貴族のお嬢様がゾンビに恋をして、ゴーレムになった騎士団長が人間とキスをするまで
ぺしみん
第1話
私が通っていた小学校は東京都の北の端、その名も北区にあって、ここは東京の中でも過疎地のようなエリアだ。子供の減少の影響をモロに受けていて、小中学校の統廃合が検討されている。将来母校が無くなる可能性が高いけれど生徒たちに悲壮感は無い。むしろ本当に田舎の学校にいるように、伸び伸びと学校生活を送っている。
外部からの人の出入りがほとんど無くて、全員が幼馴染のような雰囲気がある。いじめや喧嘩があっても、深刻な問題になる前にしっかりと対処される。デメリットと言えば、クラスのカーストが幼いころに固定されたまま、中学を卒業するまでずっと続いたことだろうか。
見た目が良くて成績が優秀、もしくは運動が得意な生徒はカーストの1軍に所属する。その他のほとんどの平均的な生徒は2軍になる。成績が悪くて運動もできない場合は、みそっかすの3軍のポジションに配置される。
3軍の生徒は彼らなりに楽しい生活を送っていて、明確な差別を受けるわけでは無い。ただしクラスの中では目立たず、先生や一軍の指示に素直に従うことが期待されている。2軍の生徒も1軍には従順だ。だからこそ、みんなが平和に楽しく生きていけるのだ。ここもまた、田舎の学校という感じが出ているかもしれない。モンスターな親もいないし、先生や学校に対する批判もほとんど無い。
ところで私は少し特殊な立ち位置だった。クラスのカーストには含まれない、というと、3軍以下の不可触民かと思われるかもしれない。実際はその逆で、例外的に貴族のようなポジションが存在していたのだ。私自身が貴族なのではなく、親友が貴族のお嬢様だったために、私までが同様の待遇を受けていた。
お嬢様の名は左時子(ひだりときこ)という。名前からして特別感がある。その名前に負けないオーラのようなものを、幼い時から彼女は持っていた。色白でお雛様のような端正な顔立ち。細い体に爆発力を秘めていて、運動神経も悪くない。いつも余裕の表情を浮かべており、口喧嘩でかなうものは誰もいない。天然ボケで庶民が理解できないような行動を時々する。偉そうに振る舞っているわけではないのに、周りの人間が自然に一歩引いてしまう。
そんな子供は他にはいなかった。資質的には1軍のポジションだったのだろうが、カーストの中には納まりきらない。それで貴族のような扱いを受けることになった。近寄ると面倒だから仲間外れにされていた、と言えない事も無い。
私と時子が初めて同じクラスになったのが、小学校の3年生の時。私は彼女の存在を以前から知っていたけれど、特別な興味は持っていなかった。しかし、クラスの席が隣同士になったのでこちらから声をかけてみた。そのときの私のセリフは「よろしく」でも「はじめまして」でもなくて
「左右非対称だね」
という謎めいた物だった。
それを聞いて時子はきょとんとした顔をした。少し思いを巡らせるようにしてから、手で口を押えて嬉しそうに笑った。私の名前は右藤真樹(うどうまき)という。全く共通点の無い私たちだが、苗字は左と右だった。当時は何気なく言ったセリフだったけれど「左右非対称」というのは、結構実態を表していたと思う。
私の父は地方公務員で都営バスの運転手をしており、4人家族で公務員の寮で暮らしている。こういったら怒られると思うけど、父の給料はあまり良く無いようで、母はけっこうやりくりに苦労している。貧しくはないけれど無駄遣いはできない。夕飯に焼肉や刺身が出てくると、弟が歓声をあげて喜ぶレベル。
一方で、時子の父親は地元で長い歴史を誇る金物会社の社長で、こちらも4人家族だが、荒川沿いの新築タワーマンションの上層階に住んでいる。左家(ひだりけ)は地元の名家で、親戚には政治家や医者、弁護士がいる。「左駐車場」とか「ヒダリビルディング」という文字を街中に見かける。昔だったら地主とか呼ばれたポジションだろう。ケタ外れの金持ちだ。
私個人で言うと、身長が中学3年の時点で175センチまで伸びて、女子にしては高身長。筋肉質な体で体重も結構ある。剣道の都大会で優勝して、関東大会に出たことがある。それぐらいが取柄で、成績は中の下。勇ましい顔をしている、とよく言われるけど、可愛いと言われる事は無い。普段はぼーっとしていることが多い。
一方で時子は小柄で、小学校高学年で身長が150センチぐらいになったあと、それ以上は伸びなかった。骨からして細い感じで体重も軽い。私は時々冗談で時子を背負ったり、お姫様抱っこをするたびに、こんなに軽くても人間は生きていけるんだな、と不思議に思ったものだ。
という感じで、私が時子のそばにいると「左右非対称」と呼んでも差し支えない様子だった。周囲からは「姫と王子」とか「お嬢様とボディーガード」と呼ばれた。私が剣道をやっていることもあって「姫と騎士団長」と言われたこともある。この呼び名は私も気に入っている。
騎士団長はあくまでも姫を助けるために存在している。ただ私も多少人気があって、バレンタインデーのときには毎年いくつかのチョコレートを貰う。熱烈な女子のファンがいて、それは普通に嬉しい。お返しに抱きしめたりするけど、私にその気はないので百合のような展開にはならない。
