終末世界のバーテンダー
@thinkcircuit
人間と、人間と、人間であった物
「4ヶ月前、妻がロボットになって帰ってきました。」
うっー
少年は驚いたように音を立てて、グラスに氷をぽちゃんと落とした。
「4ヶ月前ですか?」
水がたっぷり入ったコップを取る白髪の老人。
肩までくるほど伸ばした髪を一つに結んで、黒いスーツを着飾った。 身だしなみがいいという言葉が人になったらこんな姿ではないだろうか?
「驚きですね」
「何がですか?」
「4ヶ月ですね。月、月だなんて!その単位をいつぶりに聞くのか!」
こみ上げてきた嘆声をもらす少年と、予想したかのようににっこり笑う老人。
「確かに。最近はそう呼ばれませんから。」
「アダムスの起動が止まった後からは、誰も時間なんて数えませんから。」
「変わらない空の下で秒を数えることが何の役に立ちますか。」
「誰も成長しない世界で一人で成長していくのが何の役に立ちますか。」
にっこり、ニッコリ。
苦々しい気持ちを分かち合う無言の乾杯。
「それと、4ヶ月前だなんて。その時までロボットにならずに忍耐されたこと、尊敬すべきだと思うので。」
「ええ。とってもすごいことですよね。」
悲しそうな表情をする老人の前に、ゆっくり降りてくるグラス。
「人に飲み物をご馳走するのは本当に久しぶりですね。いやいや、久しぶりでもない。初めてですね。」
「透明ですね?」
「最近偶然に学んだレシピです。この味を懐かしがると思って、特別に準備しました。初めて作ってもてなすので少し緊張します。」
日光を入れたようにきらめく水をあちこち回してみる。 どこかで一度見たことがあるような気もするし、人生で何度も会ったような気もする。 記憶の深いところに眠っているように、脳の後ろがむずむずする。
「う~ん、やっぱり、見ただけではわからないですね」
ごっくり。
老人の目から水がぽたぽたと落ち始めた。
「やあ、やあ.. 若い時は苦くて飲み込むのも苦しかったのに。 これがこんなに嬉しく感じられるとは。」
壊れた旧型ロボットは、目から冷却水が排出される。 冷却タンクの故障でシステム自体が不通になり、循環していた冷却水が結局は目で溢れ出るのだ。
おかげで、ロボット廃棄物処理場の床はいつも湿って沼のように変わっている。
酸味が感じられるほど赤くなった土壌と、その上を飾るように色とりどりに撒かれた粉々になったゴムたち。 錆びた鉄板の横には破れた銅線の束。
気持ち悪い沼に足をぶすりと地面に叩きつけながら、粘り強く歩いてきた少年は、感情の沼を見た。 感情などまったく見られない冷たい水を流しながら作られた死を迎えるロボットたちの間で、あまりにも多くの感情を込めた熱い水を。
「これをどうやって…」
「いくら格式ばって高級な時間を過ごしても、これで分けた情は忘れることができないでしょう。」
「どうしてこれを忘れて生きていたのでしょうか。」
「恥ずかしいことに、自分は見聞が広くないのです。」
照れくさそうに笑いながら手帳を取り出す少年。
「このお酒は作り方しか知りません。 ゴミ捨て場で偶然手に入れた古書で見つけてました。古すぎて名前の部分は最初から粉になっていました。」
「その本が私より年上かもしれませんね。」
「情報と知識の時代でこんなことをお願いするのは申し訳ないのですが、これの名前を教えていただけませんか?」
愉快な当惑か、辛い当惑かわからないしわ。 間もなく大笑いする老人。
「やっぱり無礼なお願いでしたか?」
「いえいえ、すみません、とてもうれしいお願いなので、つい。」
浅く結ばれた涙をさっとぬぐう。
「昔は作物を土に植えて栽培し、時が来れば村全体が集まって収穫したと言います。」
「ああ、農耕社会のことですか?」
「そうです。その当時は、生き延びた者を崇拝していました。何でも飽きるほど見て飽きるほど経験したはずじゃないですか? おかげで農業に最も重要な雨天時期と栽培時期を知ることができたんですよ。」
「人生の知恵を必要とする時代だったのですね。」
「今はボタンを一度押すと、何でも簡単に学んじゃうんじゃないですか? なのにしつこく生きている老人の知識を探してくれるなんて。 この嬉しい頼みをどう断れますか。」
「いや、しつこいとは。 自力で生きていくというのは本当にすごい業績ですよね。 最近は本当に電力で全力に生きているじゃないですか!」
「ふふ、くっそエレクトリック!」
充電のためには大切な時間を諦めなければならない二人の存在の涙ぐましい笑い。
「名前をお教えてあげます。 代わりに私もお願い一つできますかね?"
