魔法道具は今日も静かに夢を見る
カナ山
第1話 ランタン騒動1
その日、小さな店が爆発した。
ドアから白い煙が勢いよく吹き出し、焦げた匂いと共に通りへ広がっていく。「魔導具修理承ります」の看板が揺れた。
「ごめんなさーい!今、片付けますから!」
慌てて飛び出すと、石畳の道行く人々が足を止める――かと思ったけれど、驚きの色は一切なし。
「まただ」「煙が白いなら大丈夫だろ」「今朝は早かったわね」
そんな声が聞こえてきてランタンを強く抱え直した。小さな子供が笑っている。
そうこうしている内に店の奥からわざとらしいくらい深いため息が聞こえた。
「ティア」
振り返ると暗闇から丸い金色の光が二つ。黒猫がカウンターに尻尾をだらんと垂らしていた。
「大丈夫だよクロエ。ほら!」
ぎこちなくランタンを掲げてみせるものの、青い火花が一層激しく散る。
「止まって!」
クロエが低い声で制した。その言葉が重く響き、手がすっと止まる。
「ポンッ!」
と間の抜けた音とともに、火花が飛び散る。咄嗟に顔を背けると、焦げた匂いがあたりに漂った。それまで残っていた火花が完全に消える。
「消えちゃった…」
呟いた声が床にシミとなって落ちた。魔導石は力を失っていたが、わずかに脈打つような光が揺らめく。
久しぶりの修理依頼だ。ここで諦めたら店が潰れるかもしれない。触れるか、やめるか。頭を巡らせるけれど、言葉が頭の中を滑っては散っていく。
「あのさぁ、無理も程々にしておきなよ。」
黒い影が前足を揃え伸びをする姿に体から力が抜けた。
本当にこの黒猫には頭が上がらない。ちょっと冷静すぎるけれど。金色の瞳が薄めたインクのような店内を退屈そうに見ている。
「……わかってるよ」
ずり落ちたとんがり帽子を強く抑える。首の裏をチリチリと焦がす感覚がした。このランタンを直せなければ私は修理屋として終わる。気を取り直して欠けたチョークを握り直すと、魔導陣に向かいながらこの依頼を引き受けた日のことを思い出した。
つい先日のことだった。
「失礼しますよ」
店のドアが軽くノックされ、低い音を立てながら開いた。
まず目に入ったのは古びたランタンだった。真鍮製の縁は擦れ、ガラスに傷が走っていた。それを両手で抱えるようにして白い髭の老人が立っていた。
「街の東側に住んどるアルフレッドと申します。ランタンの修理をお願いしたいんだが……できるかな?」
控えめな声だが、ランタンに向けられる視線だけは忙しない。
「もちろんです!お任せください!」
自分の勢いにとんがり帽子がずり下がる。
でも仕方ない。今日は開店してから一人もお客さんが来ていない。それが修理目的となればなおさらだ。街から離れたこの場所に店を借りたのがまずかったらしい。
つい先日だって店を開けていたときに、少年が一人訪ねてきていたらしいのに店を空けていた。
「こちらのランタンなんだがね、調子が悪いんだよ。前と比べて光が弱くなっていてな。最近はチカチカと点滅するようになってしまった。友人に…譲って貰ったものだから、なんとか直したくてな」
懐かしそうにランタンを撫でる。きっと長く愛用してきたのだろう。
持ち手は黒く変色して悲鳴にも似た音を出している。
視線を彷徨わせ、震える指先でランタンを抱えていた老人は、意を決したように、それをカウンターへ置いた。年月を刻んだ顔はこわばりながらも、ぎこちない笑顔を浮かべていた。
その仕草に、胸の奥で警戒心が首をもたげた。
わざわざ町外れの、こんな小さな魔導具店を訪ねてくる依頼は、
大抵、簡単ではない。
厄介な案件だ。
そう直感した。
失敗すれば直せなかったという事実だけが残る。店の評判を落とすだけだ。
それでも、すがるような目でこちらを見るその姿を見ると、簡単には突き放せなかった。
私はランタンに静かに触れながら状態を確認する。円柱型のランタンはよくある形だが、赤い塗料が擦れて元の形がわからない。細かな部分の錆に老人との年月を感じた。
軽く魔力を流す。不規則に脈打つような魔力の振動を感じる。そうして躊躇いながら魔導石に触れたとき、これまで沈黙していた金属が急速に熱を帯びはじめた。
「不思議な修理をする魔女がいるって噂を聞いてね。」
アルフレッドの声が、遠くなる。
「だが無理なら無理で構わないんじゃが」
その時だ。
触れていた指先からランタンの熱が腕の血管を通り抜け、目の奥に溜まるのがわかる。瞳に映る数々の断片が瞬きのように押し寄せては消えていく。瞼の裏に映る知らないはずの光景。小さな物語たちが微笑み、唸りを上げながら通り過ぎていく。
深い森、
青いひかり、
震える誰かの手。
胸をひっかくような、この気持ちは——
見たい(苦しい)
もっと、その先を。(これ以上、やめて)
そう願ったのもつかの間、星のような瞬きは消えてしまった。体に溜まった魔力も散り散りに溶けていく。眼の前にはいつもの店と白い髭の依頼人。
呆然とした私は慌ててとんがり帽子を被り直し、乱れた服の裾を払う。窓から指した光を店内の魔導具たちが受け止めている。
遠くで見守っていたクロエが目を満月のように見開いている。その瞳は、心配よりも先に、この光を欲しがっていた。この依頼、受けるしか無い。
なんとなくこうなるんじゃないかと思っていた。
だってうちに来る依頼は大抵——
手放せなかった思い出ばかりだからだ。
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