欠損人形と欠落した僕

月本むう

欠損人形と欠落した僕 プロローグ

「坊ちゃん、起きる時間ですよ。早くしてください」


 部屋の外で声を荒げるのは、この屋敷で働いているエマリーだ。

 彼女は部屋の扉を容赦なく叩く。

 毎朝、寝起きの悪い屋敷の主を起こすためだ。


「坊ちゃん、坊ちゃん」

「聞こえてるよ、エマリーさん。君も僕の事はよく分かっているだろう?」

「それは、そうですが」


 扉の向こうから聞こえてきた声に、エマリーは顔を曇らせた。

 主の事は言われた通り彼女もよく分かっている。わかっているからこそ、それを理由に遅れる事に苦い顔をしているのだ。


「やあ、お待たせエマリーさん。どうだい、僕の弟は今日も美しいだろう?」


 部屋から出てきた主は得意げな顔で言った。

 彼は、今人形と手を繋いでいる。

 百八十センチを超える青年の右手と百二十センチ程の少年の左手。

 こうしなければ行けない理由はあるが、こうしてなくてはいけない理由はない。

 エマリーは顔を顰めた。


「そうですね、美しいです。とても。でも、いい加減お人形遊びは不便じゃありませんこと?」


 エマリーの声には呆れと叱責が混じっている。


「それは、出来ない。僕たちは二人で一つなのだから。この手が離れたら、僕の弟が動けなくなってしまう」


 そいって館の主は笑う。


「じゃあ、行こうか」


 青年は少年と手を握りあったまま、エマリーの横を通り過ぎていくとそのまま階段を降りていってしまう。

 エマリーはその背中をゆっくりと追った。


「いいかい。我が弟よ。僕たちスタンクソン家にとってエマリーさんという存在は実に有益な存在なのだよ」


 兄であるレオル・スタンクソンは雄弁に語る。彼はテーブルに置かれたローストビーフと葉野菜を食べながらご満悦だった。

 青年の膝の上に少年が鎮座している。相変わらず手は繋がれたままだ。

 開いた片手でフォークを握りしめ、それを掲げた。「食事中くらい止めたらどうです」とエマリーが注意するもレオルは「やめない。これは、兄弟の絆の証明だから」とフォークでローストを突き刺して口へと運んだ。


「そんな事よりエマリーさん。貴女の料理は今日も美味しい。貴女があと三十歳若ければ僕は貴女に恋をしたかもしれません」


 とレオルは軽快な笑い声と共にいった。


「坊ちゃんに恋をするなどありえません」

 

 不愉快と言わんばかりにエマリーは肩を竦めた。そのまま、彼女は厨房で食器を洗っている。


「いやいや、そんな事ないよ、エマリーさん。我が弟ユーリも有りだと言っている」

「ユーリ坊ちゃんはもういないんですよ。レオル坊ちゃん」

「馬鹿を言うなよ。エマリーさん。僕達兄弟はこうして今も繋がっているじゃないか」


 レオルは繋ぎ合っている手をエマリーに見せつけるように突き出した。その表情は実に自信に満ち溢れている。

 気の毒に。とエマリーは聞こえないように呟いた。


「ありがとう。素敵な朝食だった。僕はこれからユーリと共に出かけてくるよ」

「今はもうお昼ですよ。夜食はどうされますか?」

「そうだね。明日は……いや、今日は簡単なものでいいよ。その代わり明日は豪勢にしてくれ」

「え、ええ。わかりました」

 青年と少年は手を繋いだまま器用に席を立ち、エマリーにウインクする。

「それじゃ。行ってくる」

「お気をつけて。坊ちゃま」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る