薔薇は美しく咲き誇る ー初見殺しの異世界生存戦略ー
京極 髙陽
序章Ⅰ薔薇と銀狼
石造りの迷宮に足を踏み入れた瞬間、腐臭が鼻を突いた。
湿った空気に、カビと死の匂いが混じっている。
動く亡骸の巣だ。
男は無言で身を低くし、前方を見る。先行しているのは、銀色の狼だった。
狼は音もなく進み、やがて闇の中へ溶ける。
しばらくして、何かを引き連れるように戻ってきた。
来る。
男は壁際に身を潜め、覆面を外す。次の瞬間、闇の奥から屍人が現れた。
ピッケルが振り下ろされる。
鈍い音。頭蓋が砕け、屍人はそのまま崩れ落ちた。
残りが、男に気づく。
その瞬間だった。男の背後で、何かが“咲いた”。
大輪の花が、色鮮やかに咲き乱れる。空気が凍りつき、屍人たちの動きが止まった。
硬直。
男は迷わない。一体ずつ、頭にピッケルを叩き込んでいく。
最後の屍人が動きを取り戻した時には、すでに遅かった。
同じように、固い暴力が頭蓋を打ち砕く。迷宮に、再び静寂が戻った。
男と狼は慎重だった。そして、順調だった。
狼は先行し、索敵を行う。
一度に処理しきれない数の敵に遭遇すると、必ず男のもとへ戻った。
男は進路を変える。あるいは、その場に留まり、時間を待つ。
自分たちが優位に戦える状況だけを選び続けていた。
会話は必要なかった。
互いの役割を理解し、それぞれの仕事を果たすだけで十分だった。
彼らが動く時、それは必勝の形が整った時のみ。
危なげなく、迷宮を進んでいく。
広間に出た。
天井は高く、視認性は良い。だが、身を隠す場所は多くない。
男は言いようのない違和感を覚え、踵を返した。
その瞬間。
轟音。
拳大の石が飛来し、狼の胴体に直撃した。
銀色の体が壁に叩きつけられる。潰れるような呼吸音が響いた。
致命傷ではない。だが、狼は完全に無力化された。
男は反射的に身を低くし、周囲を探る。
足音。
ローブを纏った女が、広間へ悠然と姿を現した。
その立ち姿を見た瞬間、男は理解した。
——顔を覚えている。城で会った、あの女子高生。
まずい。すぐさま理解した。声には、出さなかった。
死臭の漂う迷宮で最終兵器は使えない。
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