鬼の服従

「なんだ、お前。こいつの仲間か?」


 新しく現れた鬼に問う。


「ツバキと申します。そこに倒れているのは、私の兄です」


 つまり、兄妹ってことだ。

 ツバキにとってこいつは兄。

 葵にとっての俺と同じ立ち位置だ。


 その事実に少し心が揺らぐ。


「そうか……それで、何の用だ?」


 できるだけ偉そうに言う。

 こういうのは主導権を握った方が有利なんだ。

 あの老人で学んだ。


「ヌシ様に挨拶を申し上げるため、参上しました」


 正座の状態から頭を下げる。


「さっき、俺に待つよう言っただろ? お前の兄を助けて欲しいんじゃないのか?」


 俺がそう言うと、兄の鬼が妹に期待のこもった目線を送る。


「違います。兄を私に殺させて欲しいのです」


 兄の方はとんでもなく衝撃を受けた表情をする。ちょっと可哀想になった。

 俺も妹にこんなこと言われたら泣く自信あるよ。


「なぜだ?」


「責任を取るためです。ヌシ様に対する非礼をお詫びしなければなりません」


「そんな詫びはいらない。非礼だとかどうでも良い。とりあえず俺はこいつを食いたいんだ。腹が減って仕方ない」


 激しい動きをすると、その分腹は減る。

 さっきの戦いで結構動いてしまったから今は腹二分——満腹の二割くらいの空腹だ。


「なるほど、それでは兄を殺した後、私も自殺します。私の体は小さいですが、多少の足しにはなるでしょう」


 兄の方は信じられないと目を見開いて妹を見る。俺も同じ心境だ。


「は? いやいや、待て。なんでそうなる」


 話が飛躍しすぎて着いていけない。

 俺はとりあえず、兄を食べたいと言った。

 それならと私も食べてくださいと返事。

 意味がわからない。

 思考回路どうなってんの?


「ヌシ様のお怒りを鎮めるためです。私たち程度の命で良いなら、喜んで差し上げます」


 兄の方はめちゃくちゃ首を横に振ってるけど?

 兄に選択権はない感じだな。

 同じ兄として同情する。


「そこまでしなくても……」


「長年不在だったヌシ様の帰還です。このようなことで、ヌシ様の反感を買うわけにはいきません。私たちにはヌシ様の力が必要なのです」


 真っ直ぐと見つめられる。

 そんな目で見られたら、俺にはどうすることもできない。


「ああ、もう分かった。お前たちの命なんていらない。代わりに、定期的に俺の飯を用意してくれ。今たくさん食うより、飢えないよう定期的に食う方が大事なんだ。これでいいだろ?」


