怪異の世界に閉じ込められた一般人、禁忌を犯す〜本職より強くなってしまって気まずい〜

真田キツツキ

不幸な一般人

「こんなの、聞いてねぇよ!」


「マジで出るじゃねぇか!」


「逃げろ逃げろ!!」


 とある高時給のアルバイトに応募した仲間たちが悲鳴を上げながら走るのを後ろから見る。

 その姿は段々と遠ざかっていく。

 俺はもう無理だ。

 右足がマトモに動かない。

 根性で走ってるけど、痛みを通り越して足の感覚が鈍くなっている。


「出口だ!」


 誰かが叫ぶ。

 それに他三人は喜びの声を上げて、入り口の扉に駆け込む。

 その時、俺は扉から百メートルほど離れた位置にいた。足が壊れた俺が間に合うとは思えない。


 扉の隙間から一瞬だけ視線が合った。

 三人は申し訳なさそうに表情を曇らせ、その内の一人が「悪いな」とだけ言って扉を閉めた。


 たまたま同じアルバイトに辿り着いただけの縁だ。俺に情をかける理由がない。

 こうなるのは分かっていた。


「くそがああぁぁぁ!!」


 それでも、叫ばずにはいられなかった。

 後ろから迫る化け物を睨む。

 歩く白骨死体。

 ソレはゆっくりと、しかし確実に近づいている。


 出口に着く前には捕まってしまうだろう。

 捕まったら最後、どうなるか分からない。

 戦って勝つのは不可能だ。

 俺の足もあいつにやられた。

 突然現れた骸骨に驚いて右足の骨を蹴り飛ばしたら、俺の足も同時に破裂した。

 おそらく、攻撃された部位のダメージを相手にそのまま与える能力でもあるのだろう。

 はは、意味が分からない。

 あの白骨死体は見た目通り脆いから下手に触れたら崩れてしまう。

 もし首の骨を折れば、それだけで俺は死んでしまう。

 勝つ方法なんてない。

 そんな理不尽な相手だ。


 右手で壁を支えにしながら歩く。

 少しの痛みは許容して、体を無理矢理動かす。

 だが、少しずつ恐怖は近づく。


 俺にはそれが耐えられなかった。

 出口を目指すのは諦め、化け物から逃げることを優先する。

 廊下の右側にあった扉に入り、その後幾つもの部屋を経由して逃げた。どうか、あの化け物が自分を見失うことを願って。

 5つ目の部屋に来たあたりで止まる。

 骨のぶつかり合う音が、独特な足跡が聞こえない。

 逃げ切った。

 喜びと安心が溢れ、緊張の糸が切れる。

 同時に、アドレナリンが効かなくなった右足に燃えるような痛みが走る。


「……がぁっ!」


 出てきそうだった悲鳴を噛み殺す。

 それでも、少しは声が漏れる。

 汗が肌着を濡らし、不快感を増幅する。


 同時に後悔する。

 これでもう帰り方は分からない。

 白骨死体がどこにいるのかも知る術はない。

 少しでも安心を得ようと、部屋にあった物で扉を封鎖する。

 壁を背もたれにして座り込む。


 息が荒い。

 汗が止まらない。

 心臓の鼓動が激しい。


 全てが不快だ。

 このアルバイトに応募したことも、今となっては後悔しかない。

 クラスメイトに勧められて、好条件に目を引かれて頷いた過去の俺を殴りたい。

 世の中都合のいいことは全て嘘だ。


 信じられる物なんて、何も無いんだ。



 ——七日後。

 ここでの生活にも慣れてきた。

 相変わらず化け物に怯えながら暮らしているけど、食べ物に関しては困らなくなった。

 最初は酷かった。

 何度死にかけたことか。


 腹が減って、仕方なく屋敷に放置されていたリンゴに齧り付いたことがある。

 俺はその選択を今でも後悔している。

 食べた瞬間から目眩に襲われ、血を吐くような状態がしばらく続いた。


 俺はそれから屋敷にある食べ物には手を付けないようにしている。

 どれだけ美味しそうに見えても全部毒だ。

 騙されてはいけない。


 しかし、何も食べなければ腹が膨れることはない。妥協案として、一見不味そうな化け物を試すことにした。屋敷に大量に存在する虫だ。


