時を止める能力に目覚めたとか言い出した彼女をどうすればいいですか

月立淳水

第一章 幼馴染がおかしなことを言い出しました(1)

時を止める能力に目覚めたとか言い出した彼女をどうすればいいですか


■第一章 幼馴染がおかしなことを言い出しました


「あの……一之さんに、言わなきゃならないことが」


 状況が飲み込めません。


 隣を歩いているのは、俺の、腐れ縁? 幼馴染? の、時任(ときとう)メル。

 自宅が三軒離れているだけという近さに加え、幼稚園から中学校まで何の因果かずっと同じクラスだったばかりでなく、高校までも『一番近かったから』という俺とまったく同じ理由で同じ県立八剣高校に入りなおかつ同じクラスになってしまったという冗談としか思えないほどの徹底した幼馴染っぷりを見せてくれる彼女は、ちょっとアホの子だ。


 だから、こんな真剣な眼差しで俺を見つめ、『一之さん』なんて丁寧に呼びかけられていることは、困惑しか呼ばないわけで。


「その……実は、私……」


 実は、メルが?

 ま、まさか?


「私……す……す……」


 す……す……!


「すこ……」


 すこ?

 ……すこ?


「少し前に、『時を止める能力』に目覚めました!」


 そう言えば、夕方から天気が崩れると天気予報では言っていたが、すこぶるいい天気だ。

 かばんの中の折り畳み傘が出番の無さにふてくされている。

 せっかくだからどこかに寄り道して帰ろうかな。もしかすると遅れてやってくる小雨にこの傘の出番を作ってやれるかもしれない。俺の隣を歩くポンコツを廃品回収にでも放り出して。


「無視すんな!」


 叫ぶメルのローキックが的確に俺の膝裏を捉え……ない。

 なんでこの距離で空振るのか。その上バランス崩して転んでんじゃねーよ。

 盛大にひっくり返ってお尻をさすっている。


「いったた……ひっどーい、か弱い女の子に……」


 あれ? 俺ですか? 俺が転ばしたことになってますか? 理不尽ですか? 生きるって理不尽に耐えることですか?


「勝手に転んで何言ってるんだ」


「カズが避けるからでしょ!」


「避けてねーよ」


 本当に避けてません。


「いーえ避けました」


「いやお前が勝手に空振り――」


「空振りだぁ!? この私の、最強完璧無敵鉄壁計画的アクションキックが空振りするわけねーだろ! あんたが無意識に避けてんだろが」


 無意識に蹴りを避ける男子高校生かぁ。

 俺ってすげぇな。


「四切一之(よつぎりかずゆき)、お前は今までに避けたキックの数を覚えているのか?」


 無視していると、メルは座ったまま見上げて。

 そういう台詞は一段上から見下ろしながら言うもんじゃなかったっけ。


「どっかの時間止めそうな吸血鬼の台詞パクってんじゃねーよ」


「あ、そうそう、その話よ! 私、時間止められるようになったの!」


 ああ、その話に戻るんですね。


 メルは目を再び輝かせながら、スカートをパタパタとはたいて立ち上がる。

 八剣高校のありがちなダークグリーンベースのチェック柄スカートがそのたびに舞い上がって、危うくその内側の何らかのものが見えそうになる。


 もちろんメルは俺が見上げるほどの巨人ではなくせいぜい身長百五十五センチという程度の平凡な女子であるわけだから、平凡な女子の平凡な動作ではその内側が拝めないようきわめて綿密に設計されたスカート丈がその幸運か不運かわからない事象をがっちりガードする。

