【連載版】幻獣トリマーの日常 ~幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件。
第2話:地下の掃き溜めと「汚れた毛玉」②
第2話:地下の掃き溜めと「汚れた毛玉」②
平穏は、突然の爆音と共に破られた。
地下三階の重い扉が蹴り開けられ、何人もの靴音が響き渡る。
「おい、ゴミ清掃員! どこだ!」
現れたのは、ゴンダセンター長だった。
その後ろには、武装した警備隊と、数人のバイヤーらしき男たちが控えている。ゴンダの顔は、焦燥と苛立ちで赤黒く充血していた。
「センター長? 一体何事ですか」
「黙れ! 裏取引のAランク幻獣が、移送中に死にやがった。代わりの『商品』が今すぐ必要なんだ。どこかに見栄えのいい珍種はいなかったか!」
ゴンダは血走った眼で廃棄エリアを見渡した。
そして、彼の視線が、私の足元でくつろいでいたモップに止まった。
「……ほう。なんだ、その獣は」
ゴンダの目が、卑屈な輝きを帯びた。
ブラッシングと栄養満点の食事によって、今のモップは神々しいまでの美しさを放っている。その銀色の毛並みは、地下の貧相な明かりの下でも、自ら発光しているかのように見えた。
「これは……測定不能だったはずのゴミか? まさか、化けたのか。ミヤコ、貴様、こっそり隠し持っていたな!」
「隠していたわけではありません。処分の前に、せめて綺麗にしてあげようと思っただけで……」
「黙れ! この美しさなら、金持ちの貴族に高値で売れる。おい、その犬をこっちへ渡せ」
ゴンダが強引に、私が紐で作った簡易的なモップの首輪を掴もうとした。
その瞬間、モップの喉から、これまで聞いたこともないような不気味な低音が漏れた。
空気そのものが、びりびりと震える。
「……グルアァ……」
「ひっ! な、なんだ、この威圧感は……!?」
ゴンダがたじろぐ。
けれど、彼はすぐに強気を取り戻し、懐から「強制従属の杖」を取り出した。幻獣に苦痛を与えて無理やり従わせる、悪趣味な道具だ。
「生意気な獣だ! 躾が必要だな!」
「やめてください!」
私は咄嗟にモップを抱き寄せ、その前に立ちはだかった。
ゴンダの杖から放たれた電撃のような衝撃が、私の肩を打つ。
熱い痛みが走った。けれど、私は退かなかった。
「この子は、商品じゃありません。意思を持った、ひとつの命です。まだブラッシングの途中なんです。終わっていないのに、連れて行くなんて許しません!」
「この、穀潰しがぁ!」
ゴンダが逆上した。
彼は私を蹴り飛ばすと、部下たちに命じた。
「その獣を捕らえろ! あまりに狂暴なら、もういい。焼却処分してやる」
警備員たちが一斉に襲いかかる。
私は床に這いつくばりながら、必死に手を伸ばした。
けれど、モップは冷たい鉄の網を被せられ、無理やり焼却炉の入り口へと引きずられていく。
私の視界が、怒りと悲しみで赤く染まった。
なぜ。
なぜ、この人たちは、こんなに「不潔」なのだろう。
心も、やり方も、言葉も。すべてがドブ川の泥よりも汚れている。
そんな汚い手で、私のモップに触れないで。
私の大切なモップを、これ以上、汚さないで――。
「モップ……っ! 逃げて……!」
叫び声と同時に、モップが焼却炉の燃え盛る炎の中へと放り込まれた。
ゴンダが下劣な笑い声を上げる。
その瞬間。
世界から、音が消えた。
ドォォォォォォン!!
爆発ではなかった。
それは、存在そのものが空間を押し広げるような衝撃。
焼却炉の鉄扉が、まるで紙細工のように弾け飛んだ。
噴き出したのは、炎ではない。
すべてを無に帰す、純粋な「虚無」の黒い霧。
「な、なんだ……!? 何が起きている!」
ゴンダの悲鳴が響く。
霧の中から現れたのは、小さな幼狼ではなかった。
天井を突き破り、地下三階から地上の獣舎、さらには遥か上空の雲までを貫く、巨大な銀色の影。
この建物よりも巨大なその狼は、四本の脚でこの腐った施設を文字通り踏み潰していた。
周囲の壁が、風圧だけで粉々に砕け散る。
警備員たちの魔力銃も、防壁魔法も、その巨大な存在の前では羽虫の羽ばたきほどの影響も与えられない。
銀狼の瞳は、今は燃えるような深紅に染まっていた。
その背後には、次元の裂け目のような漆黒の穴がたゆたっている。
それこそが、神話に語られる終焉の象徴。
世界を喰らい、すべてを虚空へと導く災厄級幻獣――「フェンリル・ヴォイド」。
「ば、馬鹿な……。伝説の……災禍の……『終焉の獣』だと……!?」
ゴンダは腰を抜かし、股間を濡らしながら震えていた。
鑑定結果が「測定不能」だったのは、彼がゴミだったからではない。
人類が作り出した鑑定システムという矮小な物差しでは、その強大すぎる力を測ることすらできなかったのだ。
あまりの汚れのひどさに、誰もその本質に気づけなかった。
ただ一人、それを「汚れ」として丹念に洗い流した、無才の少女を除いて。
