〖お題フェス「温める」〗ポケットの中の微熱 ─ 二人で温める未来 ─
月影 流詩亜
前編 魔法瓶に詰めた決意
窓ガラスが白く曇っている。
指先でそっと触れると、ひやりとした冷たさが皮膚を刺し、そこからじわりと冬の気配が滲んでくるようだった。
高校一年生の二月。
暦の上では春が近いと言われるけれど、外の世界はまだ灰色の空と乾いた風に支配されている。
私は小さく身震いをして、キッチンのコンロに火を点けた。
青い炎がボッと音を立てて揺らぐ。
小鍋の中には、少し濃いめに煮出した紅茶。
そこにたっぷりの牛乳を注ぎ込むと、茶色は瞬く間に優しくて甘いベージュ色へと変わっていく。
「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」
心の中で、小さくおまじないを唱える。
これは、大好きだったおばあちゃんがよく作ってくれた、特製ロイヤルミルクティーのレシピだ。仕上げに蜂蜜をひとさじ。ふわりと甘い香りが湯気と共に立ち上り、私の顔を包み込んだ。
今日は日曜日。
そして、奏太くんと待ち合わせをしている日だ。
小学生の頃からの幼馴染で、私の初恋の人。
そして数ヶ月前から、私の「彼氏」になってくれた人。
『彼氏』という響きには、まだ少し慣れない。
思い浮かべるだけで、心臓の奥がくすぐったくなるような、それでいて少し落ち着かない気持ちになる。
これまでの私は、いつも誰かに「温められる」ばかりだった。
不安な時は、おばあちゃんの形見である三毛猫のぬいぐるみ『ミケ』を抱きしめて、その温もりに守られていた。
ミケがいなくなって泣いていた時は、奏太くんが側にいて、凍えそうな私の心を励まし続けてくれた。
でも、それだけじゃダメな気がするんだ。
私は熱々のミルクティーを、用意していた魔法瓶へと慎重に移し替えた。
とぷ、とぷ、という音と共に、温かい液体が瓶の中へと満たされていく。
魔法瓶の蓋をきゅっと固く閉める。
さらに、温かさが逃げないように、お気に入りのハンカチで魔法瓶をくるりと包んだ。
今の私と奏太くんの関係は、始まったばかりの小さな灯火みたいだ。
冬の風は冷たいし、放っておけばすぐに冷めてしまうかもしれない。
だから、これからは私が「温めたい」
大切なこの時間を、二人の関係を、私なりのやり方で守り、育てていきたい。
そんな決意を込めた魔法瓶は、ずしりと重たく、そして熱いくらいに温かかった。
準備を整えて自分の部屋に戻ると、窓辺にはいつものようにミケが座っていた。
春の日差しを浴びていた頃とは違い、今日のミケは少し寒そうな冬の光の中にいる。
少し色あせた三毛柄。くたびれた毛並み。
そして、私が小学生の時に見つけ出してあげた、少し折れ曲がった耳。
私はコートを羽織り、マフラーを巻いてから、ベッドの縁に座ってミケと向き合った。
「行ってくるね、ミケ」
以前の私なら、こんな寒い日に出かける時は、不安でミケをカバンに詰め込んでいたかもしれない。
『安心の存在』が手元にないと、外の世界が怖かったから。
でも、今日は違う。
私はミケの頭を人差し指で優しく撫でた。
「今日は、お留守番をお願い。……私、奏太くんを温めに行ってくるから」
ミケの刺繍の瞳が、じっと私を見つめ返している。
何も言わないけれど、その表情はどこか誇らしげで、「行ってらっしゃい」と背中を押してくれているように見えた。
私はカバンに魔法瓶を入れると、部屋のドアを開けた。
カバン越しに伝わってくるミルクティーの熱が、私の脇腹をじんわりと温める。
それは、誰かに守ってもらうための温もりではなく、誰かを思うことで生まれる、小さな勇気の熱さだった。
「よし」
私は一つ大きく息を吸い込み、冬の冷たい空気の中へと足を踏み出した。
目指すのは、二人の思い出の場所。あの、公園の丘へ。
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