初章

 七つの神聖精霊機神は、600年間、平和条約の締結の地となった皇宮国の神殿で深い眠りについている。


 七人の勇者が、最大の激戦地であり、荒れ果てた荒野ばかりであったこの地に国を興したのが、皇宮国の始まりで、それ以降、世界各国から一目置かれる存在となっている。


 人々がそうであるように、勇者達もまた、鬼籍に一人、また一人と入り、幾年月の歳月によって、崇められた荘厳な神殿は、記憶を継承する博物館となった。


 諸族の聖なる地は、諸族の憩いの地へとなり、世界各地からの観光客と巡礼者を迎え入れている。


「600年前の機神なのに綺麗だよなぁ」

「そりゃぁ、莫大な予算を継ぎ込んで、維持してんだから、当たり前よ」


 皇宮国、国家警察東久迩県警察分校の第七十七小隊のはみ出し者の二人は、首都演習の最終日、自由行動を許されていた。


 真夏の太陽が照り付ける首都見学を、律儀に続ける小隊の学友達に別れを告げて、そっと隊列を抜け出し、世界一の素晴らしい冷暖房環境を誇る、ルーリア博物館に逃げ込んだ。


 無論、入館料も警察手帳をチラつかせ、公務扱いという厚かましさであった。


「アリー、機神はまだ動くのかな?」

「ばっかじゃないの、精霊はとっくの昔に枯れているに決まってる」

「精霊信仰の民がそれを言っていいのか……」

「いいのよ、干からびた精霊に興味なんてないわ」


 悪魔族のスリファンは、天使族のアリーの物言いに呆れ果てながらも、その意見に頷きながらガラスの奥に視線を向ける。


 天使族の過激な物言いは、いつの時代も粗暴だ。


 悪魔族のようにもう少し穏やかな物言いをできぬものかなと、スリファンは思いながら、慈しむように機神を見つめるアリーに見惚れた。


 憧れを抱く幼女のように、純粋な想いを溢れさせた美しい横顔だが、その唇が柔く噛まれている。


「確かに、長い眠りだし、もう、生きていないんだろうな」


 そんなことを口にして、ふと、アリーが振り返っていたことに慌てる。


 黒髪に蒼水晶のように美しい肌、整った顔つきの美顔なのに、残念なほどまでのやる気の無さで、弛緩した顔つきのスリファンは、向けられた複雑な表情に、やや深いため息をつくしかない。


「ええ、残っていたとしても、絶対に干物よ」


 勝気な眼差しと、綺麗に日焼けした褐色の肌、喧嘩っ早い性格を体現したかのような、不遜な物言いで、カリアン侯爵家の次女であるアリーは、スリファンが自らに見惚れていたことに、やがて、ご満悦の笑みを浮かべ、何かを指先でつまんだようなしぐさで空中に揺らした。


 二人の前に七体の神聖精霊機神が大地を踏みしめた立像の如くあった。


 勇者以外にストレンジャー(乗り手)が選ばれることはなく、今はただ、古の伝承通りに整備を享受しているに過ぎない機神達の姿に、スリファンもアリーも一抹の寂しさを感じてしまったのは、二人とも警察用パトロール機神のストレンジャー(乗り手)だからこそだ。


 重厚な帯剣をし、長身を覆い尽くす立派な盾を持つ力強さとは裏腹に、相棒を失って肩を落としているようにも思えた。


 スリファンもアリーも、専用機を得たことはない、けれど、その寂しさが肌身に沁みる。


 晩年の勇者は、一介の警吏で、民を守る番人であったとも伝わる。


 それもまた通じるものであった。


「なんか、可哀そうだ」

「うん」


 機体を眺めながら、スリファンの言葉にアリーが拳を握り、そっと頷く。


 二人の後ろに七段の広い幅の観覧席が設けられていて、諸民族の敬虔な精霊教徒達が、神聖視された機神達に祈りを捧げている。


 だが、二人は思う。


 機神は祈りの対象ではない。


 街中で見かけた警備用の機神、土木作業用の機神、警察や消防や軍の機神、そのどれもこれもは、稼働してこそ、動いてこそ美しいものだと。

 

 大昔の機神には精霊が宿る。


 現代の汎用機神は、コンピュータ制御となり精霊を使役することなく、「魂の無い」機体となって久しい。


「連れ出してやりたいわ」

「ああ、同じ思いだ」


 本当の「精霊」が宿っているのだ。


 こんな神殿に大切に安置、いや、閉じ込めて置くべきではない、陽の光の元で、風を浴び、雨を受け、雪に埋もれる。


 四季と共に暮らすべきなのだと、二人は何故か深く想った。


 それが本来の機神の姿なのだと。


『眠りについても起こしよる、だが、とても面白い、あやつらによく似ておる』


 何処からともなく、声が聞こえた。


 耳にではなく、脳内に直接囁くような瑞々しい声は、ルーリア博物館に満ちた空気を震わせた。

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