ラストダンジョン直前のセーブポイントに転生しました。何度も死んで帰ってくる勇者たちが不憫で愛おしいので、おにぎりと戦闘ログで地道に育て上げます~動けない俺と、死に戻り勇者の生存戦略~
抵抗する拳
ようこそ、絶望と希望のセーブポイントへ
目が覚めると私は石になっていた。
いや、正確には石ではないらしい。
意識を取り戻した当初は、手足の感覚がないことにパニックになりかけたが、人間だった頃の記憶──ゲーマーとしての知識──が、現状を冷静に分析してくれた。
全高は約三メートルで材質は高純度の魔力結晶、内部から淡い青色の燐光を放ち、薄暗い空間を幻想的に照らし出している。
どう見ても、RPGでお馴染みの「セーブポイント」です。本当にありがとうございました。
(⋯⋯いや、ありがとうございましたじゃないんだよなぁ)
私は心の中で(声帯がないので必然的にそうなるのだが)盛大に溜息をついた。
トラックに轢かれた記憶と女神様的な存在に「君、魂の波長が便利そうだから」とか言われた記憶がおぼろげにある。
だからといって無機物に転生させることはないだろう。雑魚でもいいからスライムとか、動けるものにしてほしかった。
そしてどうやら、ここはダンジョンの最深部みたいだ。
私の視界──というか、自身の周囲三百六十度を感知するレーダーのような感覚──には、禍々しい装飾が施された巨大な「扉」が映っている。
重厚な黒鉄の扉には、見るからにヤバそうな悪魔のレリーフが彫り込まれており、隙間からはどす黒い瘴気が漏れ出していた。
十中八九、この奥は「ラスボス部屋」つまり私は「ラストダンジョン直前のセーブポイント」というわけだ。一番重要なやつじゃん。
(それにしても⋯⋯暇だ)
転生してから体感で数日が経過していると思うのだが誰も来ない。
ここに至るまでのダンジョンが難攻不落すぎるのか、それとも人類が既に滅んでいるのか。
あまりに暇なので私はこの数日間、ひたすら周囲の掃除をしていた。
もちろん、箒を持って掃くわけではない。自身の魔力を波紋のように広げ、周囲の穢れを弾き飛ばすのだ。
『──
念じると私の身体である結晶から「ブゥン⋯⋯」という低い駆動音が鳴り、青い波動が広がる。
半径五メートル以内に溜まっていた埃や、ジメジメした苔、カビの臭いなどが一瞬にして消滅した。
おかげで、私の周囲だけが新築モデルルームのようにピカピカである。
(よしよし、今日も輝いてるな)
誰も見ていないのが惜しいくらいの神々しさだ。
本来ならここで傷ついた勇者たちが「あそこだ! セーブポイント⋯⋯!」と駆け寄ってくるはずなのだが。
(お客様、まだかなぁ⋯⋯。せっかく
私は動かせない視点を扉の方へと向け、ただひたすらに「その時」を待っていた。
まさかその「お客様」が、あんな状態で転がり込んでくるとは知らずに。
* * *
その時は唐突に訪れた。
静まり返っていた石室の通路から、ジャリ⋯⋯ズズッ⋯⋯という不快な音が響いてきたのだ。
それは金属を引きずる音であり、同時に重たい何かが地を這う音でもあった。
(お? なんだ?)
私は期待と緊張を込めて通路の闇を凝視する。魔物だろうか。それとも待ちに待った人間だろうか。
やがて松明の明かりではなく薄汚れた人影がゆらりと現れた。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ッ、あそこだ⋯⋯! あそこまで行けば⋯⋯!」
絞り出すような男の声に、つづいて現れたのは四人の男女、その出で立ちはまさに勇者パーティ――と呼ぶには、あまりにも凄惨な姿だった。
先頭を歩く──否、半ば倒れ込むように進んできたのは、金髪碧眼の青年だ。
整った顔立ちは血と泥で汚れ、白銀だったはずの鎧はひしゃげ、脇腹からはどす黒い出血が見える。
彼に肩を貸している重戦士は、片腕がダラリと動かないまま、折れ曲がった盾を意地で握りしめているようだ。
後ろに続く聖女と魔導師の二人もローブはズタズタ、足を引きずり、瞳からは生気が失われかけていた。
(うっわ、ボッロボロじゃん⋯⋯! よくここまで生きてたな!)
私は思わず戦慄した。ポーションの空き瓶すら見当たらない。魔力も尽きかけている。
まさに満身創痍、あと一歩で全滅(ゲームオーバー)という極限状態だ。
勇者らしき青年が私の輝きを見て、縋り付くように手を伸ばした。
「セーブ、ポイント⋯⋯女神様は、俺達を見捨てなかった⋯⋯!」
彼は這うようにして私との距離を詰め、最後の力を振り絞って、私の表面にその身を預けた。
ぺたり、と。
冷え切った金属の手甲と温かい肉体の感触が同時に伝わってくる。そして私の美しく磨き上げた表面に、べっとりと赤い血糊が付着した。
(うおっ、冷た! それに汚っ!)
