第1話 阿呆(1/4)
桜舞い散る季節。
真新しい定期券と、電車の揺れ。暖かな日差しが眩しい。
校舎から見える桜は。とても綺麗で。
桜を見る度に思う。
自分の名前の由来がこの桃色の花なのだとしたら。
両親に感謝しないとな、と。
「――さくら」
風に、桜の花びらが混じる。自分にとっては新しい季節。新しい、学び舎。
私の青春はきっと。
この春から始まりゆく。
高校一年生として、何かを選ぶとしたらそれは。
部活動だ。
何を選ぶかによって、私の青春の一ページは違う花を咲かせることになるだろう。
何を選ぶか。
ホームルームで、担任の先生が部活動に入るならば掲示板を見るように。
というお達しがあった。
いくつかの掲示板があるようで。その一つを、見に行ってみよう、と私は友人と足を向けた。
友人がトイレに籠っていたのでピークの時間は外れている、のか。
私も、ワイワイと人込みに揉まれるのならばその方がよかった。
だとしても。
その掲示板には人影がなかった。
どこか腑に落ちないものを感じながら、
私が目にしたのは。
【来たれ! 我が部に!
――五百歳の賢人が茶を振舞う。
学び舎の渋みと苦味、そして旨味を体験しませんか?――】
「これって――」
「どしたの桜ちゃん」
「純ちゃん……」
純ちゃん――渡純(わたりじゅん)ちゃん。私の隣の家の子。
小学校から一緒に登校する仲だ。純ちゃんはとても優しくて可愛い。
サラサラのロングヘア。
高い身長。
可愛らしい声。
声変わりが遅いみたいだ。高校になって声変わりしないなんて、もうしないのかもしれない。でも。いつか、それは訪れるのかもしれない。そんな危うさが、純ちゃんの魅力を引き出していた。
あそこの高校は制服が選べるんだ。
小学校六年生ぐらいから、この高校に通いたいと言っていた。
ウチの制服は男女のブレザーとセーラー服・詰襟が選べた。
今日の純ちゃんはブレザーの気分みたいだ。純ちゃんは全部購入して気分で好きな方を着ている。自由でいいなぁ、と思う。理解のあるご両親を持った純ちゃん。
ちょっぴり羨ましくなる時は……来るのか来ないのか。
「いやあのさ。これ」
私は掲示板を、指で示した。私より二歩ほど遅れて、純ちゃんが掲示板を見る。
「えと……もしかしてこれ?」
【闇の生物を飼育……ダークマターを大きくする喜びをあなたに バァイ生物部】
「絶対に違う」
バァイて何よ、バァイて。
「いや桜ちゃん好きそうだよ?」
「純ちゃん私の事なんだと思ってるの?」
「ごめん一歩で一センチまで距離詰めて早口で血走った目を向けながら言わないで怖いから」
早口なのは純ちゃんだと思った。
「ふつーに冗談じゃん」
「冗談に見えないんだよねぇ」
で。純ちゃんは言葉を区切る。
「何が興味を引いたって言うの?」
掲示板には所狭しと部活動部員募集の紙が貼られている。その中でひときわ異彩を放っているこれに気が付かないなんて。
「純ちゃんは心の強者なのかしら……」
「その不穏当な発言は何?」
肩に手を置いて純ちゃんは言う。
「ていうか。闇の生物とか伝説のトランペットとか走る幽霊(部員)とか光る竹刀とか、この部活動募集何かおかしいよ?!」
「……かな」
「入る高校間違えたかも。制服しか見てなかったから……」
純ちゃんは心なしか背後に闇を抱えた。
と。
「ああ?!」
どどどど、と走ってきた誰かが掲示板の前で急停止した。
「これですよこれ!」
それは。
白衣を着た生徒。フルートを持った生徒。競技ウェアを来た生徒。剣道着を着た生徒。
どの生徒も肩で息をして――競技ウェアの生徒すら――息を荒げている。これは走ってきたせいではない。おそらく。
その生徒たちの中に、ジャージ姿のおじさん――角刈りの先生が一人、混じっていた。
「なんじゃこりゃあ」
その先生は頭をポリポリと書いた。手に何故か竹刀を持っている。その竹刀は竹の根元にこう彫り込んであった。「命」と。
「酷いです!」
「我々が書いたポスターが」
「馬鹿にしている!」
「誰がこんな仕業を……」
「つまり、お前らが自分でこのポスターを書いたということは――」
「ないです!!」
四人は一斉に答えた。
「こんな事をする奴は一人しかいないですよ」
トントン、と掲示板を叩く剣道着の生徒。
これを見て下さい、と剣道部のポスター、――光る竹刀の怪! あなたは目撃者となるか?――の端を少しめくる。
それは。
「二重に、なってる……?」
思わず私たちも覗き込んだ。そのポスターは全く同じ大きさの紙で貼り合わせられていた。それは要するに。
「我々のポスターを上からきっちり同じ大きさの用紙のポスターで上書き保存したやつがいるんです!」
その手に持ったものをへし折らんばかりの勢いで、フルートを持った生徒が言う。
「しかもガッチガチで全然取れないんですよ……」
競技ウェアを来た生徒が今にも涙を流しそうな雰囲気で言った。酷いと思いませんか? と先生に詰め寄る。
「これは我々への侮辱なんだっ!」
白衣を着た生徒が黒い柴犬を抱きしめておいおいと泣いている。
「え、マジ泣き?」
「……黒柴、どこから出た?」
「桜ちゃん、突っ込むのはそこなの……?」
だって明らかにさっきまで居なかったのにいきなり出現するなんて恐ろしい……! それにあの眉毛みたいな目の上の黒い模様。あれはマロ眉……! 通常の柴犬には眉毛期と呼ばれる期間が存在しカモメのような眉毛様の模様が出る事からカモメ眉と呼ばれるけど黒柴のマロ眉は成長と共に消える事はなくてその愛らしさときたら
「帰ってきて。桜ちゃん」
「こんな事をするのはまぁ、あいつに決まってるわな」
竹刀を持った先生が素振りしながら言う。
前後に一歩進んでは、一歩下がる。ぶぉん、ぶぉん、と風を切る音。かなりの勢いだ。その勢いとは裏腹に、先生の声には力が入っていない。
あいつ……?
いったい、誰だろう。この高校の部活動が不穏なのはこの人たちのせいじゃなかったみたいだ。だったら。
「いったい、何が起こっているの……?」
「桜ちゃん、そんなマジにならなくても」
「それは――僕だっ!!」
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