異世界転生––––強烈な学習
「それじゃ、あたしの仮説を話すわね」
手足の縄はほどかれて、前にはカフェラテが置かれている。随分と話しやすくなった環境の中で、
「あたしは、異世界転生者の強烈な能力を、『死』による急激な学習だと思ってるの」
得意げな顔で
「ほら、問題集や模試で間違えた問題は復習して、次に同じ過ちをしないようにするでしょ? 忘れ物をしてしまったときもそう。自転車の練習だってそうだし、人との関わり方も、部活も、学校行事も、全部。試行錯誤して、同じ失敗をしないようにしていく」
「どうしてあたし達がそんなことを出来てしまうのか。それは、『死』という
自分のカップにコーヒーが入っていないことに今さら気づいた彼女は、新しいのを入れないで私のカフェラテを飲んだ。
「じゃあ、もしその『死』という最悪の失敗を経験してしまったら」
彼女はまたモニターを眺める。「カフェラテは甘くて駄目ね」と呟いた。
私のカフェラテを勝手に飲んだことは指摘しないで、彼女の言ったことを脳内で整理する。
彼女は学習に辺り『死』が最高の学習であると唱えているんだ。
本来、『死』を避けるために人は失敗と学習を繰り返す。なぜなら、死んでしまった場合、生体としての機能を失うので、仮に脳が学習していてもそれを活かす機会がないから。
でも、それは普通の人の話であって。
異世界転生者であれば、『死』を経て新たな学びを得ることができるはず––––それが彼女の主張。
「死体は、異世界に転生される過程で再構築されていく。胎児・乳児レベルで成長を遂げるその新しい脳は、『死』という失敗をさけるための学習をして、シナプスの結びつきが急激に変化して、強固に結びつき、そして『生きる』能力が常軌を逸するまでに発達する。……これがチートスキル」
思わず私は聞き入ってしまう。それは面白いと思っただけじゃなくて、証明方法のないその理論に、何かしらの指摘を与えてみたかったから。
「きっと女神様なんてのは当事者が見る幻覚にすぎないわ。脳が、突然すぎる大成長に納得感を与えるために見せる幻覚。……もちろん、向こうの世界には本当に神様がいるのかもしれないけど、あたしはまだカメラ越しに見たことない」
「だから、この仮説を証明してみたかったの。……といっても、死んだとて転生できる保証はどこにもないし、法を犯すわけにもいかなかったから、あたしができる範囲で誰かに大きな失態を味わせたくて」
それで3日3晩寝ずに考えたのがこの拉致作戦よ、とやけに嬉しそうな様子で
「で、もう1回尋ねるけど。……何か成長できた実感はある?」
その質問の意図をようやく理解した今、私は自信を持って答える。
「いえ、全く実感ありません」
彼女は一瞬だけしょんぼりした表情を見せた。
◆
「では、
私––––
「成長確認実験……?」
「ええ。あなたこの拉致という人生の『死』に近い経験を経て、どれだけ『生きる』能力が成長したかを確かめるの」
説明しましょう、と
「あなた、まだ
「えっと……」
私は頭の中で大切そうなものを思い浮かべる。
「金……ですか?」
「はあ。あなたそんなくだらない価値観でいいの」
「じゃ、じゃあ学力」
「いらないわよそんなもん」
さすがに強く否定しすぎである。
「そしたら、なんなんですか?」
「
ああ、たしかに。高校生時代、『大学生活はコミュ力大事』だとネットの書き込みをみたことがある。コミュ力なんてどこでも大事だろう、とか、そもそもネットの書き込みの信憑性なんて、とかを当時は考えた。
ちなみに今の私には大学の友人が一人としていない。……高校まではちらほら居たし。
「つまり『生きる』能力を確かめるって」
「そう。あなたがコミュ力を進化させたことができたか、それを確認するの」
なんだか、とても面倒な予感がする。
「でも、成長したかなんて、どうやって分かるんですか?」
「……ドイツ語」
「はい?」
行間の空けすぎた回答をする人だ。彼女が何を言っているか分からなくて私は困惑する。
「この前のドイツ語の授業、あなた
「なっ……」
私は言葉詰まらせる。––––
そんな彼女の隣に、ついこないだ座る機会があった。彼女は、普段仲の良い男女グループの中心に座っている。誰と誰が仲良いだとか、20歳でもないのにお酒がどうの言っているグループだ。
しかし、そのグループ形成も、選択者の都合で少数で受講することになるドイツ語では生じない。すなわち彼女と長机を共有する隣の席は空いたままになる。先週、私は遅刻した勢いで思わず彼女の隣に座った。
よりにもよってスピーキングの練習を隣同士で行うドイツ語の授業で。
そこで私は自己紹介がしどろもどろになったんだ。語学力のせいではなかったように思う。カンペやスマホはいくら見てもよいし、教科書の内容を書き換えればいくらでも話せるから。ただ、違う次元に住んでそうな彼女を前にして、私は完全に日和った。
そんな1週間ほど前のことを
「でも、なんで
そこには「先輩なのにどうしてドイツ語を取っているんですか?」の含みも持たせている。あれは1年生の間に受け終わる授業のはずで、彼女がまだ受けているなら履修でしくじっているに違いないから。
「偵察してたのよ」
「?」
「どの子ならあたしの実験に関われそうか、落単者のフリをして潜りながら探していたの」
「気持ち悪」
失礼ながら本音を口に出してしまう。
「……とにかく、本来のあなたが
あの
いやしかし逆に、この経験がトラウマになって私がコミュ力を喪失する可能性は考えなかったのだろうか。聞こうと思って、
「急激な成長が見たいから、本当は男の子とかと会話してほしかったのだけど。……ほら、あなた異性と話すの苦手そうじゃない」
「馬鹿にしないでください!」
私は勢いよく立ち上がる。
「別に、それくらい楽勝ですよ。男とか女とか関係ないです」
「それじゃ、
「いえ、
私は静かに座り直す。
「そしたら、仲良くなって帰ってきて。ゴールは、
「教室には見に来ないんですか」
「ええ、勿論」
久しぶりに真面目な顔を見せてから、彼女は私と目を合わせる。
「だって、前回は私がいることに気づいていない状態だったでしょ? つまり
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