潔癖症の私としては悲鳴を上げたいところだが、今はそれどころではない。
ようやく来た、記念すべきお客様第一号だ。
それに、こんなボロ雑巾みたいになるまで頑張ったんだ。最高のサービスで迎えてやらなきゃ、元ゲーマーの名折れだろう。
(いらっしゃいませェ! 特大サービスだ、持っていけ!)
私は意識を集中させ、自身の
『スキル発動:──《全回復(フルケア)》』
カッ──!
私の身体から、目も眩むような清浄な光が奔流となって溢れ出した。
ただの光ではない。それは触れた者を慈しみ、癒やす、極上の回復魔法だ。
光に包まれた瞬間、勇者たちの身体がふわりと浮き上がったような感覚に陥る。
裂けた皮膚が縫い合わされるように塞がり、折れた骨がパキパキと音を立てて繋がる。
失われた血液が血管を巡り、青白かった彼らの顔色に、瞬く間に赤みが差していく。
それだけではない。私が提供するのは「ゲーム的な全回復」だ。
ベコベコに凹んでいた鎧は内側から弾けるように元の形状を取り戻し、刃こぼれした剣は研ぎ澄まされ、破れたローブさえも新品同様に修復されていく。
「おぉ⋯⋯!」
「傷が、消えていく⋯⋯魔力が満ちてくるわ!」
光が収束した時、そこにいたのは今まさに冒険に出発せんとする万全の状態の勇者たちだった。
「すげぇ⋯⋯」
勇者アルド(回復ログで確認)は、自分の手のひらを何度も握りしめ、信じられないという顔で私を見上げた。
そして、涙ぐんだ瞳で私の表面──さっき彼が汚した血糊も、すでに私が浄化済みだ──を、愛おしそうに撫でる。
「ありがとう⋯⋯。お前のおかげで、まだ戦える」
(いいってことよ。それが仕事だからな)
私は言葉の代わりに、ポワンと温かい光を明滅させて返事をした。よし、これで準備万端だ。
身体の底から湧き上がる力に勇者たちは互いに頷き合った。
「行けるか」
「ええ、問題ないわ」
「右に同じ」
「俺の盾も新品同様だ。何度だって、化け物どもの攻撃も防ぎきってみせる」
重戦士が復活した大盾をガアン! と叩き、魔導師が杖の先端にパチパチと魔力を走らせる。
先ほどまでの悲壮感は嘘のように消え失せ、彼らの瞳には揺るぎない闘志が宿っていた。
これだよ、これ。ラスボス戦前はこうでなくっちゃ。
勇者アルドは最後にもう一度だけ振り返り、私の表面にそっと触れた。
今度はすがるような手つきではない。友の肩を叩くような、力強い感触だ。
「行ってくる。⋯⋯ここが、俺たちの最後の休息地だ」
彼の碧眼が真っ直ぐに私の光を見つめている。
「よしみんな! 俺たちなら世界を救える! 必ず勝って戻ってくるぞ!」
(おうとも! 任せたぞイケメン!)
私は彼を励ますように、二回ほどパパッと光を点滅させた。
アルドは満足そうに微笑むと、踵を返し、仲間たちの待つ扉の前へと進み出た。
ゴゴゴゴゴ⋯⋯ッ。
地響きのような重低音と共に、巨大なボス部屋の扉がゆっくりと開き始める。
隙間から溢れ出すのは肌を刺すような濃密な殺気と、圧倒的な闇。
だが、今の彼らは怯まない。
四つの背中は希望の光を背負って、堂々とその闇の中へと踏み込んでいった。
(行ってらっしゃい! 私はここで動けないけど、吉報を待ってるよ!)
私は心の中でハンカチを振って見送った。
彼らの姿が闇に呑まれ、やがてズゥ⋯⋯ン、と重々しい音を立てて扉が完全に閉ざされる。
再び訪れた静寂、しかし、先ほどまでの「退屈な静寂」とは違う。
英雄譚のクライマックスを最高の状態で送り出した、心地よい達成感がそこにはあった。
(ふぅ⋯⋯いい仕事したなぁ)
あとは彼らが魔王を倒し、ファンファーレと共に戻ってくるのを待つだけだ。
そうすれば晴れてエンディング。もしかしたら私も「伝説の聖石」としてどこかの神殿に祀ってもらえるかもしれない。
そんなのんきな未来予想図を描きながら、私はぼんやりと扉を見つめていた。
──この時までは、私もまだ「物語のハッピーエンド」を疑っていなかったのだ。
* * *
彼らを見送ってから、五分ほどが経過しただろうか。
ふと、私は違和感を覚えた。⋯⋯あまりに静かすぎるのだ。
あの分厚い扉の向こうには、世界を滅ぼさんとする魔王がいるはずだ。
勇者たちが突入したならド派手な爆発音や、剣戟の響き、あるいは魔王の怒号などが聞こえてきてもおかしくない。
なのに、扉の向こうからは蟻の這う音ひとつ聞こえてこない。
(完全防音仕様なのかな? 魔王城の建築基準法、どうなってるんだ?)
