第2話 名前
「おいお前…失礼なこと考えてねぇか?」
「か、考えてない」
やめて
そんな疑わしいという目で見てこないで
「じゃあさっき、何を考えてた」
「え?」
「思い出さなくていいつってんのに何か言いたげな顔してたろ、言ってみろ」
「…怒らない?」
「俺様は優しいから怒らねえよ」
え、これって笑う場面?
ツッコミ待ち?
さっきまであんなにイライラしてたのに優しい??
どこが??
「ほら、言ってみろ」
少しだけ、柔らかくなった声に驚いておずおずと澄んだ目を見ると優しく細まる
「無理そうか」
「…な」
「ん?」
「…名前…思い出せないから、不安…」
さっきとは全く違う
優しい雰囲気にポツリと呟く
でもそれを最後に白い人は黙り込み、まさかまた怒り出すのかと気が沈んでしまう
「やっぱり、」
「じゃあ新しい名前考えるか」
「…え?」
「なんだよ
前の名前が思い出せないのなら今新しい名前を作りゃいいだろ」
そういう問題、なのかな
でも、ニヤリと笑った顔はまるで名案だろ?と言っているようでその自信満々な態度はなぜかこっちまで納得してしまいそうなほど
だからかもしれない
その顔を見ているとさっきのあの不安とか喪失感がそれだけで軽くなっちゃって、そんな自分もなんだか面白くて口が緩み
「うん!」
なんだか久しぶりに笑えたような気がした
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「んー」
「いつまで悩んでるんだお前」
呆れたような声が聞こえてくるけど無視だ無視
だってこれはとても大事なことだから
そんな私の目の前には名前百科と書かれた本が2冊適当に開かれていて目を通しながらまた唸る
隣からは無遠慮なため息が聞こえるけど、ページを捲る手は止まらない
「なんでもいいだろ」
「いくない!
もしかしたら一生思い出せないかもしれないし…」
「だからって3日も悩む必要ねぇだろ」
なんでこの白頭は人が真剣に悩んでるのにチャチャを入れてくるんだろう
最初の日はどんな名前にしようかとワクワクしながら考えてた
2日目も途中まではワクワクしてた、してたけど段々と決められなくなってきて最後には頭を抱える始末
そんな私を見かねたのか色々な名前が載った本を2冊この白い人が持ってきてくれて、嬉しくてお礼を言いながら本を開いてもう何時間経ったのか
「おい」
「うん?」
「今日で決めろ」
「え」
「決めなかったから俺様が勝手に決める」
「だ、ダメ!」
「じゃあさっさと考えろ」
そんな横暴な!
急いで本をパラパラと捲るけどピンとくる名前がないし、正直こういう感じのがいい!ていうものもない
諦めて白い人のセンスに任せるべきかな…
でもやっぱり自分で見つけたかった
しょんぼりしながら本を閉じる、と
「チッ、それ貸せ」
「?、うん」
貸せって言いながらも半分無理やりさを感じる手つきで本を取り上げるとパラリと1ページ開いて指で止め私の方を見ると
「今からページをめくってくから好きなタイミングで今って言え」
「え、い、今?」
「そこで止まったページにある名前の中で俺様が見繕ってやる」
尊大な態度で白い人は言うと私の返事も聞かずにパラパラと捲り始める
「早く言え」
「ちょ、こ、心の準備が、!」
「もう終わるぞ」
「うっ、い、今!」
「…」
かなり後半の方になってしまった…
白い人は無言で止まったページを開くと目を走らせて…途中で止まった
そして私の方を見て
「ユイ」
「…へ…」
「名前
ユイでいいだろ」
「…ユイ」
ユイ、ゆい、ユイ…
「おい、文句は受け付けねえからな」
「…ううん」
「あ?」
「私、ユイがいい」
不思議と自分の中でストンと収まる名前
多分、本当の名前じゃないけどそれでも違和感がないその名前に頷くと白い人はフッと笑った
「じゃあ今からお前はユイな」
「うん!」
ユイ!可愛い名前!
「…あ!!」
「うお、なんだよ
いきなりデケェ声出すな」
そこで気付いてしまった
遅すぎることに、私は気付いてしまった
「…あなたの、名前は?」
「……」
やめて!今さら聞くのかって目で見ないで!
私だって酷いなって思う!
初日にこの病院の簡単な説明は受けた
なんでもこの病院は少し特殊?らしくて普通の人じゃない人が受診するらしい
普通じゃないってどういう事だろうって思ったけど、白い人は頭がおかしい奴らとだけ言ってこの話は終了
それだけでも変な場所だけどなんとこの病院は森の中にあって、こんな場所で生計を立てようと初めたこの人こそ頭のおかしい人だから病院に行った方がいいんじゃないかと少しだけ思った、言えないけど
あとは私を見つけた場所
森の入り口で倒れていたらしくて、服はボロボロだったし頭からは血が出ているし話しかけても単語しか喋らないから仕方なく病院まで連れてきたそう
助けてくれたお礼を言ったらそんなのはいいから早く名前考えろって返された、その日は名前考えきれなかったけど
「あ、あと…その…このお金…」
「…」
「退院したらちゃんと払うから、いくらなのか教えて欲しい、です」
「どうやって返す気だ?」
どう、どうって…
「バイト?」
「なんで俺に聞く」
「…バイトして、何年かかるか分からないけどちゃんと返す」
「あー…まぁ、どんなバイトかによるが…」
白い人は視線を空中に向けてなにか考えると私の方を見て
「10年は確実にかかるぞ」
「…」
「いやお前だと…20年か?
まあ、そんぐらいだな」
20年…ううん、でも命がかかっていたんだから当たり前か
だけどこの若さでもう借金って、退院しても気が重くなりそう
「何年かかっても絶対に返す、から
名前を教えて欲しい」
「…ねぇよ」
「へ?」
白い人はめんどくさそうに立ち上がると窓を閉めてからまた私の方を見て
「俺様に名前はない
だから返さなくていい」
「な、ない訳ないじゃん!」
それに返さなくていいって、それは駄目でしょ!
そりゃ私にとってはありがたいけど!
「うるせぇな
ねぇもんはねぇ
金もいらねぇ、だからこの話は終わりだ」
「終わりじゃない!
だって呼び方困るじゃん!」
「好きに呼べ」
「好きにって…白頭?」
「……」
な、なんで怒ってるの!?
好きに呼べって言ったんじゃん!
「お、怒るなら教えて!」
「チッ…ドクター」
「え?」
「ドクターって呼べ
これでいいだろ」
ど、ドクター?
それって名前じゃなくて名称じゃない?
そう思ったけど、もう白い人…ドクターはこれ以上は終わりだという感じでスタスタと扉に向かいそのまま無言で病室から出て行った
残ったのは相変わらず好きにはなれない機械の音と薬品とタバコの匂いだけだった
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