限りなくアンドロイドに近い人造人間は天下一のアイドルグループになりうるか?
ひねずみ
第1話
世界から窓とカーテンを隔てた薄暗い部屋。少女とも成人とも見分けのつかない女は、パソコンに向かって唸る。悩んだ末に画面から離れたかと思えば、傍らの”何か”をガチャガチャと弄る。その姿は正に、博士そのもの。
コンピュータに映る数多の美少女たちは、博士の苦悩を表していた。
「そうか……瞳はもう少し……」
博士の手元には、まるで人間の顔のような得体の知れない物体が。雀の遊ぶ声が異世界の出来事のように感じるような無機質な空間で、ゴート博士はある重要な物の生成に取り組んでいた。
世間から遮断されたような部屋のドアがコンコンと鳴らされる。ギィ、と音を立てて開いたドアの向こうから、こちらも世離れしたかと思うほどの美人が訪れる。
「博士、お茶をどうぞ。」
「あぁ! ありがとう。」
一つに結われた長い黒髪を靡かせ、瞳に紅の宝石を宿す彼女もまたゴート博士の”創造物”である。そして、ゴート博士が世間から離れる理由も正に、彼女のような創造物の為であった。
「いやー、我ながらリツは上出来だねぇ」
「博士の功績として名乗り出たいくらいです。」
「ダメだね。僕、捕まっちゃう。」
「天才だからこそですね。」
ゴート博士はもともと、ヤパン国出身の天才博士だった。分野は人造人間の創造。
「お国に言われてやってたはずなんだけどな~。」
ヤパンは小さな島国だが、急速に発展を遂げた新興国でもあった。発展の流れに沿って少子高齢化の一途を辿った結果、深刻な労働人口の不足に陥る。移民を一切受け入れず、悩みぬいた末に密かに導入されたのが人造人間。そしてそこで突出した成果を出した研究者の一人がゴートだ。
研究者と成果物は世界人権保守同盟、通称WHPAによって重大な犯罪に指定されたものだった。ヤパンは国家機密として内々に研究者を集め、人造人間を製造していった。WHPAの目をかいくぐる為、鎖国をして衛星放送でのニュースの取り扱いを一切禁じた。
「これから忙しくなるぞ! ってリツを作ったはずだったんだけど。」
それでも、世界の目を欺けなかったヤパンは多量の世界犯罪者を生み出すこととなってしまった。改心した、あるいは無理矢理作らされていたと見做された研究者は解放されたが、今後一切の研究を禁じられることになった。
ゴートは向上心の無い研究者だったが、人造人間創造に強いやりがいを見出していた。これが人生から奪われるなんてあってはならないと、隣国の親戚の元へ逃げ込んだのであった。
「あの逃走劇は後世に語り継げるほど面白いと思いますよ。」
「リツ、絶対にやめてね??」
こうして匿われながら世間から隠れる生活をしているうち、ゴートは完全にだらけてしまった。金稼ぎもしなくて良ければ、そもそも家から出ることも、存在をアピールすることもできなかったのだ。家でぐうたら寝ている以外にやれることは大してなかった。一方で彼女を迎え入れた親戚――イワノフの女主人は限界を迎えてしまった。自身が経営する芸能プロダクションが全くうまくいかず、苛立っていた。そんなところで犯罪者の小娘を抱え、しかもその娘は自分の金でだらしない生活を送っているのだ。そんな事態に耐えていられるはずがなかった。
「世界最高に売れるアイドルグループ作りに協力しなさい。さもなくば、貴方のことは国際警察に突き出す。」
そう言われてしまったゴートの顔が思い浮かぶだろうか。イワノフの女主人はその絶望に歪んだ顔を、かれこれ三年も前の話だと言うのに未だに語り続けている。
こうして外に出るしか無くなったゴートは、自身の髪色をブロンドからネイビーに変え、メガネのフレームを新調してアイドルのプロデュースを始めた。そして、素人同然の彼女の審美眼が遺憾無く発揮されて、イワノフ芸能プロダクションは栄華を極めた……。なんて、おとぎ話みたいなことにはならなくて。こうして辿り着いたのが人間創造の再開である。
「成功すれば何でもいい!」
イワノフの女主人の許可を皮切りに、このプロジェクトは始まった。人間の思うままに美しい顔を作って、美しい声を搭載して、人格をプログラムする。これがゴート流のアイドルの作り方だ。人造人間と言うともう少し非人道的なものが世界の常識かもしれない。だがヤパンの技術進歩は桁違いで、他国が到達できなかった、限りなくヒトに近い質感のアンドロイド創造に成功していた。それでも、現物があまりに人間に近すぎて世界に認められず犯罪とされてしまったのだが。
スカウト活動を始めた時の焦燥感を思い出してぶるりと震える。自分を落ち着かせるために戸棚から茶菓子を選んで取り出す。
今この部屋に来たリツは正に、このプロジェクトの初号機。本当はゴートの研究手伝いの為に作られたのだが、真面目な性格はアイドルに向いてるだろうと用途を変更することになった。
