第十三話 一枚下手なお疲れOL
「ねぇ、最近の馨子課長、生き生きしていますよね。それに残業時間もかなり減っていますし」
「そうだよね。何かいいことあったのかな?」
「馨子課長の事は嫌いじゃないけれど、私達的には、課長が早く帰ってくれた方が私たちも帰りやすいし、嬉しいから凄いありがたいんだけれどね。」
こそこそ話をしているうちの部下たち。
聞こえてはいるけれど、別に今は何を言われたところで怒る気にもならないし、実際、前より私はイキイキしているのは事実だから怒れない。
それに、私が根詰めて働いていたせいで部下たちにもそれなりに不自由を敷いていたようなので、反省しなければいけない。
私としては、定時で上がってもらって構わないのだけれどやはり上司より早く帰るのは抵抗があるようだ。
「あなた達」
「は、はい」
「今日は早めに帰るから、あなた達も今日はいつもより早く上がっちゃって」
「え、いいんですか?」
「えぇ」
今は特に、早急にしなければいけない案件もないしいつも通りの業務さえしてくれれば全く問題ない。
「課長」
「なにかしら?」
「何かいいことでもあったんですか?」
部下の一人からそんなことを言われる。
「秘密よ。ほら、さっさと仕事終わらせるわよ」
「はぁーい」
今日は何としても早上がりをしなければならない。
白洲君を待たせるわけにはいかないもの。
仕事をさっさと終わらせ、若干ニヤニヤとしている部下たちを振り切って、急いで白洲君との待ち合わせ場所に向かった。
十分前にはついていたかったけれど、少しだけ遅れてしまって結局時間ピッタリくらいに目的の場所に着いた。
周りを探して白洲君の事を探していると、聞きなれた優しい声が聞こえる。
「あ、おーい四季さん。ここです」
ニコニコと笑って、子犬の様に嬉し気に手を振っている白洲君を見つけた。
思わず私も笑顔になって、白州君に駆け寄る。
「し、白州君。遅くなっちゃってごめんなさい」
「いえいえ。丁度時間だし俺が早く来すぎちゃっただけなので大丈夫ですよ。それと、ごめんなさい。俺のために仕事を早めに切り上げてくれて」
な、なんて。
なんて気遣いができていい子なの?
こんな男の子普通はいないし出会える確率なんて宝くじに当選する確率と一緒じゃないかしら。
「大丈夫よ。私が勝手に忙しくしていただけだもの。最近は、白州君が心配してくれてるからあんまり残業はしないことにしてるの」
白洲君に心配をかけすぎないようにそう言葉を返すと、顔を少し悲し気にしていた。
どうしたのだろうか。
白洲君にそんな顔をしてほしくない。
私はその一心で白洲君に声を掛ける。
「ど、どうしたの、白州君?何か嫌なことあった?変なこと言ってしまったかしら」
「いえ、違います。あの…四季さんは心配されるのは嫌ですか?面倒だなってそう思いますか?」
そう聞かれて、思わず首を傾げてしまう。
「嬉しいに決まっているじゃない。白洲君に心配されて、嫌な人はいないと思うわよ?」
「そう、ですか。…なら、良かったです」
やっと安心したような顔を浮かべてくれて、私も一安心である。
「それじゃあ、早速行きましょう。俺、楽しみにしてましたから」
「わ、私もよ。お店はあっちにあるから、ついてきてね」
「はーい」
白洲君を連れて歩き、若干の優越感と嬉しさの中、お店へと入る。
個室へと通されて、白州君の対面に座るも、何処か白洲君はそわそわとしていた。
「あ、あの」
「ど、どうしたの?」
「ここのお店で本当にあってますか?俺、もっとこうファミレスとかチェーン店とか、大衆居酒屋程度だと思ってたんですけれど」
どれほど優しい子なのだろう。
私に気を使ってそう言ってくれたのだろうけれど、そんな気遣いはありがたいけれど不要である。
「そんなところに白州君を連れて行けるわけないじゃない。何を言っているの?」
白洲君とのデートで、ファミレスや大衆居酒屋へ連れて行くなんてことは出来ない。
白洲君の価値を高級焼肉店ごときで図れるわけはないが、最低限のお店には連れて行かなければいけない。
