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モンスター名:ビッグ・ハーミットクラブ
HP:735/1000
説明:砂浜に生息する魔物の一種。基本的な性格が温厚で、自身に何か関与しない限りは攻撃してこない。昼は砂に潜って眠っており、夜になると外に出て活動し始める。草食性の強い雑食なので狩りをするということもしない。が、一度怒らせると仲間を呼び、脅威的な団結力で目標を圧殺するので注意が必要。
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・・・名前が相変わらず直訳なのは突っ込んだ方がいいのだろうか。
日本語訳すると大きなヤドカリ。
うーん、安直。
もう当然のようにHPは4桁なんだな。そろそろ俺の思っている魔物像をアップグレードした方が良さそうだ。
俺の頭の中のゴブリンがインフレの波に泣いているのが思い浮かぶ。
ただ、この説明文を見る限りこの魔物は積極的にプレイヤーを倒す魔物ではなさそうなんだよな。
なんで敵対しているのか本当にわからない。
俺は戦闘用フィールドに入ったことぐらいしか行動を起こしていない。
・・・まさかフィールドに入ることが怒りのトリガーになるのか?
もしそうなら沸点が低すぎだろ。
何が温厚な魔物だよ。短気に変えた方がまだマシだわ。
「ギジャ!」
俺が頭の中で魔物に悪口を浴びせていると、何かを読み取ったのか最初よりもさらに怒りながらヤドカリは俺に突進してくる。
グサッ!
ん?グサッ?
俺が体を見ると、なんとヤドカリの周囲の棘が俺に突き刺さっていた。
えぇ、まじかよ。
しかもヤドカリはそれで逆に固定されるみたいなこともなく、ハチのように針を抜いて離脱している。
まあ、反射ダメージによってもうHPがなくなっているのだが。
「ギ、ギジャ?」
不思議そうな顔で死んでいく巨大ヤドカリ。
俺はそれを腹に違和感を感じながら確認する。
よし、とりあえずこれで危機は去ったか。
俺はなんとか突き刺さっている針を抜くと、HPを確認する。
状態異常である【部位欠損】にかかっているためか、ものすごい勢いでHPが減っていく。
俺の自動回復だけの力じゃ、回復するどころか釣り合いを取ることすら難しそうだ。
それを理解した俺は、なけなしのポーションを渋い顔で飲み干す。
まあエリクサー症候群になるよりは全然マシだ。
「はぁ、なかなかいやらしい魔物だった」
俺はほっと一息をつきながら砂浜に座り込み、そんなことを呟く。
ただでさえあの巨体の突進でも痛いのに、殻に生えている棘が刺さったらさらに継続ダメージを与えることも出来るとは。
というか、あれ取り外し可能なのかよ。
てっきり背負っている貝殻に偶然ついてた棘かと思っていた。
それにしても最初の突進は何で突き刺さらなかったんだ?
・・・運よく当たりどころが良かったんだな。多分。知らんけど
いくつか疑問が残る戦闘だったが、とはいえ勝ったのは事実。
俺はとりあえず砂浜の魔物全種類を確認するのを目的として、さらに奥深くに進んでいく。
———この時の俺は失念していた。勝利の美酒に酔いしれていた。
故に気づかなかった。
ビッグ・ハーミットクラブの効果の最後に添えられている一文を。
なぜあの個体が俺に怒っていたのかを。
倒したビッグ・ハーミットクラブのすぐ近くにもう1匹のビッグ・ハーミットクラブとその子供たちがいたことを。
そして、その全ての顔が怒りに飲まれていたことを。
後に、俺はこの時なぜ周囲の確認をしなかったのか後悔することになる。
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