人生唯一の初詣
水涸 木犀
前・なぜ「唯一の」初詣なのか?
私は、会社の同僚や友人知人によく、「初詣に行ったことがない」と告げています。嘘ではなく、自分自身その認識でいました。しかし、今回エッセイを書こうと思い立った際、ふと、一度だけ初詣と言える時期に神社に参拝したことがあると思い出したのです。
私にとって、初詣は縁遠い存在でした。幼いころに初詣に行っていた人は、習慣として大人になっても行くことが多いのでしょうが、私に同様の下積みはなかったのです。というのも、父はクリスチャンの両親(私から見た祖父母)に育てられ、母と結婚する前から初詣はおろか、神社に行く習慣すらありませんでした。父の両親は鳥居をくぐることすらタブー視していましたから中々の筋金入りです。もっとも、父は現在にわかクリスチャンを自称しており、旅行先で見つけた寺社仏閣には普通に立ち寄ります。それでも、やはり年末年始に神社に足を運ぶという習慣は持ち合わせていません。
他方で母は、日本の典型的な田舎で育ちました。和室の居間には神棚と仏壇があり、いろいろな神社のお札がてんでばらばらに飾られている母の実家は、いつ見てもカオスです。「信仰」から一歩離れて物事を見る癖がついている私からすると、大国主命系の神社のお札と(伊勢)神宮系のお札が同じ神棚に並んでいるのは強い違和感を覚えるのですが、母方の親族は誰も気にしていないようです。
絵に描いたような「神仏習合」の家庭で育った母ですが、こちらもまた初詣には消極的です。理由は単純で、わざわざ年の初めから、人の集まるところに行きたくないとのこと。元々母は、人混みを好まない性格なので、わからなくはありません。
クリスチャンの家系で育ち、初詣の習慣のない父と、人混み嫌いな母。そんな両親に育てられた私が「初詣に行く習慣が身につかなかった」のは当然の帰結でしょう。年末年始は、紅白歌合戦を見て、ゆく年くる年を見て、年を越したらチャンネルを変えずに「生さだ(年の初めはさだまさし。NHKの番組)」を見て寝るというのが我が家流のお正月の過ごし方となっていました。
ところが、私は一度だけ、初詣に行ったことがあるのです。それは大学三年生から四年生に上がる年の一月三日。ここで異議を唱える方がいらっしゃるかもしれません。初詣は一月一日に行うものではないか、と。しかし少々調べたところ、関東の初詣は松の内(一月七日)までに行けばよいとされているようです。となると、やはり関東圏の神社でこの年月日に参拝したことは、初詣としてカウントしてよいのではないでしょうか。
大学四年生になる年の一月三日。私は「大学を卒業できるように」や「一年後に待ち受ける社会人生活が安定したものになるように」などといったお願い事をしに行ったのではありません。何を願ったかをお伝えするには、まず私が行った神社がどういったところなのかを説明しなければなりません。
私は当時、卒業プロジェクト(卒業論文を書くために必要な大学の単位名です。通称卒プロ)にてフィールドワーク論を専門とする教授に師事していました。特定の地域を対象として一年間調査を行い、当該地域の性質を見出す。ざっくりいうと、そのような趣旨の研究を行いました。フィールドワークで重要なのは、研究する地域の選定です。ここで研究がうまくいくか否かが八割がた決まるといっても過言ではありません。そこで、私は卒プロが本格的に始まる四月より前……大学三年生の秋ごろから、研究場所の選定を始めていました。そして年末には、すでにどこで研究するか決めていたのです。
卒プロ自体は四月始まりなので、四月から現地調査をしても問題ありません。しかし、定点調査を行う場合、それでは丸一年の情報が得られません。ゆえに、一月から現地に赴き、調査の鍵となる要素を探しに行くことに決めました。
一月の調査が一月三日になったのは、たまたまです。前述のとおり、私は年末年始に出かけず、だらだらと家で過ごすのが常でした。ゆえに三が日は基本的に暇です。時間があるから調査予定地に赴こう、それくらいの感覚だったと思います。
しかし、当該調査地の最寄り駅に降り立った際、とある案内看板が目に入りました。都会過ぎず田舎過ぎない駅によくある、神社の大きな案内表示板です。白地に黒文字で書かれた飾り気のない金属の板でしたが、そういえば今日は三が日だったということを看板を見て思い出しました。
「せっかく三が日に珍しく外出しているのだから、神社に行ってみよう」
そんな思いで、私の足は神社へと向かいました。
実をいうと、私が調査対象としたかったエリアは神社とは反対方向、駅を挟んだ向かい側でした。ゆえに効率を重視するならば、神社に行かずに調査対象地域を練り歩いたほうがよかったのです。それでも、なぜかこの時は一心に神社へと足を進めていました。
神社までの道のりは比較的平坦でしたが、そこそこ長かった記憶があります。あとでネットで調べたところ、駅から徒歩十五分とありました。とはいえ初めて行く場所であり、調査対象地という意識のもと写真を撮りながら歩いていたので、実際には倍くらいの時間はかかったと思います。
青空が広がっており、風は弱く散歩にはもってこいの気候でした。ゆっくり歩きながら、何をお願いしようかと考えていた私は、「これから一年間、土地神さまが見守っている地域でフィールドワークを行うのだから、ご挨拶と調査の無事を願おう」と決めました。なお、この時の意識が、私の以降の神社参拝時の祈りの姿勢に反映されるものとなります。
初詣に訪れた神社は小ぢんまりとしていましたが、西暦が三桁のころに作られたとあって建物全体から歴史を感じました。また、麻の神様である天乃日鷲尊を主神として祀っていることから、豊穣を願う人々の信仰を集めてきたようです。
元日ではないにもかかわらず、境内は混みあっていました。もっとも敷地が狭いので、混みあっていたといっても参拝客数は両手で数えられるくらいでしたが。それでも、地元の人々の信仰を集めている神社であることは見て取れます。
私は、神社の入口にある「茅の輪くぐり」を物珍し気にじろじろ見てから(実際、私はそもそも神社にあまり行ったことがなかったので、「茅の輪くぐり」もこのとき初めて目にしたのです)中を通り抜け、お参りをしました。予定通り、自分の素性を心の中で名乗り、この地で一年間調査をさせてもらうことを伝えました。今思うと、お願いというより報告ですね。初詣の時期の神社で祈りの時間をもつのは初めてでしたが、悪くない気分でした。
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