 最初は少量を舌に乗せるなどしていたが、空腹に耐えられずそのまま口に入れた。

 結果、毒々しい見た目とは裏腹に、食べてもお腹を壊すことはなかった。

 それどころか、体の状態がみるみる良くなっていくのが自分でも分かった。

 痛みでおかしくなりそうだった右足の怪我も少しはマシになった。

 まだまだ万全ではないけど、痛みは減った。

 この調子でいけば屋敷を出ることもできそうだ。これも全ては化け物を食べたおかげ。


 これからも、化け物を食って生きよう。



 ——三十日後。

 今回のアルバイト【呪われた屋敷の調査】用に渡されていたレポート用紙に、正の字で日にちを書き始めて三十日が経った。

 まだ出口は見つからない。

 白骨死体から逃げる際に部屋間をテキトーに移動したけど、ある程度の方向は覚えている。

 それなのに、あの出口に辿り着かない。

 廊下に出ることすらできない。

 こうなれば、屋敷の更に奥に行くしかない。

 まだ探してないのは屋敷の奥だけだ。

 化け物を食べて足はほぼ復活した。

 この状態なら、最悪でも化け物から逃げることはできる。


 覚悟を決めよう。


 ——三ヶ月後。

 まだ、出口が見つからない。

 この日数が正しいのかすら、分からなくなってきた。

 この屋敷には昼夜の概念がない。

 唯一変化を目視できるのは時計の針のみ。

 ダイニングルームに飾られた古めかしい時計は、一定のリズムで時間を刻んでいる。

 しかし、そのリズムが段々と早くなっているように感じる。

 俺の気のせいだと信じたい。

 気を紛らわせるために、今日手に入れた化け物を机に載せる。

 どう頑張っても美味しそうには見えない。

 というか、食べ物に見えない。


 お皿に乗るのは食べやすいように切り分けられた黒い影。

 その一つを口に含む。

 すると、肉の旨みが口に広がる。

 噛めば噛むほど旨みが溢れる。


 まるでビーフジャーキーだ。

 濃い味付けがクセになる。

 そんな化け物。


 俺はこの化け物を食べることに喜びを感じた。

 それからというもの、屋敷の中で不自然に揺らぐ影を見つけたら、ダイニングルームにあるナイフで根本から切り取るようにしている。

 単純に美味しいからだ。

 大して強くないのに、屋敷にいる化け物の中で一番美味しい。

 なんてコスパがいいのだろうか。

 影を食べてからしばらくすると自分の影が動かせるようになったが、そんなことすら気にならないコスパの良さだ。



 ——五ヶ月後。

 美味しい化け物ランキングが更新された。

 現在、堂々の一位に輝いているのは化け物の卵だ。


 屋敷の奥の方へ進むと、異様に警備の厚い部屋があった。

 そこに何かあると思って押し入ると、無数の卵が転がっていた。

 大中小さまざまなサイズがあり、その一つを割って口に入れると濃厚な甘味を感じた。


 これまでの卵が安物に思える高級な味わい。

 それの虜になって、部屋の卵を食い漁った。

 満腹になる頃には残りの卵をここに置いておくのは勿体無いと思い、10個ほどポケットに入れたりしてダイニングルームに持って帰った。


 ダイニングルームには調理器具がある。

 それを使って茹で卵を作ることにした。

 まず、鍋に水を入れる。

 暴れる酒瓶に入っていた水だ。

 この屋敷ではよく酒瓶が空を飛んでいるのだが、その中身が水という変な化け物の一種である。

 とりあえず、その水を鍋に入れて鍋の下から火を当てる。

 この火は下を通ると落ちてくるシャンデリアの化け物を食べて手に入れた能力だ。

 かなり便利で重宝している。


 沸騰したお湯に卵を入れて、しばらく待つ。

 八分が経ったあたりでお湯から出し、お皿に移す。ゆで卵の完成だ。

 殻を剥いて食べると、懐かしい感覚に襲われた。

