紫
あの事件から4年が経った。
緋心は入院してから1年後に
意識を取り戻したが、記憶喪失状態。
事件の事はおろか、父親を殺す前までの
記憶しか残っておらず、
今の姿はまるで女児だという。
緋心が記憶を取り戻さない以上、
捜査の進展は見られないだろう。
今日は成人式。
蒼馬は、祝辞を述べる来賓の言葉を
聞きながら、緋心の事を思い出していた。
あいつが人を殺していなかったら
どんな振袖を着てここに居ただろう。
あいつが殺さなかったら
白石と梶白は今頃……
複雑な感情が込み上げてくる。
前に座っている紺野と黒田は、
亡くなった白石と梶白の写真を持ち、
一緒に成人式に参加していた。
式典後は中学・高校の同級生達と
それぞれ集合写真を撮ったり、
久々に会う友人達と個別で
写真を撮ったり、騒いだりと
思い思いにその空気を楽しんだ。
蒼馬も友人と写真を撮り、
親戚にも一通り晴れ姿を見せて回った。
一旦家に帰ると、テーブルには
父の遺影とご馳走が並んでいる。
母は食べきれないほどの料理を準備し、
お祝いをしてくれた。
昼食を食べ終え、夕方に行われる
高校の同窓会までゆっくりした。
お店は高校の脇にある居酒屋で、
貸し切りだ。
蒼馬はお酒を飲む為、
電車で向かう事にした。
久々に乗る電車はとても懐かしく、
タイムスリップしたようだった。
あの時のようにイヤホンをつけて
降りる駅に着くのを待った。
トラウマになった夢裡駅に停車するも、
辺りを見渡しても誰もいない。
相変わらず、誰も乗ってこない。
緋心はもう囚われた身だ。
万が一社会に再び戻ってきても、
また誰にも知られてない場所へ
行くのだろう。
もう何も心配しなくていいんだ。
蒼馬は解放感に包まれ、
昔のように大きく背伸びした。
***
同窓会では、
初めてのお酒に飲まれてしまった。
苦く、美味しいとは思えないが
楽しい雰囲気が飲め飲めと進めてくる。
正しい量やペースなどわかるはずもない
蒼馬は、泥酔状態。
後半はテーブルに顔をつき、寝ていた。
そんな蒼馬の後ろでは
テレビが流れていて、速報が入った。
【殺人未遂容疑で入院中の容疑者が逃走。】
そのニュースは、4年前のあの山の映像と
共に報じられている。
店長と、近くで飲んでいる常連客は
店長「あら!これすぐそこの高校の
生徒が殺された事件じゃないの!?」
客「うわー怖いなぁ。今日の朝だって。
報道するの遅くない?危ないじゃん。
記憶喪失で入院ってさぁ…
ずっと演技していて逃げるタイミングを
見計らったんじゃないの?」
店長「絶対そうよ!怖いわぁ。まさか
ここまで来ないだろうけどね。」
客「スマホにも出てるんじゃない?
あ…開けない。この店本当に電波悪い!」
店長「あらやだごめんなさいね~。
WiFiとか私、わからないのよ。」
泥酔して寝ている蒼馬に
ニュースの声など届く訳もなく、
クラスメイトも久々の再会を楽しみ、
テレビなど気にする気配もなかった。
この恐ろしいニュースは、
クラスメイト達のどんちゃん騒ぎで
掻き消され、
誰の耳にも入る事はなかった。
***
解散の時間になり、
紺野が蒼馬の母に連絡して
泥酔状態な事を知らせ、
今から電車に乗ることと、
何時に着くかを伝えた。
蒼馬が降りる駅は終点だ。
乗り過ごしの心配はない。
夜風に吹かれ、ほんの少しだけ
酔いが醒めてきた蒼馬。
手すりに捕まってドアの前に立ち、
見送るクラスメイト達に手を降る。
ドアが閉まる直前、
紺野のスマホに通知が来た。
店内は電波が悪く、時間差で
速報が届いたのだ。
紺野は慌てて
紺野「蒼ちゃん!待って!」と叫ぶ。
その声も虚しく、列車のドアは閉まる。
紺野「蒼ちゃん!降りて!危ない!
