君が99回私を忘れても、私は100回君の恋人になる

やまねこ/Yamaneko

プロローグ〜願い事は〜

2018.8.11 幻影

 やぁ、そこの君!突然で悪いんだけど、私が倒れたら救急車を呼んでくれないかな?

 え?いやいや、体調は悪くないんだって。

 理由は…、ほら、分からない?

 …彼女が可愛いからだよ!

 浴衣姿やばいって、可愛すぎる…。

 いや、去年だって見たよ?でもさ、恋人ってなると話が違うじゃん…。

「春花ー!ねぇ、綿飴片方持ってー!」

 あ、天使が、天使が私を呼んでる。

 私は、どデカい綿飴を両手に持ってわたわたしている天使の方へ近づく。

 う、近づけば近づくほどオーラがっ!私を焼き尽くさんとしている!

 遠巻きに観察するのも乙なもんだけど、やっぱり私は彼女ですから。彼女のそばにいてあげないとね!

「楓先輩、どんだけ食べるんですか!ほんとよく食べますよね…。なんでそれで太らないんですかおかしいでしょ!」

「うーん、よく分からんけど体質、かなぁ?」

「さ、さすっがぁ〜」

 くそう、どこまで完璧なら気が済むんだ!容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能!神様がうっかりミスで作ったチート美少女め!

 え、そんな楓先輩を⁈独り占めできる人がいるんですか⁈一体誰なんだろうなー⁈

 ま、私なんですがねぐへへ…。

 私と楓先輩が付き合っているのはとっくに学校中に知られていて(なんなら地元中に知れ渡ってたよ☆田舎恐ろしや)、楓先輩に近づこうとする不埒者たちも最近はめっきり減った。

 それでも接近を図るゴミども(言い過ぎ?妥当だよ)に対処すべく、最近私は空手を習おうかとすら思っている。マジで投げるあいつら。

「春花〜?ぼーっとしてへんと、私を見て欲しいな…なーんて」

「ヒュ⁈ごごごっ、ごめん!見る見る勿論死ぬまで見る!」

「春花死なんといてー」

 は?マジでもうなんだこの天使。しかもなんで自分から言った方が照れてんの⁈可愛いかよほんと、あ…ちょっと急に抱きつかないで⁈倒れる。オタク(恋人だろ)倒れる!

「楓先輩、流石に人多いから!一旦離れません?」

 田舎ともなると夏祭りには友達や親戚で溢れている。私たちの関係が周知の事実とはいえ、イチャイチャが地元中のお茶の間で話のタネにされるのは流石に恥ずかしい。

 という建前は置いといて、浴衣姿で魅力が100億倍になった恋人とのスキンシップは、私の理性をどろどろに溶かしかねない。

「えー、私はずっとこのままでもええよ。花火も、抱き合って見る?」

「先輩、会話!全部聞かれてるから、ちょっとこっち行きましょう」

 夏の湿度を遥かに凌駕する惚気を、知り合い含め大勢に聞かれた私は、楓先輩を引き剥がして彼女の手を取り走る。

 薄紅色の綿飴を、ふわふわと空に描きながら、恋人たちが夏の夜を駆ける。

 今この瞬間を写真に収めたら、コンクールとかで金賞が取れそうだ。勿論、楓先輩という最強の被写体がいるからってのもあるけど。


 私たちは互いに少し息をあげながら、神社の境内付近へとやってきた。

 境内は少し高台になっていて、周りにはいい席で花火を見ようとレジャーシートや椅子を用意している人がちらほら見受けられた。

「先輩…ここ、風が気持ちいいですね」

 結ばれた私たちの掌にはじんわりと汗が滲んで、その柔らかい境を曖昧に溶かしていた。

 境内に吹き下ろす風は、そんな2人の熱を冷ますようにひんやりと冷たい。

 それが今の私には丁度良い。

 楓先輩に触れすぎている。それは私の特権で、でもなんだか行ってはいけない場所まで足が届きそうだから…。

 でも、楓先輩は結ばれていた二つの手を、更に固く結び直した。

「あんまり冷めるのも、嫌やなぁ」

「…先輩?」

 熱さか、暑さか。

 どちらでもいい、今の私たちには、どちらでも。

 まだ落ち切らない夕焼けは、楓先輩の半分を紅く染め上げる。

 それは、本当に夕焼けの紅なのか。

 言及したらもっと紅くなりそうだったから、しないでおいてあげようかな。

「この紅さなら、私が照れてるのも、分からんくてええわ〜」

「自分で言うんかい!言わないでおいたのに⁈」

「あー!春花がツッコミしてくれるようになるとは…。あかん泣きそう」

「そりゃもう関西に来て2年目ですから?」

「関西弁はなかなか感染らへんけどな〜」

 私は高校に入るタイミングで関西に引っ越してきた。

 お父さんが亡くなって、お母さんが元々生まれ住んでいたこの街を頼ったのだ。

 生まれてからずっと関東で暮らしてきた私にとって、この地はほとんど異国に近かったけど、今ではすっかり馴染んだ…と思う。

 まぁこんなに綺麗な彼女がいますから!なんでもどんと来いって話よ!