「もちろんです。」
「この冷たい情報と知識の時代に、腐っていく老人がどのように生きてきたのか、学んでも果たして得になるかはわかりません。 それでもよかったら聞いてくれませんか? 退屈な84年の物語を。"
「許可してくださるのであれば、本当にありがたく聞きます。」
「ありがとうございます。 よし、それでは先に名前を言って始めましょうか。」
「あ、いいですね」
手帳を広げてペン先を紙に丁寧に載せた少年の姿をしばらく眺めていた老人、すなわち慈しみ深い笑みを浮かべて言った。
「ソジュ、ソジュと言います」
「へえ、かわいい名前ですね。」
*
「妻も一緒にいたら本当に喜んでいたはずなのに。。」
「奥さんはお酒が好きでしたか?"
「すごく好きでした。 好きというより憧れに近かったですね。 病気のせいで食べられなかったんです。」
「そういえば、ここまでどうしていらっしゃったんですか? かなり遠い道のりだったと思いますが。」
来る途中にネジが外れるかもしれないほど、少年のバーは都心と遠く離れた荒れ地にある。
そんな長い旅路を足の不自由な老人が挑戦したなんて、しかも成功したなんて! うそ、怪談でしょ?
「妻を亡くして、歩きまくりました。 何かが見えるまでね。」
「道、暗くなかったんですか?」
「空がどんなに暗くなっても、この世の未来と比べると明るいだろう。そんな思いでここまで歩いて来ました。」
老人は話を終えてしばらく杯をにらんだ。 その小さな一杯に悲しさ、恨み、懐かしさ、錯雑さが入り込められ、まもなく真っ黒に染まりそうだった。
透明であればあるほど汚れやすいって言ったか。お酒は元の味を失い、いやらしい苦味だけが出そうな姿をしていた。
「妻はこの世が大嫌いでした。 私も同じです。"
「毎日氷のような冷たいものたちが溢れ出る世の中で、一人だけ暖かい心を持っているならば.. 本当に苦しかったでしょう。"
「ちゃんとご覧になりました。
妻は夢さえ可愛くて暖かかったです。 膝元に1男1女を置いて幸せな家庭を築きたいという願い、なんと美しい心でしょう!
赤ちゃんができない体だったので、ただの願いとして残ることになりましたが。"
「ああ、どうして…」
「義母の子宮の病歴が妻にもそのまま伝わってきたんです。 最初は多嚢胞性卵巣症候群と言いました。」
「医療のほうは門外漢です。 すみません。」
「うーん、不妊を誘発し、放置すると癌に広がることもある疾患です。」
そんなー
思わず小さな声で嘆く少年。
「妻と私は貧しかったんです。 治療する余裕がなくて放置するしかなかったし、結局癌になってしまいました」
「国が遺伝癌政策を実施したのと覚えてますが。治療、受けてなかったんですか?"
まだ政府が力を持っていた時代、政府は野心的に準備したと叫び、遺伝がん政策というものを施行した。
―遺伝病歴に苦しむのはロボット改造技術を早く発展させることができなかった政府のせいだから、謝罪の意味で無料で治療する!