あの女が…!殺されるかもしれない!」
紺野は身振り手振りで必死に叫ぶが、
蒼馬はただ手を振られているのだと
思い込み、笑顔で手を振り返す。
蒼馬を乗せた電車は過ぎていき、
行ける所まで全力で走って追いかけた
紺野は、力尽きて倒れ込む。
桐原「おい紺野!どうしたんだよ!
大丈夫か?足怪我してるぞ。」
紺野「どうしよう…蒼ちゃんが…
蒼ちゃんが殺されちゃう……」
携帯のスマホを桐原に見せながら
泣きじゃくる紺野。
この時、その場に居合わせた
クラスメイト達は
4年越しに緋心の件を知る事になる。
***
クラスメイト達の見送る姿が
見えなくなり、
蒼馬は昔と同じように
柵がある端の椅子に座り、
寄りかかった。
お酒が入って気分がいい。
目を閉じて皆との会話を思い出しては
笑みを浮かべ、そうしているうちに、
次第に眠りへと誘われる。
紺野…最後、何か急に怖い顔になって
叫びながら走ってたなぁ…
頭の片隅にさっきの紺野の様子を
思い浮かべながら、眠りにつく。
すると、夢を見た。
緋心が担任を襲う夢を見て以来
時々夢を見るようになったが、
脳が記憶の整理をしているんだと
わかるような内容ばかりで、
あのような恐ろしい夢は見ていない。
夢の中は、現実と同じ。
電車の中だ。
服装や寝ている体勢は、そのまま
今の蒼馬を映し出している。
リアルタイムで隣の車両から
撮影でもされているかのように。
電車は停車する為にゆっくりと
速度を落としていき、
夢裡駅に止まった。
蒼馬は上を向き、口を開けて
ぐっすりと寝ている。
数分後、発車のベルが鳴り
ドアが閉まる。
走り出すと、蒼馬の車両の
貫通扉が開き、誰かが入ってきた。
その人物はゆっくりと蒼馬に近付き、
トントン、と二回肩を叩く。
蒼馬は現実でも誰かに肩を叩かれ
ビクっとした。
ゆっくり目を開けると、
起きたばかりということと
酔っている状態なのが重なってか、
視界がぼやけてよく見えない。
目を擦り、もう一度開けると
そこには緋心がいた。
久々に見る緋心は、
髪が地毛に戻って黒くなり
身体は以前にも増して痩せている。
顔付きはあの時のまま変わらず、
今日見たクラスメイト達と比べると
緋心だけが時が止まったかのように
歳を取ってないように見えた。
緋心「蒼馬くん。今日は成人式だね。
おめでとう。ま、私もなんだけど。
振袖来たかったなぁ…真っ赤なやつ。」
声色が段々と変わっていくのを聞き、
全身に鳥肌が立った。
前にも味わったこの感覚。
蒼馬の全身の細胞が『逃げろ』と
言っているかのように心拍数が上がり、
酒に浸る蒼馬の体を叩き起こした。
ポケットの中にあるスマホからは、
止むことなく振動が伝わる。
緋心からゆっくりと後退りして
距離を取り、スマホを見てみると、
紺野から緋心が病院から逃走したという
ニュースと、大量の不在着信の履歴が
送られてきていた。
…夢じゃないんだ…
こいつ、記憶喪失じゃなかったか?
はっきりと俺の名前を呼んだぞ。
蒼馬は紺野に
「目の前にいる。通報して。4両目」と
送信し、緋心に話しかけた。
蒼馬「どうやってここまで来たんだ?