「それがヌシ様のお望みならば」


 ツバキは頭を下げ、兄の頭も乱暴に下げさせる。兄の方は顔が床に埋まってしまっているが、ツバキは気にしてないようだ。


「もう良い、頭を上げろ。ひとまず連絡手段を考えよう。何か良い案はあるか?」


「スマートフォンなどはいかがでしょうか。連絡に掛かる時間も少ないので、便利だと思います」


 着物のような衣服のポケットからスマホを取り出す。

 俺はあまりの意外さに呆気に取られた。


「お前、スマホ持ってるのか?」


「もちろんです。現代っ子なので」


 ツバキを見る。

 確かに見た目は子供だ。


 鬼のヌシのことがあるから、怪異の年齢は見た目が参考にならないと思っていたけど……


「ちなみに何歳?」


「今年で十四歳になります」


 まさかの妹と同い年。

 中学生の年頃だ。


「まさか、中学校に通っていたり……?」


「はい、教養を身に付けるために通っています。しかし、安心してください。ヌシ様がお呼びとならば、授業中でも構わず向かいます!」


 ツバキは堂々とサボる発言をする。

 サボる発言で盛り上がれるのは、ツバキが真面目だからだろう。

 不真面目ならここまで熱くならない。


「そっちの兄の方は?」


「我が愚兄の名はアズサ。今年で二十五歳になるニートです」


 ツバキはアズサに鋭い視線を送る。

 アズサは悲しそうに巨体を縮こませた。


 俺もニートになれば葵にこんな扱いをされるのかと思い、勉強を頑張ろうと心の中で誓った。


「オレはアズサって言うッス。妹ほど頭良くないんで敬語は使えないから、これで許して欲しいッス」


 見事な舎弟言葉になった。

 ツバキはため息を吐く。

 それにアズサはビクッと体を震わせた。

 力関係が分かりやすい兄妹だ。


「兄は見た目通り力だけはあるので、雑用にお使いください」


「……分かった」


 アズサの妹からの扱いが不憫でならなかった。


 その後、連絡先を交換して神社を出た。

 途中で逃げ出した男が倒れていたので、それを担いで外に向かう。


「——あ、帰って来ました」


 出口では白井と封印師の少女がいた。


「嘘ッ、どうやって!?」


 白井が駆け寄る。

 目元が少し赤い気がした。

 泣いてくれたのだろうか。


「隙を見て逃げたんだよ」


「そんなの、無理に決まっているでしょ! 鬼って怪異の中でもかなり強い方なんだよ!」


 無理に決まっていると言われても、それは白井基準の話だ。

 アズサくらいの強さの怪異なら屋敷にゴロゴロ転がっていた。それと毎日戦っていたんだから、俺にとっては全然無理ではないのだ。


「そちらの方は……死んでいますね」


「道中で倒れていたので拾って来ました」


「助かります。それでは、依頼を達成したのは白井奈緒さん、糸瀬蓮さんの二名となります。詳しい調査報告は安全な場所でしていただきます。着いて来てください」


 封印師の少女が先導して山を下る。

 俺と白井はそこから少し離れた場所で隣り合って歩く。

 少しだけ、前よりも距離が近くなった気がする。


「聞きたいことがあるんだけど、いい?」


 躊躇いがちに聞いてくる。


「答えられることと、答えられないことがあるけど、それでいいなら」


 俺がつまみ食いしたことは絶対に教えない。

 色々と都合が悪すぎる。


「答えられる範囲でいいの。私の好奇心だから」


「それじゃあ、好きにどうぞ」


 どんな質問が来るのかと少し身構える。

 下手なことは言えないからな。


「——鬼のヌシって何? 糸瀬くんに鬼のヌシの印があるとか言ってたけど、本当なの?」


 なんとも答えづらい質問が来た。

 アズサには状況が状況だったから正直に話したけど、鬼のヌシになった今では簡単に答えられることではない。

 これで正直に話したら面倒なことになるのは目に見えている。


 屋敷の調査後にあった聞き取りで鬼のヌシあたりの内容をぼかした過去の自分を褒めたい。

 封印師にバレていたら大変な目に遭っていたことだろう。


 兎にも角にも、白井へ教えるのは無理だ。

 しかし、お前には教えられないなんて言葉を吐くこともできない。

 いい感じに流せる言葉を——そうだ。


「あれは……鬼ジョークだよ」


 思いついたまま、口に出す。

 しかし、それが悪かった。


 白井の目が俺の心を貫く。

 目からビームが放たれているのではないか。

 そう思うほどに俺のメンタルが抉られた。


 その目はやめてくれ。

 俺に効く。


「鬼のヌシのことは、聞かなかったことにしてあげる。糸瀬くんも下手なこと言わない方がいいよ」


「えっと、分かった——?」


 一瞬意味がわからなかったが、口裏を合わせてくれるということだと一拍遅れて気づく。

 白井の提案はすごく助かる。

 確かにこの情報が封印師に漏れたら、ろくな目に合わないのは分かりきっている。


 とはいえ、俺が口を滑らしそうで怖い。


 調査報告は無駄に長いから言わなくていいことも言ってしまうのだ。

 屋敷の時も危ない場面がいくつかあった。


 それがまた起こると思えば、気が重くなる。


 ……早く家に帰りたいな。

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