だから、このお店なのである。
「ただお節介焼いただけなのに、こんなところに連れてきてもらっていいんですか?」
困ってちょっとおどおどした様子で、自信なさげにそういう白州君。
可愛いし、優しくて白洲君の良いところだとは思うけれど、私はちょっとだけムカムカしてしまった。
「白州君。これは、ちょっと白州君より年を取った人生の先輩からの言葉ね」
「は、はい」
「白州君は大したことしてないって思ってるでしょ?」
「はい」
だと思った。
白洲君の様子を見ていれば分かる。
「それ、そこが白洲君の唯一ダメなとこ」
「ダメなところ、ですか?」
「うん」
そう。
欠点のない、完璧で可愛くて優しくて、私の王子様の唯一の欠点。
「してくれた白洲君にとっては大したことじゃないかもしれないけれど、私にとってはもの凄く嬉しかったことなの。だから、このお返しは当たり前。白洲君は気にしないこと」
「で、でも…」
「大人の女性に恥をかかせないで?私の顔を立てると思って。それに私ってそこそこお金も持ってるの。だから、ね?」
白洲君は自分の価値を理解していない。
女一人の人生を一瞬にして変えてくれる力があるし、元気にしてくれて、虜にして、日々を彩ってくれて、毎日生きる元気を与えてくれる。
それがどれだけ素晴らしいことかを当の本人が理解していない。
だから、少しムカムカしてしまった。
「さ、そんなお説教もここまでにしてさっさと頼んでしまいましょう。嫌いな部位とかお肉があれば言ってね」
「ありがとうございます。四季さん」
「いえいえ」
ちょっとは、大人の女らしく男の子をリードできて、少しでも白洲君にいいところみせられたかしら。
なんて、そう思っていたの私が間違っていました。
白洲君と別れて一人で帰り道を歩きながら、先ほどの会話を思い出す。
「四季さんは、今日言ってましたよね?」
「ん?」
「してもらった側がその価値を決めるって」
「でも、そ、それは」
「いいじゃないですか。今日、俺は沢山美味しいものを食べられて幸せでお釣りがくるほどだったので、その分を返したいって思ったんです」
「でも…」
迷う私に白洲君は意地悪な顔でこういうのだ。
「俺の作ったご飯を食べたくないんですね?ごめんなさい、強引に誘っちゃって」
そんなことを言われて、イヤだなんて言える女がこの世界に何人いるだろうか。
「なっ!?そ、そんなことあるわけないじゃない、毎日食べたいし、毎朝お味噌汁作ってほしいわ」
必死に焦って弁明する私に、白州君はニコッと笑う。
「良かったです。じゃあ、これは決定で。楽しみにしててくださいね?」
「…………ず、ずるいわ。いっつも、白州君はこういうことばっかり言って。もぅ」
……全く。
何が大人の女、だ。
白洲君に、私の言った言葉をしっかり利用され、ダメなんて言えるわけがない殺し文句に胸を撃たれて、惨敗。
それに加えて、
「馨子さんって、呼んでいいですか?」
「え、あ、う、うん」
「馨子さんも、俺のこと名前で呼んでください」
そう言われて、私は「葵君」って呼べることが嬉しくて、年甲斐もなく何度も彼の名前を呼んでしまった。
あぁ、もう。
何が大人の女だ。
手玉に取られて更に魅了されたのは、私である。
「葵、君」
だけれど、全く彼に魅了されて、堕とされることに抵抗なんてない。
今日一日でさらに、私は葵君にどっぷりと浸かった。
…いいの、だろうか。
お客と店員という距離からはみ出してしまってもいいのだろうか?
今日の彼を見て、白州君は少なくとも私をバイト先によく来るお客さんだなんて思っていないと、そう思いたい。
それに、私に手作り料理まで作ってくれると言ったのだ。
ただのバイト先の客にここまで普通はしてくれないし、そもそも男の子が料理を振舞ってくれるなんてゼロに近い。
「白州君が、悪いのよ」
白洲君が、私をあなた中心にしたのだから。
私は、あなたにどこまでも堕ちていくわ。
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