 マヨネーズが欲しい。塩が欲しい。

 外に出たい。


 その気持ちを封印するために、部屋の隅に置いていた酒を出す。

 暴れる酒瓶にごく稀に入っている正真正銘の酒だ。

 卵の強烈な味を酒で押し流す。

 それを繰り返した。



 ——七ヶ月後。

 俺を屋敷に閉じ込めた張本人の白骨死体を発見した……バラバラの死体の状態で。


 階段で骨がバラバラになっているのを踏んでしまい、それでようやく気づいた。


 白骨死体は与えたダメージがそのまま返ってくるという面倒な特性を持っているが、死んだ後は無効のようだ。

 思いっきり骨を粉々にしたのに、体のどこにも異変はなかった。


 それにしても、なぜ階段でバラバラになっていたのだろうか。

 階段を踏み外して落ちたとか?

 はは、まさかな。


 ちなみに味は安物のラスクみたいだった。



 ——十ヶ月後。

 白骨死体を発見した階段を使って二階へ上がった。

 一階より二階の方が全体的に化け物が強力で手を焼いた。

 しかし、その分味は良くなり、化け物を積極的に倒すようになった。

 二階にも一階と同じで卵の部屋があり、以前と同じように食い漁って何個か卵を持って帰った。


 卵は放っておいたら勝手に増える。

 それを知った俺は、週に四回ほど食べに行っている。

 だが、数には限りがある。

 そんな状況で卵の収穫場が増えるのは素直に嬉しい。

 卵は放置したら化け物が生まれ、俺の脅威になるから殺すのにも抵抗がない。


 それに、卵を食べるとランダムで能力が手に入るというのは大きい。やはり、最初の推測通り色々な種類の化け物の卵だったのだろう。

 卵を食べると、将来その化け物が手に入れるはずだった能力を俺が手に入れる。なんて都合のいい存在なのだろうか。


 手に入れた能力で一番有用だと思ったのは自動回復だ。

 傷を負えば勝手に治してくれる。とても便利だ。

 俺は素手で戦うからどうしても怪我が多くなる。これまでは化け物を食べて回復していたけど、かなりの量が必要で大変だった。

 それが無くなると思うと嬉しくて涙が出そうだ。


 戦闘中でも使い勝手が良いから嬉しさが倍増である。細かい傷なら数秒、骨折なら数十秒、部位欠損でも数分で治った。

 さすがに部位欠損が治ったのは驚いた。

 くっつける感じではなくて、新たに生えてきて化け物よりグロかった。

 俺、化け物より化け物をしているんじゃね? という疑問が湧いたけど無視した。

 欠損した部位がまだ原型を留めていたらそれを繋げることもできる。

 この場合は一分も経たずに治った。


 この力のおかげで屋敷の攻略は進み、三階への階段を見つけた。

 そろそろ外に出れるのではないか。

 そんな期待が芽生えた。



 ——十一ヶ月後。

 三階で書斎のような部屋を見つけた。

 そして、その書斎にも例外なく化け物がいた。

 本棚から一冊古びた赤い本を取り出し、広げると紙が口を模して襲ってきた。

 首を狙った攻撃を避けきれず、右肩の一部を食われてしまう。

 だが、その程度の怪我なら痛みを我慢して動ける。

 本の両端を持って引きちぎる。

 多少の抵抗はあったけど、強くなった腕力で無理矢理突破する。


 俺はこの屋敷で学んだ。

 多少のことなら腕力でどうにかなると。


 他にも同じような化け物がいないか探す。

 これくらいの化け物なら食料としてちょうど良い。あと二体くらい確保しておきたい。


「……日記?」


 本棚を漁っていると、屋敷の主らしき人物の日記を見つけた。

 少し読んでみる。


『鬼のヌシを捕らえた。これで鬼の領域は私のものだ。これで百年の悲願が叶う。しかし、やけに鬼のヌシが大人しい。あの鎖は確かに強力だが、鬼のヌシを完全に封じる力は無いはずだ。何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。怪異の考えは分からない』


