転生したら推しの脇役だった件 ~原作通りに嫌われたいのに、推しと王太子とラスボスに包囲されています~
kuni
第1話
「……は?」
目が覚めた瞬間、私の口から飛び出したのは、二十七年間の人生で最も間の抜けた声だった。
視界いっぱいに広がるのは、見覚えのない高い天井。
背中には、人をダメにするレベルでふかふかな最高級ベッドの感触。
そして、鼻をくすぐる薔薇のアロマの香り。
え、何ここ。
私の六畳一間のアパートは?
昨日飲みかけで放置したストロングな缶チューハイはどこ?
パニックになりながらガバッと上体を起こす。
視界の端に見慣れないドレッサーが映った。そこに映っていたのは――。
「……誰、この芋っぽい子」
亜麻色のボサボサ髪。
頬に散らばる、ほんの少しのそばかす。
ドレスは豪華だけれど、着ている本人があまりにも地味すぎて、まるで「借りてきた猫」ならぬ「借りてきた村娘」。
でも、私はこの顔を知っている。
昨日まで、スマホの画面越しに死ぬほど見てきたからだ。
「嘘……嘘でしょ!?」
私はドレッサーに駆け寄り、鏡の中の自分の頬をつねった。痛い。夢じゃない。
「なんでヒロインの『リリア』じゃないのよ! 百歩譲って悪役令嬢の『イザベラ』ならまだ分かるわよ!?」
鏡に向かって絶叫する。
「なんでよりによって、『エリシア・フォン・ベルンシュタイン』なのよぉぉぉッ!!」
そう。
ここは、私が給料と睡眠時間の全てを捧げた乙女ゲーム『セレスティアクロニクル』の世界。
そして私は、ヒロインでも悪役でもない。
物語の序盤で退場する、ただの「捨て駒」脇役令嬢に転生してしまったのだ。
◇
一旦、落ち着こう。
私は深呼吸をして、震える手で冷たい水を一杯飲んだ。
現状を整理する。
私の名前は水瀬美咲、享年二十七歳。
死因はたしか、徹夜明けに出勤しようとして階段から落ちた……んだと思う。
で、今の私はエリシア。この国の名門公爵家の一人娘だ。
ここまではいい。貴族だし、お金持ちだし、勝ち組に見える。
でも、彼女にはとんでもない「設定」があるのだ。
エリシアは、王太子・セドリック殿下の婚約者である。
ただし、それは政略結婚。セドリック殿下はエリシアのことを「地味でつまらない女」と見下している。
そして、原作ゲームのストーリー通りに進めば――。
【第3話:断罪の舞踏会】
ヒロイン・リリアと恋に落ちた王太子によって、衆人環視の中で婚約破棄される。
【第5話:涙の追放】
身に覚えのない「ヒロインいじめ」の罪を着せられ、国外追放処分となる。
【その後】
極寒の北の国へ送られる道中、馬車の事故で崖から転落。
テキスト三行だけで処理される、ナレ死。
「詰んでる……」
私は頭を抱えてその場にうずくまった。
無理ゲーすぎる。
転生特典とかチート能力とかないの?
鏡を見る限り、私のステータスは「地味」と「そばかす」だけなんだけど?
「いや、待って」
絶望の淵で、私のオタク脳が高速回転を始めた。
自分の命も惜しいけれど、それ以上に重大なことを思い出したからだ。
エリシアが追放された後、この国はどうなる?
原作では、エリシアの実家であるベルンシュタイン公爵家が失脚する。
それによって、国の防衛の要である「北方騎士団」への支援が打ち切られるのだ。
北方騎士団。
そこには、彼がいる。
「レオンハルト……様」
私の最推し。
銀の髪に氷のような青い瞳を持つ、最強にして孤高の騎士団長。
無口で不器用だけど、誰よりも国と仲間を愛する、尊さの塊。
原作ゲームにおいて、彼は主人公を守るために、第七章で敵の魔法攻撃をその身に受けて――死ぬ。
その原因を作ったのは?
巡り巡って、防衛予算を削らせる原因となった「エリシアの追放劇」だ。
サーッと血の気が引いていくのが分かった。
自分の死刑宣告を聞いた時より、今のほうが百倍怖い。
「私が追放されたら、推しが死ぬルート確定……ってこと?」
そんなの、ありえない。
私が死ぬのはまだいい。(よくないけど)。
でも、レオンハルト様が死ぬなんて、この世界が存在する意味がない!
カッと、腹の底から熱いものがこみ上げてきた。
それは恐怖を焼き尽くすほどの、強烈な「推しへの愛」と「運営への怒り」。
私はガバッと顔を上げ、鏡の中の地味な私を睨みつけた。
「ふざけないでよ」
原作? シナリオの強制力?
知ったことか。
私がエリシアである以上、このままおめおめと追放されてやる義理はない。
婚約破棄? 上等じゃない。
濡れ衣? 全部論破してやる。
王太子だろうが、ヒロインだろうが、運命の神様だろうが。
私の推しの命を奪おうとする奴は、全員まとめてかかってきなさい!
「待ってて、レオンハルト様」
私は鏡の前で、不敵な笑みを浮かべた。
昨日までの気弱なエリシアはもういない。
「あなたの死亡フラグ、私が全部へし折ってあげるから!」
こうして、私の――いや、脇役令嬢エリシアによる、
「原作完全崩壊(クラッシュ)」の幕が上がったのだった。
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