『………………』
銀狼が、ゆっくりと首を下げた。
その巨大な口が開かれる。
鋭い牙の一本一本が鋭く輝いている。
ゴンダは死を悟り、真っ青な顔で天を仰いだ。
「助けて……助けてくれミヤコ! お前のペットだろう!? 止めろ! 止めてくれぇぇ!!」
銀狼の喉が鳴る。
すべての汚濁を飲み込み、この不潔な施設ごと消滅させようとする、破壊の咆哮が放たれようとしたその時。
「――こら! モップ!!」
私の声が、破壊の静寂を切り裂いた。
全員が、凍りついた。
銀狼も、その動きをぴたりと止めた。
私は立ち上がり、膝についた泥を払いながら、巨大な鼻先を指差した。
「ダメでしょ、そんな汚いものを口に入れようとしたら! お腹壊すよ!」
私は一歩一歩、死の気配を撒き散らす獣へと歩み寄った。
周囲の人間は「正気か」という目で私を見ている。けれど、私にはわかる。
この子は、ただ怒っているだけなのだ。私を傷つけ、自分を蔑んだ不潔なものたちに。
「それに見て。せっかく綺麗にブラッシングしたのに、そんな大きい姿になったら毛が逆立ってボサボサじゃない。また毛玉になっちゃうよ? いいの?」
銀狼――モップの瞳が、微かに揺れた。
彼はしばし、私の顔と、怯えるゴンダを交互に見比べた。
そして。
「クゥーン……」
世界の終わりを告げるはずだった巨躯が、しゅるしゅると縮んでいく。
光の粒子が舞う中で、彼は再び、あのふわふわの銀色の幼狼へと姿を変えた。
そして私の足元に駆け寄り、ゴロンと横になって「お腹を撫でて」と甘え始めたのである。
「もう……。手がかかるんだから」
私は溜息をつき、その柔らかい腹毛を優しく撫でた。
その光景を、生き残った職員たちは、ただ呆然と見守るしかなかった。
事件の後、幻獣保護センターの腐敗はすべて白日の下にさらされた。
「センター長。モップが『ここには不潔な証拠がいっぱいある』って教えてくれましたよ」
私は、へたり込んだまま動けないゴンダを見下ろした。
モップが「散歩」と称して地下の壁をいくつか破壊した際、そこから出てきたのは、裏取引の帳簿や、不正な魔力抽出の装置、そして犠牲になった幻獣たちの記録だった。
「助けてくれ、なんでもする! 金ならある! その化け物を遠ざけてくれ!」
「お断りします。私、不潔なものは消毒しなきゃいけないって、教わったんです」
私は冷ややかに言い放ち、あらかじめ呼んでおいた監査局の人間たちに合図を送った。
ゴンダは無様に引きずられていき、センターは即座に閉鎖が決まった。
その後、今回の事件解決の立役者と称された私には、宮廷幻獣飼育官としてのお誘いがあった。
それは、幻獣保護センターの廃棄処理係からすると、異例の大出世。
だけど……
◇
数ヶ月後。
私は、王都から遠く離れた静かな田舎の森の中いた。
窓を開ければ、澄んだ空気と、せせらぎの音が聞こえる。
そこには、新しく建てた小さな平屋――「ミヤコ幻獣トリミング店」がある。
「はい、次の子。入っていいわよ」
私が声をかけると、入り口から、おずおずと一頭の「魔獣」が入ってきた。
それは、かつて一つの国を滅ぼしたと言われる「双頭の毒蛇――ヒュドラ」だった。けれど今の彼は、鱗の間に挟まった泥を気にして、ひどくしょんぼりしている。
「あらあら、沼地で遊んできたの? 鱗の間、しっかり磨かないと痒くなるわよ」
ヒュドラは二つの頭を器用に下げて、私に「お願いします」と挨拶する。
隣には、看板犬(?)のモップが、威風堂々と他の待ち行列を監視していた。
行列に並んでいるのは、どれもこれも「災害級」と呼ばれる、世界中から恐れられている魔物たちだ。
彼らは知っている。
ここには、どんな強力な魔法よりも心地よい「清潔さ」と、どんな秘薬よりも癒される「ブラッシング」があることを。
そして何より、自分たちを一つの「命」として扱ってくれる、温かい手があることを。
「もう、みんな泥だらけにして……。順番に並んで! モップ、割り込みしようとした子を注意してあげて」
「わふっ!」
モップが誇らしげに吠える。
私はブラシを手に取り、今日最初のお客さんの鱗を磨き始めた。
世界を救うとか、滅ぼすとか。そんな大きなことは私にはわからない。
けれど、目の前の大切な存在を綺麗にして、幸せそうな顔を見ること。
それだけで、私の毎日は、この銀色の毛並みのようにきらきらと輝いている。
――さて、次はトリートメントの準備をしなくっちゃ。
――――――ଘ(੭ˊウˋ)੭✧あとがき✧――――――
短編で高評価だったので長編にします。
毎日更新の予定です!カクヨムコンテスト11頑張るぞぉ!
フォローして追いかけてくれると嬉しいです。
期待を込めて、率直なご評価をいただければ幸いです。
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