第32話 ネイル(4/5)

「……嫌だ、俺はあやまらん。お前が謝れ、それが先だ」



 そう言って、一点を見つめる。その先には。



 飯森と、黒豆。



 飯森は、ああ、と言ってため息をついた。

 黒豆を守るように抱きしめる。それに部員が追随して、みんなで飯森の肩を持って一つの塊になった。


 黒豆はくぅ~ん、と鳴いて耳をペタリとさせる。



「お前、まだ一年前の事を根に持ってるのか」



 飯森が言う。生物部部員たちは、訳知り顔で、口々に――いつまでも。仕方ないでしょ。犬なんだからね――などと擁護した。

 


「何か、あったんですか?」


「ふん、僕は知らんからな!」

 そう言って、五百蔵は。



 そんな話ならもう戻る! そう言ってさっさと消えた。


 

「子供ですか、五百蔵部長……」

 残された葉香はぽつりと呟いた。それに、場にいる一同がうんうん、と頷く。

 


「全く仕方のないやつだ」



 飯森は黒豆を地面に置いて、生物部員に手のひらを差しだす。

 部員はどこからか、濡らしたコットンを差し出した。


 飯森はそれで、黒豆の目元を拭っていく。黒豆は抵抗するでもなく、気持ちよさそうに飯森に体を委ねた。



「今は、何をしてるんです?」


「これは日課だ。今日は日課をしてから、シャンプーに移るんだよ」



 次に耳を見る。

 そして、す、と手を部員に差し出した。

 部員はコットンを回収して、ブラシを手に置いた。


 なんだか手術室みたい。

 

 葉香は思った事を飲み込んだ。失礼があってはいけない。



 しずしずとブラッシングを始める。



 黒豆は引き続き静かに、されるがままになっている。


 

「そろそろ換毛期だから結構出るんだ」


「ああ、毛が生え変わるやつですね」


 実際、毛は大量に出ていた。部員が集めて、ゴミ袋に詰める。風に舞っていくものは仕方がないだろう。

 ブラシに着いたものを取っては、ゴミ袋に入れる。



「これ、いつ終わるんですか?」

 それは延々に出るようでもあった。


「大丈夫、頃合いでやめるさ。さて」

 飯森は立ち上がった。ブラシを部員に返す。ゴミ袋を受け取り、ぎゅっと口を締めた。



「後は頼むな」


「――はい!」


「あとって、なんです?」


「シャンプーは他の部員に任せてるんだ。トリマーになりたい子が居てな」



「なるほどですねぇ。これ、毎日してるんですか?」



「もちろんだ。これに加えて、毎日散歩もする。シャンプーは月一だがな」


「土日もですか?」


「交代制でな。土日の餌やりと、校内の散歩、だな」


 流石に一日一回の食事になるから、多めにやるんだ。と飯森は言った。



「結構、お世話が大変なんですね」



「いやいや。だが、こまめな世話が大事なんだ。外から見る分には、あまり目立たないかもしれんがな。目ヤニとかブラッシングとか。


 ちょっとしたことが清潔感に繋がる。そうだな――」


 飯森は、なるほどなるほど、と頷いている葉香の手元をちらりとみた。



「君はネイルをしているね?」



 う。



「よく、お気づきで……」

 思わず両手を後ろに隠した。



 バレたのは初めてだった。女友達に自分で言うのならともかく、男の、しかも先輩に気づかれるのことはなかった。


 そう、先輩だ。


 もしかして。先生にチクったりするのかな。葉香は上目遣いに飯森を見た。


 飯森は、ああ、さっき黒豆撫でてた時にな、と言った。それで気が付いたのだろう。一瞬の間だったように、葉香には思えたが。



 侮りがたし、飯森部長……!



「校則違反の指摘ですか?」

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