第5話 宇宙一を決めないか?
WBC決勝当日。
東京ドームは、朝から異様な熱気に包まれていた。
青いユニフォーム。
歓声。
ざわめき。
そして、世界中の視線。
「……すげえ人だな」
俺は人混みに押されながら、汗を拭った。
背後には、透明化装置を起動したスズカがいる。
姿は見えないが、声だけは聞こえてくる。
「三好鮭。心拍数が上昇しています。緊張ですか?」
「透明な宇宙人が後ろにいるからだよ……!」
「合法です!安心してください。私はあなたの真後ろにいます」
「それが怖いんだよ!」
VIPチケットを握りしめ、俺はゲートを通過した。
◆ ◆ ◆
試合は想像以上に白熱した。
日本とアメリカ、互いに一歩も譲らない攻防。
そして——
九回裏。
一点ビハインド。
二死満塁。
打席には、大空流星。
「……来た」
透明なスズカが震える声で言う。
「三好鮭……これは歴史の1ページです……!」
相手投手が振りかぶり、球が放たれる。
白い軌跡が一直線に伸びる。
大空流星のバットが、その軌道を完璧に捉えた。
カキィィィィン!!
真っすぐに
ボールはまるでエンジンを積んでいるかのように飛んでいく。
——ホームラン。
——逆転。
——日本、優勝。
東京ドームが揺れた。
歓声が爆発し、涙を流す人もいる。
自然と俺も叫んだ。
「うおおおおおおおおお!!」
透明なスズカも叫ぶ。
「地球文化……最高……!!」
◆ ◆ ◆
俺は動くことにした。
優勝セレモニーが始まる、この時を待っていたんだ。
大空流星がトロフィーを掲げる、その瞬間——
席から立ち上がり、
背負っていたバッグから“あるもの”を取り出した。
巨大なプラカード。
そこには、太いマジックでこう書かれている。
『宇宙一を決めないか?』
周囲の観客がざわつく。
「え、何あれ?」
「宇宙一?」
「なんだあの人……?」
透明なスズカが慌てて囁く。
「三好鮭!?
なぜ今掲げるのですか!?」
「だって……伝えるチャンスは今しかないだろ!」
「優勝直後に伝えるのはどうかと……!」
「知らん!!」
更にプラカードを高く、高く掲げた。
そのとき——
大空流星が、こちらを見た。
ほんの一瞬。だが確かに視線が合った。
「……宇宙一」
その目には、
“何かを感じ取った”光が宿っていた。
◆ ◆ ◆
優勝セレモニー後、選手たちはホテルへ移動していた。
俺は透明なスズカと共に、
そのホテルの前で静かに佇む。
「三好鮭。
あなたの行動は理解不能ですが……
効果はあったようです」
「だろ? あの目……絶対気になってる」
「ですが、ここからが本番です。
あなたは彼に“真実”を伝えなければならない」
「分かってるよ……」
緊張で手が震える。
その時——
ホテルの自動ドアが開く。
大空流星が、一人で出てきた。
フードを深く被っているが、
その存在感は隠しきれない。
彼はゆっくりと歩き、俺の横を通り過ぎると小さな声で呟いた。
「……宇宙にも野球はあるのかな?
……それでも……宇宙一、野球を愛しているのは僕だと思う」
その通りだと思う。
野球という競技を知っている日本人なら
誰もが疑いようのない事実だと認識している。
高校卒業後、日本のプロ野球で5年連続三冠王
更には、世界一のリーグと言えるメジャーリーグに移籍すると
当然のように三冠王を奪取し、チームを優勝へと導いた。
今日、WBCで優勝+MVPを取ったことで
世界中の野球ファンが世界一のバッター、世界最強選手だと認めている。
俺たち凡人とは、住んでいる世界が違う。
でも、その背中を追いかけてきた日本人は何万人もいる。
その伝説の選手がフードを脱ぎ、こちらへ振り向く。
「あの時、ただの客席が一か所だけ光ってみえた
……プラカードを掲げていたのは君だよね」
心臓が跳ねた。
「は、はい……!」
喉がカラカラで、声が裏返りそうだ。
30点の俺が、100点満点の太陽みたいな男を見上げている。
「宇宙一を決めないか?
あれ……どういう意味?」
その声は穏やかだが、
確かに、何かを求めている響きがあった。
透明なスズカが囁く。
「三好鮭……ここが勝負所です」
俺は深呼吸した。
「……地球を救うためです。
あなたに、戦ってほしい相手がいるんです」
世界一となった男の口元が
静かに、そして確かに“歓喜”の形に歪んでいた。
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