あるいは、まだ戦闘が始まっていないのかもしれない。
よくあるだろう。「よく来たな勇者よ」みたいな長ったらしい口上があって、そこから変身シーンが入って⋯⋯といったイベント中なのかもしれない。
(ま、気長に待つか。どうせ俺は動けないし)
私は暇つぶしに、自分のステータスウィンドウでも眺めようかと意識を切り替えた。
その時だった。視界の端に、ノイズが走ったのは。
『ピガーッ!』
耳障りなエラー音と共に、私の視界(ウィンドウ)に、禍々しい深紅の警告枠がポップアップした。
それは、先ほどまで見ていた穏やかな青色のウィンドウとはまるで違う。
無機質で、冷徹で、そしてあまりにも残酷な──「システムログ」だった。
[ 警告 ]
パーティメンバーの生命反応消失を確認。
対象:勇者アルド
死因:魔王ゼノスによるスキル《次元断絶》の直撃。
損傷:正中線からの全身両断。
判定:即死。
>> セーブ地点からの
⋯⋯は?
思考が凍りついた。
目の前に浮かぶ文字列の意味が、すぐには頭に入ってこない。
死因? 全身両断?
さっき、あんなに元気に出ていったばかりだぞ?
五分だぞ? カップラーメンを作り始めて、ちょっとのんびり待っていたくらいの時間しか経っていない。その間に、あの完全回復状態の勇者が真っ二つにされて即死した?
(いやいや、それはバグだろ。あるいは悪い冗談だ)
私は乾いた笑いを浮かべようとした──が、システムは私の感情など意に介さない。
赤いウィンドウの横で、プログレスバーが淡々と進んでいく。
『再構成進捗:98%⋯⋯99%⋯⋯完了』
その文字が表示された瞬間、私の目の前の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
キラキラした光の粒子が集まって、英雄が帰還する──そんな美しい光景を想像していた私の期待は、裏切られた。
ドチャッ、ビチャビチャビチャッ⋯⋯!
耳を覆いたくなるような水っぽい音が、静寂な石室に響き渡った。
歪んだ空間から吐き出されたのは、大量の肉塊と血飛沫の幻影。
一瞬だ。ほんのコンマ一秒にも満たない刹那、私の視覚センサーはそれを捉えてしまった。
左右に綺麗に分かれた人体。あふれ出る内臓。驚愕に目を見開いたまま、縦に割れたアルドの顔面。
(──ヒッ!?)
私が声にならない悲鳴を上げた次の瞬間、世界は強引に上書きされた。
まるでバグった画面をリセットするように、惨たらしい幻影が青い光に呑み込まれる。
パシュン。
軽い効果音と共に、そこには「五分前と同じ姿」の勇者アルドが立っていた。
傷一つない。鎧もピカピカだ。血の一滴すらついていない。
だが、彼の精神はそうではなかったらしい。
「あ⋯⋯あ、ガッ⋯⋯!?」
アルドは虚空を掴むように腕を振り回し、その場に崩れ落ちた。
焦点の合わない瞳が、自分の身体を──繋がっているはずの身体を、狂ったようにまさぐる。
「ない、ないないない!? 俺の、俺の身体が!? 熱い、痛い、割れる、割れるぅうううッ!!」
彼は喉を掻きむしり、石床に額を擦り付けるようにして嘔吐した。
胃の中身など何もないはずなのに、幻の血反吐を吐くように背中を波打たせる。
その姿は、先ほど「世界を救う」と微笑んだ英雄の面影など微塵もない。ただの、死の淵を覗いて壊れてしまった哀れな若者だった。
「ひぃ、あ、ああああああああああああ!!」
絶叫が、ダンジョンの石壁に反響する。
私は呆然とその光景を見下ろしていた。
システムログは、冷徹に『リスポーン完了』の文字を表示して消えた。
目の前には発狂寸前の勇者。
そして、私の背後──ボス部屋の扉からは、今まで聞いたこともないような重苦しい音が響いてくる。
ズゥゥゥゥ⋯⋯ン。
まるで獲物を逃がさないと嘲笑うかのように、扉の鍵が再び閉ざされる音がした。
(⋯⋯もしかしてここ、ただのセーブポイントじゃなくて)
私は震える勇者に、かける言葉(光)を見失っていた。
(絶対にクリア不可能な無理ゲーを、死ぬまでやらされるための『地獄の拠り所』ってことですか⋯⋯?)
私の問いかけに答える者はいない。
ただ、勇者の悲痛な叫びだけが、いつまでも虚しく木霊していた。
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