その服…入院着じゃないか。それに、
記憶喪失だったよな。嘘だったのか?」
緋心「パパが死んだ時、ママがそれに
なったの。もし次警察に捕まったら、
私も真似してみようと思ってたんだ。
病院は朝に出て、歩いてきたよ。」
記憶喪失は演技だった。
緋心は続ける。
緋心「今日は蒼馬くんが絶対この電車に
乗るだろうって。ずっとこの日を待ってた。
同窓会でもない限り、もうこの電車には
乗らないだろうなって。
私のいない今ならきっと安心して乗る。
必ず来てくれると思ってたわ。」
緋心は蒼馬の行動を読み、
計算して病院を抜け出したのだ。
蒼馬へのとてつもない執念を感じる。
蒼馬「俺を殺しに来たのか?…生憎
俺の名前には白い花は咲いてないぞ。」
緋心「…気付いてくれたんだ!私の
キャンバス。合格だね。花丸だよ。」
そう言いながら緋心は
空気を指でなぞり、
花丸を描いてみせた。
緋心「でもね…もういいの。」
ゆっくりとスリッパを鳴らしながら
歩き、蒼馬に近付きながら話す。
緋心「先生は失敗しちゃったけど、
パパと苺花ちゃんと百合ちゃん。三つの
お花は染色出来た。私の一部にもなったし。
だから、もういいの。お花は。
赤もね、もういいの。飽きた。
今はね、赤より紫色が好きになったんだ。」
今となってはこの喋り口調が、緋心の
精神的な幼さを写しているとわかる。
そして、緋心が言う『紫』に、
自分の中に思い当たるものを見つけ、
心臓はバクバクと音を強めていく。
緋心「青崎蒼馬。綺麗な海や青空が頭に
思い浮かぶ、素敵な名前ね。
内赤緋心。施設を出る前に改名したの。
真っ赤な血の通った子になりますように、
そう思いを込めてつけてくれたんだって
名字は養子縁組をした保護司のものよ。
赤が好きだから、この人の名前を見て
すぐに懐いたわ。おかげで名字にまで
赤がついちゃった。」
蒼馬「名前の由来、裏切ってるな。」
緋心「最初はもうしないって思ってた。
でも…考えちゃうの。血が見たいって。
そう考えると昔から左腕が疼くの。
だからぎゅっとして、抑えてた。
この腕時計、パパの物なんだ。
パパ、死ぬ間際に言ってた。
これを左腕に付けなさい、パパが
私の悪い気持ちから守るよって。」
緋心はボロボロと涙を流し、
しゃがみこんで
うわぁ~ん、と泣き出した。
緋心「ずっとあのまま施設にいられたら…
今の歳だったら死ぬまで刑務所にいた方が
よかったのかもしれない。
外に出ると、血を見たいって気持ちを
抑えるのが苦しくて…苦しくて……
最初はパパが止める声で欲望を
抑えられていたのに、皆が私に優しく
してくれると、頭の中で誰かがやっちゃえ、
許してくれるよって囁いてくるの。」
蒼馬「緋心。お前、何もしなかったら
今日一緒に成人式に行けたんだぞ。
白石と梶白だって、本当は今日皆と
振袖を着たかったはずだ。
全部、緋心が奪ったんだ。
二人の未来を、自分の未来を。
…父親がお前の晴れ姿を見る未来を。」
緋心はハッとした顔で固まった。
蒼馬「お前に出来るのはただ一つ。
正直に全て話して、死ぬまで一生償う。
それしかないんだよ。病院へ帰ろう。」
緋心「蒼馬くん…私…」
泣きながら何か話そうとする緋心を
抱き抱えようとしたその時、
蒼馬の背中に、今まで感じた事のない
痛みが走った。
次第に意識が遠のいていき、
床に倒れ込んだ。
視界がぼんやりとしてきて
はっきりと見えないが、
何かが目の前にある事はわかる。
蒼馬の視界に写るその物体は
蒼馬を刺した後、自らの首を切り付け、
倒れ込んだ緋心だった。
緋心と蒼馬は、
向かい合うように倒れている。
緋心はゆっくりと、蒼馬に寄り添う。
緋心「あなたの澄んだ空のような心が、
私も欲しい。ううん、私は、全部を
終わりにしてでもあなたが欲しくなった。
私の本当の姿に気付いてくれた。
私が今までした事を全部見抜いて、
先生の時は止めてくれた。
こんな話をしたのも初めてよ。
ずっとずっと、正当防衛だって言って
護られて生きてきたんだから。
真正面から向き合ってくれたのは
蒼馬くんだけだった。
私、生まれ変わる。人を殺さないには、
死ぬしか自分を止める手段がないから。
でも…生まれ変わった先に、あなたが
いないと意味がないわ。それに、
私が死んだ後にあなたが他の誰かと
結ばれるのは許せない。嫌なの。
これって…恋なのかな?