「あとどのくらいで完成でしょうか。」
「そうだなー、あと少しだな。身体は全部できてる。あとはこの瞳さえはめてしまえば大丈夫そう。」
部屋の隅に立てかけられた棺桶のようなサイズの四つの箱。この中に既に組み立てがほとんど終わったアイドルたちが入っているようだ。無機質なステンレス製で強靭なこの箱に、想像しようもないほどの“Kawaii”に溢れたアイドルが眠っている。選んだクッキーを頬張りながら、完成に心を躍らせた。
「どれもバッテリーの搭載はまだでしょうか?」
「足りてないんだよ〜。今日叔母さんが買って届けてくれるって言ってたんだけど……。」
ゴートは可愛げもなく、イワノフの女主人を<叔母さん>などと呼ぶ。実際は叔母という間柄では無かったはずなのだが。イワノフの旦那はというと、日々畑仕事をしながら生計に関与しているのであまり時間がないのだ。女主人だって忙しいが、彼女の優秀なマネージャーも博士の創作物なので、少しの隙を作るくらい容易いのだ。
「買い物くらいなら私も行けるかと。」
「やー、キミ美人すぎるからさ。目付けられたらヤバい。」
リツは感情をあまり感じさせない無機質な声で拗ねたようなことを言う。感情の面はまだ学習中なのだ。あまりサンプルの用意ができなくて、ここからの成長に期待だ。
せっかくだからリツが淹れてくれた紅茶をいただいてほっと一息つく。“温かい飲み物を飲むと、ヒトはリラックスする”。これは一番最初に博士がインプットしたものだ。
「ていうかリツはもう、アイドルとしてやりたいことは決まったん?」
「いいえ。元々博士の秘書なので。少しずつ調整しているところです。」
「そっかー。ま、そんなもんよね。」
他愛のない話をうだうだしながら彼女の感情を司るAI機能の学習を促す。
「博士、私のプログラムをやり直せばもう少しアイドルに向き合えるかと思いますがいかがでしょうか。」
それはやりたくない、というのが正直なところだ。人間だって方向性を変える時、そのギアの入れ替えに苦労するものだから。秘書としての知識がプラスにもマイナスにも作用してくれればより人らしくなっていくと思う。まあ、そこまで彼女に伝えることはないけれど。
「それは面倒だからさ、やらないよ。そういうプログラムは次の子からしてるし、リツなら大丈夫。」
「そうですか。それでは今のままで頑張ります。」
カチャリと茶器の音が響く。穏やかな休憩時間が過ぎて、ふと時計を見上げると午後六時。
「いけない! もうこんな時間だ。もしかしてそれを知らせに来てくれたのか?」
「はい。夫人がお戻りになる前に食事作成の業務に取り掛かる必要があります。」
研究をしていない時のゴートは、もう博士でもなんでもなく家事手伝いだ。家事手伝いがなければもっと早くこの家から摘まみだされていたに違いない。
ニンジンを慣れた手つきでカットして鍋に入れる。今日の献立はポトフとソーセージ、それからバゲットも焼けば完璧だ。明日は夫人が休みのようだから酒も用意してやる。犯罪者として捕まらないように匿ってくれているのだからそれくらいはしないと。
じゃがいもが煮えた頃に夫人が帰ってくる。
「戻ったわよ。ゴート、リツ、言われていたものが届いたから中に入れるのを手伝ってちょうだい。」
「おかえりぃ! 例のあれかい?」
「バッテリー四つですね。素手では運びづらいのでカゴをお持ち致します。」
そんな種明かししちゃったら面白くないじゃない〜、なんて軽口を叩きながら夫人の車へバッテリーを取りに行く。
「早く全員のバッテリーをセットしたいねぇ」
「その前に食事でしょ? もうお腹ぺこぺこだわ」
リツを充電スポットに戻して、夫人を労う為に食卓につく。我ながら今日のバゲットは美味しくふんわり焼けた。リツにアドバイスを求めておいてよかった。
「そうだ、貴方。アイドルを一気に5人起動するつもり?」
「そうだけど…?」
ゴートの返答を聞いた夫人は問題ない、と言わんばかりに頷く。
「隣のアパートを念のため開けてあるわ。本当は人間アイドルの寮だったのだけれど……。アンタ見る目無いのよ」
「それは叔母さんもでしょ」
小言を言い合いながら、二人とも”完璧なアイドル”の誕生に胸を躍らせていた。早く自身の研究成果を見せたい。一刻も早くプロダクションを軌道に乗せたい。それが犯罪であろうとも、成功しさえすればいい。早々に食事を終えてリツを起こす。残る四体にバッテリーを搭載していく。全ての工程が完了し、それぞれにスイッチを入れた。
「完璧な偶像作成計画――<DOLLEFECT計画>本格始動だっ!」
ゴートの号令で全てのアイドルの起動が完了した。ゴートと夫人は息を飲んだ。フェイクでもなんでも、魂を宿した四人は、想定していたよりも美人すぎたから。
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