「鬼のヌシ?」


 頻繁に出てくる単語だからかなり重要なはずだけど、屋敷に出る化け物の中には鬼のような姿をした奴はいなかった。

 怪異と言っているから化け物のことだろうけど……単純に鬼のボスとか?


 続きが気になり、ページを捲る。


『鬼の領域に行ったが、鬼たちの抵抗により領域の支配が中途半端に終わってしまった。抵抗する鬼たちを殺すにしても、数が多すぎる。時間が経ち、数が減るのを待つしかないか。ヌシのいない領域なんて、他の怪異からしたら絶好の狩場だろうからそう長くはないはずだ。その間、鬼のヌシを虐めて時間を潰すとしよう。これまで散々苦しめられた鬱憤を晴らしてやる。地下室だから外にバレることもない。封印師の連中が気づく頃には私が鬼のヌシだ』


 屋敷で化け物が溢れ好き勝手している現状を見るに、この日記の主の思惑通りにはいかなかったのだろう。


 それにしても、地下室があるのか。

 さらに上を目指すよりは一旦地下室で確認した方がいいだろう。


 ……一応報告すると、本はスルメイカのような味がした。



 ——十二ヶ月後。

 地下室で鬼を見つけた。

 頭に二本のツノが生えた、正真正銘の化け物だ。


「貴様に、ヌシの権利をやる」


 息を絶え絶えに鬼は言った。

 もう死にかけだ。


 俺が何もしなくても、じきに死ぬだろう。

 だから、会話することにした。


「この屋敷はお前がやったのか?」


「ああ、あの男ごと呪ってやった」


 ニヤリと笑う。

 鎖に縛られた現在でも、圧倒的な威圧感に思わず後ずさる。

 それでも、これまで沢山の化け物を倒してきた自負を胸に踏みとどまる。


「呪いというのは?」


「饗食の呪いさ。この屋敷のモノは全て怪異になる。情けない骸骨がいただろう? あれがオレを捕らえた男の末路だ」


 俺をここに閉じ込めた白骨死体のことか。

 俺もアイツには恨みがある。

 この鬼とは気が合いそうだ。


「その呪いは俺にも適応されているのか?」


「少しだけな。もう呪いも弱まっている。かれこれ千年の呪いだからな」


「千年?」


「屋敷の外と中では時間の流れが違う。屋敷の中は時空が歪んでいてな、時間の流れが不安定になっている。オレが外にいた時は明治とかそんな時代だったか」


 明治時代なら、千年も時は流れてはいない。

 時間の流れが違うというのは本当のようだ。

 しかし、それでも百年は昔のことである。


 俺が外に出たとき外はどのような状況なのか、不安になる。


「オレはもう生きるのに疲れた。鬼のヌシをお前に譲ってさっさと死ぬ。あとは頼んだぞ」


 鬼は指を俺の胸に突き刺す。

 十分な距離離れていたというのに、鎖に縛られた状態で俺の所まで届いた。

 避けられなかった。

 残像が見えたというだけ。

 鬼の残像は消え、胸に痛みだけが残った。


 壁に亀裂が入り、音を立てて屋敷が崩れる。

 まるで幻だったかのように、景色が変わった。


 最初に見えたのは赤い空と青い海。

 屋敷があったのは、海の近くで自然が豊かな場所だった。

 俺は屋敷を出ることができたのだ。

 静かに喜びを噛み締める。


 しかし、嫌な現実にも直面する。

 目に入るローブの集団。


 俺の非現実は終わっていないようだ。

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