 やばっ、また顔が熱くなってきた。

「そ、そうだ先輩!折角なら、お祈りしていきません?」

「ほんまやね、していこか」


 私たちは手を繋いだまま、お賽銭箱のある社を覗く。

 2礼2拍手1礼、だっけ…?スマホで素早く検索したら合っていた。

 神社の作法すら怪しい日本人…。

 願い事、何にしようかな。

「春花…神社ってどうやっけ?拍手から?」

「先輩にも分かんないことあるんですね…っふ」

「笑わんでええやん⁈そんなん学校で習わんしー」

「2礼2拍手1礼ですよ。ってか手!そろそろ離さないとお参りできない!」

「ええー、繋いだままでしようや」

「んな無茶な⁈」

 私は駄々を捏ねる楓先輩の手をなんとか引き剥がして、お賽銭を財布から取り出す。

 力強すぎるってこの天使…。

 片方がしっとりと温かいままの手を合わせて、2人並んでお参りをする。


 …未来がどうなるかなんて分からない。

 来年で卒業の先輩は、成績が優秀だから先生たちに東京の大学を勧められている。

 そうなったら、遠距離恋愛ってことに、なるのかな。

 私に果たして、耐えられるだろうか?全然自信がない…。普段は強がってる私の方が、実はずっと先輩に触れていたい、なんて言えるわけがない。

 でも、私と先輩なら、何があっても上手くいきそうな気がする。

 だから、願い事は。



* * *



「春花、願い事長かったね。何お願いしたん?」

「それ言ったら叶わないらしいですよ先輩…」

「え、嘘⁈今までめっちゃ友達とかに言ってたわ…」

 お参りを終えて、私たちは境内の裏から伸びる小さな階段を降りている。

 周りを木々に囲まれた道に出ると、さっきの本殿とは違う小さな社が見えた。ここは花火がよく見える穴場スポットらしい。

 楓先輩が友達に「花火を見ながらキスするのにええ場所、どっかない⁈」って聞いて教えてもらった場所なんだとか。

「私たちの行動筒抜けじゃんそれ…」

 キスのシチュエーションまでバレてるの、本当に恥ずかしいからやめて欲しい…。

「大丈夫、絶対に来ーへん(来ない)ように言っといたから!」

「まぁ、確かにちゃんと誰も居ないけど…」

 社の裏手に回ると、そこだけ木が生えていないのか街が一望できるようになっていた。

 さっきまではまだ紅かった空も、青黒く染められ始めていて、眼下には祭りの屋台が光を宿している。

 周りが木で囲われたこの場所は、既にかなり暗くって少しだけ、不安になる。

 私はさっき自分で引き剥がした手を、またぎゅっと自分から握った。

 夏で、暑くて、もう熱は要らないハズなのに、楓先輩から伝わる熱に恋焦がれてしまう。

 そんな私の頭を、楓先輩は優しく笑いかけながら撫でてくれる。

 幸せすぎて不安になるなんて、私は贅沢だ。

「先輩の顔が段々見えにくくなる…」

「花火が上がったら、明るくなるやろ」

「うん…」

 あー、幸せだぁ。主に眼福で。

 楓先輩の顔を見上げて見惚れていたら、どこからかひゅるひゅると空を切る音と共に、空に大輪の花が咲いた。


「春花!上がった上がった!」

「大丈夫、見えてますよ先輩!わっ、あれおっきい!」


 赤、青、黄、緑。

 色とりどりの花びらが、温く眠り行く空に次々に咲き誇る。

 私たちはしばらく花火に大興奮で、空を指差しながら火薬の匂いに笑い合った。

 花火が一旦途切れて、空を薄い煙の雲が闊歩している。

 そろそろクライマックスに差し掛かる。

 溜められた幾つもの花火が、宇宙に向かって翔んで行く。

 何か合図があったわけじゃない。

 事前に決めていたわけじゃない。

 でも、私たちはどちらからでもなく、ほとんど同時に唇を重ねた。

 触れ合うなんて優しいものじゃない。

 互いの口を貪り尽くすような、深く、熱く、濃い、キス。

 どこまでいっても、求め足りない。

 花火が弾ける音が、遠く遠くでぼやける。

 交互に互いの舌を包み込みながら、荒くなった呼吸を無視して、息継ぎを忘れて、私たちはひたすらに、キスをした。


「楓、大好き」

「私も大好き、春花」



 …来年も、先輩と花火を見れますように。

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