 もうほんと、もし人生にたった一度ラッキースケベが起こるんだとしたら、ぜひとも、メル以外でお願い申し上げたい。

 神様、ほんと、切実なんでお願いします。

 このままでは俺のラッキースケベ童貞がメルに奪われてしまいます。

 ほんとマジで。


「時間止められるようになったの!」


 俺の切実なる祈りを遮り、メルは立ち上がって再度言う。

 大切なことですか。大切なことだから二回言いましたか。


「……で? 時間止めて何すんの?」


「まだ考えてない!」


 実に情けないことを胸を張って言うものだ。メルとは付き合いが長いと自認していた俺もさすがにめまいがしてくる。


 いや、今日のネタはそれでいいよ。

 いつも何をしたいのか分からん謎の企画(?)を持ってくることを考えれば、ただの与太話で済むなら御の字だ。

 だけど、詰めが甘いんだよ。

 時間を止めてあれやこれや……そんな設定まで作りこんでひとネタでしょうが。


「じゃあ、試しに時間止めてみろよ」


「よっし。じゃあ。……はい、止めた」


 カラスが、かぁ、と鳴いた。

 買い物袋を持ったおばさんが通り過ぎていく。

 あ、どっかからカレーの臭いがする。

 腹が減った。


「……で、何を止めたって?」


「だから今止めたじゃん」


「……何を?」


 ああ、どこまでが仕込みネタでどこからがボケなのか。あるいは天然ボケなのか。

 メルのことだから、最初から最後まで天然ボケということもありうるんだよなあ。さっきの授業で居眠りしてたし。寝ぼけが続いているだけという可能性も捨てきれない。


「だーから、今、時間を止め……あ、そうか、時間止めたらカズも止まるから、分かんないのか」


 おっ、メルは意外とまともに理屈付けをしてきたぞ。

 なんか変なもんでも食ったか?

 この程度でまともに見えるくらいのアホなんだけどな!


「じゃあ、時間止めても意味ねーじゃん」


「えー、でも時間止めると、周りが止まるんだよ?」


「でも止まってる時間は誰にも分からないんだろ?」


「そりゃそーうよーう、みんな止まってるんだもん」


「だったらやっぱり止める意味ねーよな」


「え? あれ? でも時間止まって……みんな止まって……あれ? たしかに」


「……お前、馬鹿だろ」


 言った瞬間、再びローキック空振り。しかし今度は転ばない。多少は学ぶ脳があるというのか。


「くそっ、仕留め損ねたか」


 メルは悔しそうに指をパチンと鳴らす動きだけ見せる。もちろん指は鳴らない。

 なんだかめんどくさくなってきたなあ。


「じゃあ今度時間止めなきゃならなくなったら頼むわ」


「おー。そうそう、そういう反応待ってたの! 時任メルの時間停止なんでも相談室! いつでもお気軽にお声がけください!」


 時間停止相談室。

 時間停止についての相談なのか。

 相談中に時間が止まっているのか。

 時間が止まってたら相談もできませんねー。

 くそ、こんな脳内ツッコミをする労力をささげるのさえ腹が立ってきたぞ。


***


 改めて説明する。


 時任メルは、俺の幼馴染だ。


 家は三件隣。


 幼稚園から中学までほぼ偶然の力で同じクラスであり続けたという腐れ縁の女の子……と言うと、もうちょっとおいしい関係になっても良いような気もするが、残念ながらこいつに関して言えば、それはもう……うん、残念としか言いようがない。ああ、こいつの残念さを伝えるためのボキャブラリーが足りないのが恨めしい。


 たしかにずっと一緒だったから兄妹みたいなポジションとしか見られないと言うのもひとつの理由だが、最大の理由は、メルが底抜けの残念な子だからだ。


 まだ覚えているエピソードがある。


 小学校のときだ。小学二年生、普通は、基礎的な加減算をマスターして、まず計算間違いを起こすようなことの無い年次だと思う。そして、そろそろ文章題に挑む年次のはずだ。


 具体的な数は忘れたが、こんな感じの問題だ。りんごが五個、みかんが三個。たかし君がりんご一個とみかん二個を食べました。残りは何個でしょう、というような問題だ。


 正しく計算するなら、5+3-1-2=5個が正解となるだろう。あるいは、最初に5+3=8、食べた数は1+2=3、最後に、8-3=5。この計算式さえ導き出せれば、後は間違えようが無い。


 当てられたメルは、うんうんと唸って、散々ヒントももらって、最終的に8-3=? という式まで導いてもらった。


 うん、たとえば、『四個!』なんて計算間違いをするのならまだかわいいものだ。


『では時任さん、改めて考えてみましょう。果物の数は八個。食べた数は合わせて三個、残ったのは?』


 しかし、メルの導き出した答えは。


『……私なら二十個くらい? 食えるかな? じゃあ全然足りません!』


 計算! する気! ナッシング!!


