人混みの中でこの本を拾い上げた瞬間、私の内側にいた「もう一人の私」が静かに背筋を伸ばした。

青二才

はじめに

 はじめに ― ようこそ、人間界へ


 このたびは数ある世界の中から、人間界を選んでくださり、ありがとうございます。


 滞在期間はおよそ数十年。永遠と比べれば、落ち葉が地面に触れるまでの時間のように一瞬です。


 しかし、その短さこそが人間界の醍醐味。あまりに短いため、多くの魂は帰還の際に「あれ? まだやりたいことがあったんだけど」と荷物を置き忘れた旅行者のような顔をします。


 けれど安心してください。短い旅は、かえって一つひとつの出来事を濃く、そして鮮やかに記憶へ刻んでくれるのです。


 まず知っておいてほしいのは、人間界が決して快適なリゾート地ではない、ということ。


 雨は容赦なく降り、身体は少し走っただけで悲鳴を上げ、心は天気よりも頻繁に揺れ動きます。

時には「どうしてこんな不便な世界を選んだんだろう」と首をかしげることもあるでしょう。


 ですが、それは欠陥ではなく“仕様”。パズルのように、欠けたピースがあるからこそ形が浮かび上がるように、不完全さをどう扱うかこそ魂の腕の見せどころなのです。


 そしてもうひとつ、大切な仕掛けがあります。


 人間は「自分」という存在を強く信じていますが、その奥底にはいつも君――魂がいます。


 時折人間が「自分の中に、もうひとり自分がいる気がする」と不思議がるのは、まぎれもなく君の存在がにじみ出ている証拠です。


 けれど、あまり騒ぎすぎるのは禁物。舞台袖から「次、セリフ忘れないでよ!」と叫べば、役者は混乱します。


 君の仕事は、観客には見えないところで、照明をちょっと調整したり、風をそっと送ったりすること。つつましく、でも確かに支えるのが君の役割です。


 この本では、人間界で起こりがちな出来事――多重人格、記憶の喪失、心霊現象、そして既視感(デジャヴ)――を、魂の視点から紐解いていきます。


 ここに並んでいる言葉は、決して怪談や都市伝説の類ではなく、魂と人間の二重生活が生み出す“副作用”のようなもの。


 困ったとき、迷ったとき、あるいは単に退屈で仕方ないときでも、どうぞ気軽にページを開いてください。


 旅のしおり代わりにしてもいいし、夜のキャンプファイヤーでこっそり読むのもおすすめです。


 さあ、そろそろ準備はできましたか? どうぞ人間界を、笑いあり涙ありの実地研修として、思いきり楽しんでください。


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