ロボット改造技術を独占していた企業Jと手を組み、癌患者を集めて無料で人体を改造する。 今考えてみると、腐った本音が丸見えの政策だったが、あまりにも切実だった患者とその家族が、あなたも私も駆けつけて施術を受けた。
「妻はいつも自分の体を憎んでいて、いつか一度体を改造したいという話をしました。 そうしてでも叶えたい願いだったのです。 しかし、大きな問題が一つありました。」
「どんな問題でしたか?」
「妻がこの凍り付いた世の中を嫌っているという点と衝突が起きたのです。」
老人は残りの酒を一気に飲み干した。 甘くもなく苦くもない、むしろ苦味がひどくなったほどくすんだ酒をごくり。
のどがどんなにひりひりするんだろう。思わずビクッとする少年。
「私の曽祖父、高祖父.. いいえ、それ以上だと思います。 私は知らない世代で誰かの父親を担当していた人が大好きだった漫画があります。
その漫画には、自分の意志通りに動ける鋼鉄の義手と義足がいました。 漫画とかで見れる夢の話じゃないですか? それが実際になったまではですね。」
「あ、すごく好きだった漫画です。 次の話が出るのを一生懸命待ちましたね…」
「妻は自分の夢を叶えることができました。 その時は技術が少し不完全ではありましたが、子宮を改造してもらえばそれで十分だったんですよ。
しかし、暖かくて柔らかい感触を、機械では感じられないこの感触を子孫に残したいと、私たちは絶対にどこも改造しないと約束していました。"
「本当に固く約束したようですね。」
「そうです。こんなにに腐っていくまで、私たちは暖かかったのですから。」
「身も心もすべてですね。」
「妻は命を本当に愛し、大切にしました。 電気羊が流行していた時代にも、妻は生きている本物の羊でないと気が進まないと首をかしげたものです!」
吹き荒れていた感情が結局、目を突き破って外に漏れ出て無力に顔を濡らしていた老人に、少年は静かにティッシュを渡した。
「どんな仕事でも人間は使ってくれないじゃないですか。 しかも年寄りをどこで使ってくれるんですか! おかげさまで、私と妻はお金に窮した人生を送っていました。
妻は運がいいのか悪いのか、職を得ることになったんですけれども。"
「どんなことだったんですか?"
「体の一部を自ら次々と改造していった狂った財閥家に昔話を聞かせることでした。」
少年はびっくりして体を震わせた。 手に力が入れていることにも気づかないほどぶるぶる震えながら、顔をしかめて唇をかみしめて。
「3日ほど出勤しました。 時給5000ボム、食べていけるほど財布が厚くなりました。
そうやって少しお腹を満たしながら、3日間過ごしました。 その3日のために妻は命を売ったのです。」
「もしかしてあいつが…」
「はい。妻をロボットに改造しました。」
少年の眉毛が波打つ。 感情がわき起こると津波が起こる。 今にも何かを投げ出しそうな顔で少年は震え出した。
「しかも改造の状態もよくありませんでした。 何も知らない私から見てもすぐにわかるほど、具合がよくなかった。」
「どんな状態だったか、聞いてもいいですか?」
「ただの疑問のためですか? それとも…」
老人はしばらく頭を上げた。 ちょっと口をゆがめたが、何も言わなかった。
少年の人生の一部を手に負えないことに気づき、結局思いを宿して頭を下げる老人。
「脳の神経をむやみにねじっておいたので、かすかに感情が残っていました。 おかげで冷却水と涙を同時に流しました。」
「そして鎖骨を…」
「鎖骨を半田ごてで焼いて名前を書いておきました…なんてこった、ろくでなし!」
すれ違った毎秒に擦れて骨しか残っていない手と、これから多くの時間を撫でて通り過ぎる手が一緒に力いっぱいテーブルを叩きつける。
ドン、ドンー!
グラスがぷかぷかと音を立てながら大げさに振る舞う。 老人の顔に青い気配があり、すぐに頭を下げる。
「ああ、すみません。 とても怒ってしまってつい.. 醜態を見せてしまいました」
「大丈夫です。 理解します。」
「もう一杯、よろしいでしょうか。」
「申し訳ありませんが、ソジュはもうありません。 試しに少量作ったので。」
「洋酒は、こんな年寄りにはふさわしくないので。」
時間を潰すほど重い人生を支えていた椅子を後ろにして、すーっと立ち上がる老人。
残念そうに見つめる少年にぺこり、ドアまでよろよろと歩いていく。
「奥さんが最後に流したのは、きっと冷却水ではなく涙だったはずです。」
「私は妻のいない世界でも愛する理由があるかを知るために歩き出しました。 あなたに会えてよかったですね。」
がっくりと、ドアノブが回る音とともに足を出していた老人がぎょっと体を震わせながら立ち止まる。
「私も、一つ聞いてもいいですか?」
「はい、もちろんです。」
「これがどれほど大きな質問か分かりません。 話を出すのが怖いです。」