 願望かよ! お前の願望だけが回答なのかよ! お前は唯一神か!


 これが『計算する問題』だとメルに納得させるのに先生が割いた時間は、その日の丸々一時限分だった。だから、よく覚えている。俺を含むクラスメイトにとっては、メルのおかげで楽しい自習時間だったわけで。


 じゃあ、脳みそ筋肉系の馬鹿――つまり、体を動かすのが得意なのかと言うと、そうでもない。


 同じく小学校のころの体育の授業などでメルが見せた大記録のごくごく一部を披露すると次のとおり。


 五十メートル走の四十五メートル地点で力尽きる。

 水泳授業開始八分後にプールの底に沈んでいるのを発見される。

 ソフトボール投げマイナス一メートルを記録。

 運動会でリアルに他の組とのトレード話が持ち上がる(もちろん相手から拒否されて頓挫する)。


 ああ、メルと同じクラスだった俺の、絶望が、分かるだろうか。

 だって、クラス対抗リレーで、ゴールできないんだぞ。

 別に勝ちたいとか勝ちたくないとかって話ではなくて。

 次のランナーが待っている交代エリアにたどり着く前に、膝をついて『私はもうダメだ、私を置いて行ってくれ』とかのたまい、ばたりと倒れ込むんだぞ。

 もう、次のランナーはポカーンですよ。

 ランナーどころか、運営委員もポカーンですよ。

 やむなく、運営委員がメルに恐る恐る近づき、その辺の小枝で恐る恐るつつき、反応が無いのを確かめてからバトンを奪い、次のランナーに手渡しですよ。

 ほかのクラスはとっくにゴールしてる中。

 その呪われたバトンを持って、白けた空気の中、走るんですよ。

 この地獄、分かってほしい。


 そんな彼女と俺の関係は、兄妹ポジションとはいえ、かなり微妙だ。


 幼稚園のときに起きた『鉄棒占拠事件』。


 メルは、園庭に二つしかない鉄棒をいつでも自分で使うために、あろうことか、この俺を、使った。


 簡単に言えば、俺を鉄棒に縛り付けて、近寄る他の園児を威嚇させたのだ。その間に彼女は悠々と自分の用事を済ませる。まあ、園児の用事なんてのはおやつかトイレくらいのものだが。

 俺も面白がっていたことは認めよう。だが、断じて、縛られて喜んでいたわけではない。ただなんとなく、そんなのも面白いな、と思っただけなのだ。

 なんだか、誰かとタッグを組んで、宝物を守っている、ただそれだけの、幼稚な遊び心だったんだ。

 それがすべての失敗の始まりだとも知らずに。


 そして、そうやって甘やかしたのがよくなかった。


 小学校に入ると、メルはアホで運動音痴略して運痴にもかかわらず明るく賑やかで顔だけはまあまあなもので妙に人気があり、それが本人を勘違いさせたのか、『メル軍団』を作ると言い出した。言ってみれば、舎弟集めだ。

 そして気がつくと、俺は誰もが認める『舎弟第一号』として公認されていた。

 そう、鉄棒占拠事件の延長だ。

 彼こそが、メル軍団を支える参謀に違いない、と、誰もが納得していたのだ。

 そして、誰もが俺を舎弟として扱うものだから、俺も逆らいにくい。俺がメルに逆らうと、周囲から総ツッコミが入る。メル本人は何もしないのに、俺は力による支配を受けているのだ。


 なんにつけてもこういう感じで、俺はアホの子メルに虐げられている。メルは俺を虐げているなんて思いもしないはずだ。だから、せめて知り合いの少ない高校では俺はツッコミ役を貫こうと思うのだが、メルのボケが上を行き過ぎていていまいち空回りしてしまい、それがメルと俺の力関係を周囲に示してしまうという悪循環。


 そして、その上、時を止める能力に目覚めたとか言い出しました。こんな彼女をどうすればいいですか。

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