一章-6
「失礼しました」
「失礼しました〜」
俺は優雨と一緒に職員室を出た。
優雨は丁寧に挨拶してからドアを閉めると、再び俺をガン無視してさっさと廊下を歩き出す。俺はその後ろを追いかけた。廊下には俺たち以外の生徒の姿はない。
「ハァ〜、まじで担任のやつ余計な心配するよなぁ」
「……」
「まぁ俺が楽観的に見られるのはしょうがないけど、俺だってちゃんと真剣に考えてるっつーの」
「……」
「お〜い優雨、ゆうちゃ〜ん、さっきから恋人のこと無視すんなよ、泣いちゃうぞ」
頭の後ろに両手を回してからかいまじりに話しかけていたら、急に優雨が立ち止まった。うおっ、と小さく声を上げて、その背中にぶつかりそうになる寸前で俺も立ち止まる。
くるっと優雨が振り返った。
その顔はめちゃくちゃ怖かった。
あ、やべ、と口元が引きつる俺に無言で優雨は詰め寄ってくる。後ずさった背中が壁に当たって逃げ場を失った俺に向かって、優雨は右手で拳を握り、そしていきなり殴りかかってきた。
ゴツッ
拳が壁にぶつかる痛そうな音が鳴り響く。
ぎゅっと閉じていた目を恐る恐る開けた俺は、自分の顔の横に優雨の右腕があるのを見た。これが漫画かアニメだったら壁が陥没するかヒビが入っててもおかしくない勢いだったと思う。
ひぇっ、と小さな悲鳴を漏らした俺は、すぐ目の前にある優雨の顔を見た。まるで取り立てのヤクザかよってくらいの凄みがある。
「てめぇ友咲。この大事な時期に俺の時間の邪魔をするとはいい度胸してんなァ。つか誰がテメェの恋人だって? 寝言は寝て言えやクズ」
これだ、これですよ!
絵に描いたような優等生キャラ、という飾りを取り除いた本来の姿。
今目の前にいる恐ろしい男こそが水原優雨だ。
「いやマジでごめん! けど俺から頼んだわけじゃねぇだろ、担任と親が勝手にお前にお願いしたことだし……いや、待て。俺ら恋人同士だよな? 付き合ってそろそろ半年経つよな!? えっ、ちょっ、別の問題が発生したんだがっ!?」
「うるせえ」
イライラした顔の優雨が、俺の鼻を指先で摘んで引っ張ってきた。「ふがッ」と豚みたいな声を上げた俺は、なさけなく涙目になってしまう。
「その話は学校で口にするなっつってんだろ」
あ、なんだ。ただ恥ずかしかっただけか。ホッ。
一安心してへにゃりと笑った俺の鼻から手を離した優雨は深いため息をついた。その拳はなぜか無傷だ。
「土曜日の件、心ちゃんから聞いているぞ」
「え、マジ? なんだよあいつ勝手に」
「てめぇのことを心配してんだよ。警察から学校に連絡がいったら兄貴が怒られるからフォローしてあげてほしいって。兄貴が空き家に侵入したのは自分のせいだって落ち込んでたぞ」
それを聞いて何とも言えない気持ちになった俺は眉をひそめた。怒り顔を消した優雨は腕を組みながら口を開く。
「先に空き家に侵入したのは心ちゃんなのに、そんなことをした記憶が本人には全くないらしいな」
「そうなんだよ。心のやつ、急に様子がおかしくなってさ。まるで何かに取り憑かれてるような感じだったぜ」
あの日の夜のことを思い出す。
警察から親に連絡がいったのはもちろん、帰って妹と一緒に母親に叱られた。逆に楽観的な父さんの方は「不法侵入だけど人助けになったから良かったじゃないか」と言って、母さんを呆れさせていた。
「俺も次の日から体調があんまり良くないし、マジで一回、妹と一緒にお祓いしに行った方がいいかな?」
「お前がマジで心配するべきことは受験の方だろうが」
「ごもっとも。まぁただの風邪の引き始めかも」
「年がら年中半袖短パンで走り回ってても平気なくせに今さら風邪引くかよ」
「いつの話してんだよ。いや、それより優雨。あの家で俺が見たものを聞いてくれよ。マジやばかったんだって」
「怪我した男性が倒れてたって話なら、心ちゃんから聞いてるぞ」
「それもだけど、それじゃねぇよ。聞いてくれよ俺の恐怖体験を」
俺の言葉に、優雨は「なんだそりゃ」と顔をしかめた。
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