第7話 横暴な皇帝陛下


 最強の剣を手に入れた私は、意気揚々と宮殿に帰還した。隣には、身綺麗になったフェリスがいる。


 帝都の高級ブティックで揃えた騎士服に身を包んだ彼女は、まさに男装の麗人といった風情だ。凛とした立ち姿は、廊下ですれ違うメイドたちが頬を染めて振り返るほどである。


 これで私の身の安全は確保された。意気揚々と執務室の扉を開ける。


「ニーナ、戻ったぞ。紹介しよう、私の新しい護衛だ」


 私は、さあ驚けと言わんばかりにフェリスを前に出した。ついでに腰に差した剣もチラつかせる。


 書類の山に埋もれていたニーナが、ゆっくりと顔を上げる。その瞳には、寝不足のクマと、殺気立った仕事の鬼の光が宿っていた。


 彼女はフェリスを一瞥した。頭のてっぺんからつま先まで、わずか一秒のスキャン。

 そして、興味なさそうに視線を書類に戻した。


「……女性だったんですか。へえ」


 それだけだった。

 感想は、それだけ。

 

「あ、あのなニーナ君。彼女は元騎士団長のフェリスだ。すごいんだぞ、剣で私の障壁を……」


「そうですか。それは頼もしいですね。あ、陛下。そこの決裁書類にサインだけお願いします。あと予算案の追加分は机に置いておきましたので」


「……はい」


 私は大人しくサインをした。最近、私の扱いが雑になっている気がする。私は皇帝だぞ。この国の支配者だぞ。


 なのに、この部屋でのヒエラルキーは明らかに ニーナ>私>フェリス になっている。


 最強の騎士団長も、最強の秘書には勝てないらしい。彼女はニーナから発せらる。「邪魔をするなオーラ」に気圧され、部屋の隅で直立不動になっていた。




 それから数日が過ぎた。ニーナが優秀すぎて、私が口を挟む余地はこれっぽっちもなかった。


 仕方がないので、私は執務室のふかふかソファで、日課の魔導書を読んで過ごしていたのだが――活字を追う目が、ふと止まる。


 部屋の隅。フェリスが、窓の外を飛ぶ鳥を目で追っていた。その背中が、ひどく寂しげに見えたのだ。


 彼女は朝の鍛錬を欠かさない。剣の手入れも完璧だ。だが、ふとした瞬間に見せる表情が、まるで捨てられた子犬のように頼りない。


 私は手元の魔導書を置き、引き出しから一通の報告書を取り出した。暗部に調べさせておいた、フェリスの身上調査書だ。



 フェリス・ノースウェル。


 実家は、地方の山間部にある男爵家。彼女が騎士団長に就任した際は、領地を挙げてのお祭り騒ぎだったらしい。一族の誉れ、故郷の希望。そう持て囃されたという。


 だが、彼女が濡れ衣を着せられ、奴隷に落ちてからは沈黙。


 実家からの連絡は途絶え、私が彼女を側近に取り立てた今になっても、手紙一通届いていない。


「……薄情なもんだな」


 私は小さく呟いた。


 一転して汚点となった娘を、彼らは切り捨てたのだろう。あるいは、連座を恐れて見なかったことにしたか。


 胸が痛む。


 前世の自分を思い出したからだ。家族という枠組みの中にいながら、常に透明人間のように扱われていた孤独。フェリスの境遇は、かつての私に重なって見えた。


 彼女は今、何を思っているのだろう。窓の外を見つめるその横顔に、故郷への思慕はあるのだろうか。それとも、捨てられたことへの諦めだろうか。


「……よし」


 私は立ち上がった。

 考えていても仕方がない。気になったのなら、直接確かめに行けばいい。


「ニーナ」

 私が声をかけると、彼女は手を止めずに「はい」と答えた。


「私は出かけるぞ」


「どちらへ?」


「外出だ」


 ピタリ、とニーナの手が止まった。彼女はゆっくりと顔を上げ、氷のような視線を私に向けた。


「外出、ですか。この忙しい時期に? まだ学校建設の認可も終わっていないのに?」


「君が優秀すぎて、私のやることがないからな」

 私は肩をすくめた。


「それに、ただの遊びじゃない。視察だ。地方の現状を知らずして、国政は行えん」


 もっともらしい理由をつける。


「行き先は、ノースウェル男爵領。フェリスの実家だ」


 その言葉に、反応したのはフェリスだった。彼女は驚いたように振り返り、私の元へ歩み寄ってきた。


「……私の実家へ? なぜですか」


「視察だと言っただろう」

 私は努めて穏やかに答えた。


「君のような優秀な武人を輩出した土地を見ておきたい。それに、私の大切な盾を預かっているのだ。親御さんに挨拶の一つもしておくのが、主君としての礼儀じゃないか」


「……っ」

 フェリスは息を呑み、そして視線を落とした。


「……おやめください。私の実家は……その、今は私と縁を切ったも同然です。陛下がわざわざ赴かれるような場所では……」


 彼女の表情に暗い影が落ちる。拒絶されることを恐れているのだ。実家に帰っても、歓迎されないかもしれないと。


 だからこそ、私は彼女に逃げ道を用意してやることにした。


「フェリス」

 私は少しだけ威厳を持たせた声を出した。


「これは『視察』だ。そして君は私の護衛だ。まさか、個人的な事情で職務を放棄するつもりはないだろう?」


「……!」


「皇帝の行く場所には、常に護衛が必要だ。私の我儘に付き合ってくれないか」


 強権発動、という名の口実だ。


 こう言えば、実家に未練がある彼女も「皇帝の命令だから仕方なく」という理由で故郷に帰ることができる。


 フェリスはしばらく葛藤するように俯いていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……御意。この命に代えても、お守りいたします」

 顔を上げた彼女の瞳には、ほんの少しだけ、安堵の光が混じっているように見えた。


 私はニーナの方を向いた。彼女は呆れたように深いため息をついている。


「……はあ。どうせ私が何を言っても行かれるのでしょう? 暗部の者を数名同行させます。それと、予算の無駄遣いは控えるように」


「わかっている。お土産は期待していてくれ」


「全く期待していません」


 許可は下りた。

 こうして、私たちは宮殿を抜け出すことになった。

 

 表向きは地方視察。だが真の目的は、フェリスの実家への家庭訪問だ。


 都合よく娘を切り捨てた薄情な家族が、皇帝を連れて帰ってきた娘を見てどんな顔をするのか。


 少しだけ意地悪な楽しみを胸に秘めつつ、私は執務室を後にした。

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