見て。私と蒼馬くんの血、合わさってる。
赤と青が混ざれば、紫になるよね。
紫は、弔いの色。これで私のしたこと、
許してもらえるかなぁ…?
ねぇ、蒼馬くん。お願い…
生まれ変わっても私を止めて。」
緋心はそう話すと、目と口を開いたまま
何も話さなくなった。
右目から流れた涙が
左の頬を伝い、床へ落ちた。
蒼馬は緋心の最後の言葉を聞き、
ゆっくりと目を閉じた。
電車が駅に停車すると、
紺野からの通報を受けた警察が
ホームで待機していて、
4両目に乗ってきた。
寄り添う二人の周辺は
真っ赤な血の海と化していた。
駆けつけた救急隊により、
緋心はその場で死亡が確認された。
蒼馬は心肺停止状態。
心臓マッサージを救急車へ運ばれた。
***
蒼馬は自分が救急車で心臓マッサージを
受けている様子を、足元から眺めていた。
これが、幽体離脱というものだろうか。
痛みなどが一切なく、
まるで他人事のように眺めてしまう。
このまま死ぬのかな…
この後帰ったら、
母さんに今まで育ててもらったお礼を
言うつもりだったのに。
何でよりによって成人式の日なんだ。
こんな事になるなら
もっとありがとうって言えばよかった。
普段から気持ちを伝えるべきだった。
紺野にも…伝えたいことがある。
どうして
どうしてこうなったんだ。
電車にさえ乗らなければ、
緋心に会わずに済んだのに。
蒼馬は泣き崩れる。
父さん…父さんはずっと、加害者を
生まない未来を夢見ていたよね。
育つ環境が人格を曲げなければ
真っ直ぐ育ち、
過ちを犯したとしても、後の環境で
更生出来るかもしれない。
第二の被害者を出さずに
済むかもしれないって。
そう願っていたよね。
だけど
俺、緋心と出会ってしまって
わかったよ。
勿論間違った道に進んだとしても、
更生していく人も居るだろう。
でも緋心のように
わかっていても抑えられない、
辞められない奴がいる。
心から殺人を楽しんでる奴もいる。
そんな奴に関わってしまったから
今、この始末だよ。
世の中には、緋心のように
周りに本性を知られないまま
人を殺しておいて平気な顔して
笑って過ごしてる奴が潜んでる。
目で判断出来たなら、
どんなにいいだろう。
絶対に遭遇しないように出来たなら、
それに越したことはないだろう。
***
父さん。
俺、次に生まれ変わったら
もう緋心のような奴に
出会わずに、もっと長く生きたい。
名前や顔、性格が変わっても
父さんと母さんの魂と共に
また一緒に生きていきたい。
そして、紺野とも…
俺は今度こそ人生を全うしたいよ。
あいつは一緒に生まれ変わりたい
なんて言って死んでいったけど
あいつは地獄で、俺は天国だよね?
そうだよね、父さん…
そう思ってくれるなら
天国から迎えに来てよ…
膝を床につけて泣きじゃくる
蒼馬の肩をトントン…と
誰かが叩いた。
もしかして、まだ生きられる?
それとも、父さんが迎えに…?
蒼馬は期待に胸を膨らませ、
勢いよく振り向いた。
そこにいたのは
緋心だった。
緋心が微笑んだ瞬間、
救急車内には
ピーッ
という音だけが鳴り響いた。
_終_
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