時子も私に毎年チョコをくれるけれど、それはまさに「下賜(かし)」という感じだった。「下賜」というのは高貴な方が、下々の者に贈り物をくださることだ。歴史に詳しいクラスメイトが「まるで『下賜』だね。菓子だけに」と言ったことが印象的だったので覚えた(当時はみんな意味が分からなくてシーンとなったが、時子だけ手を叩いて笑っていた)。
「左右非対称」以来、私は時子のお気に入りとなり、一緒にいる事が多くなった。「姫と騎士団長」である我々と、そのまわりに取り巻きが数人いる。取り巻きの面々は女子がほとんどだったが、時代によってメンバーは少しずつ変わる。それはスクールカーストからはみ出した、小さな王国だった。けっこう居心地は良かった。
私はそもそも大勢の仲間と遊ぶタイプではないし、一人でいてもあまり寂しさを感じない。とはいえ、クラスではなんらかの派閥に属していないと不便が多い。学校に登校をしたときに、気軽に挨拶をする相手は欲しい。グループを作る時に相手がいないとその度に面倒くさい。仲間がいれば忘れ物をした時に貸してもらえるし、テストの範囲をLINEで聞くこともできる。孤立しがちな時子にとっても、この王国はちょうど良かったはずだ。
このまま平和な時代が続いていくのだと思っていた。しかし王国に突如として激しい雷が落ちた。時子がクラスの男子に恋をしたのだ。それもお相手は3軍の男子だ。その男子は私の顔見知りで、同じ剣道の道場に通っていた。
道場と言ってもそれほど本格的なものでは無い。剣道の経験者である地元の大人が、子供たちに基礎的なことを教えてくれるサークルのようなものだ。週に3回、午後6時から9時まで、小学校の体育館で練習がある。私は小学1年生の時からそこで剣道を習っている。
なぜ習い始めたのか、詳しくは覚えていない。他の女子がピアノとかダンスを習っているのに、なぜか私は剣道を選んだ。辞めていく子も多かったけれど私は長続きしていた。
合法的に人を殴れる、ということが魅力的だった。私は同学年の生徒よりも体格が良かったので、男子と本気で戦うこともたまにある。男子を殴ってめちゃくちゃ怒られたこともあった。そのエネルギーの発散場所として剣道はちょうど良かったのだ。テクニックを学べばより強くなれる。空手をやっている男子に対しても、こちらが棒を持っていれば負ける事はない。いつか体格的に男子に敵わなくなっても、棒を持ち出せばなんとかなるだろう。そのような実践的な思いもあった。
単純に強くなりたいと思っているので、厳しい練習も苦に感じない。それで、小学校の高学年になるころには、都内の大会で優勝するぐらいには強くなることができた。大会には時子がよく応援に来てくれた。姫が観覧する武道大会で、王国の騎士団長が戦うわけだ。当然気合が入る。
試合の後に
「勝ちました」
と言って姫の元に戻ると
「お見事でした」
と時子が微笑んで言った。
時子も姫の役割を演じるようになっていた。彼女は演技がかなり上手い。あまりに優雅に振る舞っているので、周囲の人が特別な視線を彼女に向けるのが面白かった。
剣道に興味を持った時子は、母親の運転する車で道場の見物にも時々来るようになった。あくまでも時子は剣道を見る事が好きなだけで、自分がやることでは無いと思っていたようだ。姫なので当たり前といえばそうかもしれない。
時子とその母親が来ると、道場主である70代の先生が体育館の傍らに一緒に座る。まるで貴賓客をもてなすようにして、いろいろと説明をしている。それを聞きながら、時子は頷きながら楽しそうにしている。
中学生以下の子供たちの練習は午後八時に終わる。その子たちに夏はアイスクリーム、冬は肉まんが振る舞われることがあった。もちろんお代は時子のママの財布から出ている。詳しくは私も知らないのだが、道場に対してなにがしかの寄付もあったようだ。これはもう、お金の力でスポーツチームを支える本物のスポンサーだ。よって、時子の訪問はみんなに歓迎されていた。
姫が道場のスポンサーになったのは、騎士団長である私の存在が大きい。それは誰もが認める所だったので、私に対するみんなの態度にも少し変化があった。先生たちがなんとなく丁寧に接してくださるし、子供達も慕ってくれる。もともと私は下級生と仲が良かった。ただ貴族とつながりがあるという事で、敬意をもって接してくれる子が増えた。暴れん坊の子供はアイスクリームや肉まんの力によって、驚くほど従順になった。
貴族の施しをよしとしない、誇り高い村人がいてもおかしくない。しかしここは田舎なので、そのような感情が表に出る事は無い。優しい地主なんて珍しいし、有難いと思ったほうが良いではないか。
実際、こんなに平和な村は近隣を見渡しても滅多に見つからない。となりの足立区や荒川区は治安が悪くて、小中学校は荒れ放題。上野・池袋方面はオーバーツーリズムで外国人だらけ。地元住民の声は消えて、町内会はその機能を失っている。
話を引っ張って申し訳ないが、つまりはこの地域の特殊性を説明したかったのだ。東京の23区内で、奇跡的に封建的な制度が残っている。そこに君臨する貴族の一人娘が、貧しい村人に恋をしたのだ。これは事件である。
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