「心配しないでください。 私は言葉の価値さえ計算するやつではありません。」
励ましの言葉を聞いたのに緊張するのか、乾いた唾をごくりと飲み込む老人。
「あなた、確かにロボットではありません。 それでも、何かおかしいんですよ。」
「長く生きて来たおかげでしょうか。 やはり人生の知恵は恐ろしいですね。」
「謙遜ですね。」
少年の表情を確かめようとするように、おびえた顔でそっと後ろを振り向く老人。
「あなたは一体何物ですか?」
しばらく言葉を続けることができなかった少年は、眉毛を無理に持ち上げながら微笑む。
「それでも人間です。 完全に」
悲しみを飲み込んだ顔に、これ以上言葉を続ける勇気のない老人。
「敬語を習慣にして本当によかったです。 失礼するところでしたね。」
「ふふ、そんなことないですよ」
「すべてがうまくいくように、願っています。 ありがとうございました。」
「さようなら。」
ちりんちりん、最後のお客さんかもしれない初めてのお客さんが去って静寂が訪れる。
「はあ…たくさん作っておけばよかったな。」
少年の趣味はゴミ捨て場探し。 誰かにとってはゴミである物は、誰かにとっては宝物である。その言葉を証明したいのなら、少年を見せろ。
手が触れただけでかすんでしまいそうな古書も、これを挿せるところがまだあるのか気になるUSBも、なぜ持っていたのかわからないCDとフロッピーディスクも。 人間を含んでいるものなら何でも最大限集めて大切に持ってくるので、ゴミ捨て場に向かう少年の背中にはいつも大きなカバンがある。
その宝蔵から得た古書、造酒のすべて。
バーを運営しているにもかかわらず、飲み物について知ることがあまりにも少なかったので、学ぶところが必要だった。 だが、飲み物を飲む者はこれ以上探すのが難しいので、そのような情報のために代金を支払おうとする者がいるはずがなかった。 おかげで売る者もいなかった。 もしかしたら、その情報を持った者たちがすでに皆死んでしまい、売ることさえできなかったのかもしれない。
とても切実な少年にとって、その本は本当に日照りによる恵みの雨のようで、唯一読めたページの飲み物を慎重に作った。 失敗するのが怖くて、ほんの少量、一杯だけ。
「ちゃんと作ったんだろう...」
ガタンタン!トトン、カシャンー
老人の泣き声が浮かんで、余計に考えが深まった瞬間、不吉な轟音が聞こえて来た。 がちゃがちゃとひっかかる音を立てながら階段から転げ落ちる何か。
真ん中に丸い球体がある二つの棒が床を転がり、波のように広がる白い髪の毛がオトゥギのような体をさらりと覆う。
「エイデン、お客さん来てたの?」
「エイリ!腕の整備が終わるまでは降りてくるなって言ったじゃないか。」
キュッキュッと音がするほど大切に拭いていたコップを投げるように下ろして、あっという間に走って行ってぱっと持ち上げる。
「なんで降りてきたんだよ! けがをしたらどうするつもりなの!」
"整備のせいでずっと手伝ってあげられなかったようで…"
「この前みたいにくらくらして転んだの?」
「いや、膝が動けなかった。」
「関節の問題か…」
首から胸の下まで包帯をぐるぐる巻いた真っ白な肌。白い髪がカーテンを引いたように下に垂れ、赤い目が少年を突き破る。
「ごめんね。」
「整備中はなるべく動くな。 約束してくれ。"
「うん。約束するよ。」
電線の束とロボットパーツがいっぱいの2階。小さな手でキリキリ工具を回し、少女の体を組み立てる。
「ちょっとへこんだところを除けば全部オッケーだ」
「よかった。」
「整備を続けよう。 腕のパーツ、手に入れたんだ。」
息がつくほど近づいて臨時パーツを連結するネジを緩めていたところ、ふと少年は老人との対話を思い出す。
「ー鎖骨を焼きごてで作って名前を書いておきました.. なんてこった、ろくでなし!」
身震いしながら手を止める。 夢中になりすぎたのか、すごく近くにくっついていたらしい。 鼻のすぐ前にいる少女の首、あのかたく包んだ包帯をはずすと…
「エイリ。」
「うん?」
「包帯、ちょっと外してもいい?"
「うん。」
すーっとすると、白い布をそっと解いていく手つき。 少し緊張したのか、乾いた唾をごくりと飲み込む少年と、微動だにせずじっと見つめる少女。 彼女を完全な少女にする殻がだんだん消えていく。
そっと姿を現す白い肌。薄いピンク色できれいに立っている鎖骨とそのすぐ横、赤く凹んだ跡。 二文字、TP。
「クウッ!」
沸き上がる心を抑えきれずに座り込んで苦しいうめき声と涙を流す少年。
「くそ、くっそお…」
「エイデン、泣かないで。」
少女は膝を少し曲げて肩を震わしたが、すぐに気づいたように体を震わせる。
「抱きしめれない。」
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