まずは血を与える

「私が、蓮さんを食べるということですか?」


 花蓮は俺の言葉をそのまま繰り返す。


「その通りです。俺としては、あのカニを食べるより俺を食べて欲しいと思ってます」


 俺は肯定で返した。


「すみません……ちょっと、何言ってるか分からないです」


 花蓮は困ったような表情を浮かべる。

 実際、困っているのだろう。

 確かに奇想天外な提案かもしれない。

 しかし、これはよく考えての提案である。


「花蓮ちゃんは多分、自分を襲って来た怪異を食べるのに抵抗があると思うんです。だから、俺を食べるのは大丈夫だと思ったんですけど、無理そうですか?」


「はい、蓮さんを食べる方が余計無理です」


 花蓮は真顔で言った。

 ちょっとショックだ。


「多分、あいつを食べるより俺を食べる方が強くなれますよ」


 そうやって甘い言葉を囁いても、花蓮から良い反応は返ってこない。


「俺って、そんなに不味そうですか?」


 屋敷にいた時は涎垂らして俺を襲ってくる怪異がいたから、勝手に美味しそうなのかと思っていたんだけどな。

 そういえば、最後あたりは屋敷でも避けられていた気がする。

 俺が気づかなかっただけで、その時には既に不味そうだったのだろうか。


「美味しそうとか不味そうとか、それ以前の問題です。私には人間を食べた経験がないので、判断がつかないんです」


「なるほど」


 イメージとしては、新商品に手を出すのに躊躇う感じか。


「それなら、俺の肉をかじってみます? 試食的な感じで」


「嫌ですけど」


 俺の提案は即座に拒否された。


「それじゃあ、あのカニを食べてもらうことにしますか……すごく嫌ですけど」


 嫌そうな態度を前面に押し出す。

 そんな俺の様子を見て、花蓮はどこか引いた様子で聞いてきた。


「なんでそこまでして私に自分を食べさせたいのですか。まさか……そういう趣味、とか?」


 遠慮がちに聞いてくる。

 ちょっと本気で思ってそうなのが凄く嫌だ。


「人を変態みたいに言うのはやめてください。単にあのカニを独り占めしたかっただけです。ただの食い意地ですよ」


 それが理由の全てではないが、嘘はついていない。

 滅多にない貴重なヌシを食べる機会だから独り占めをしたかったという気持ちはある。


「なるほど、確かにアレは蓮さんが仕留めた獲物ですし、私が食べるのはおかしいですね」


「ああ、いや、花蓮ちゃんも一撃入れていたので、食べる権利はあると思いますよ」


 食べて欲しくないけど、という言葉は心の内で留める。


「そんなことはありません!」


 花蓮は想像よりも強く否定した。


「私はあの戦いで何もできなかった。だから、強くなりたいと願ったんです……」


 花蓮は悲壮な、それでいて必死な表情を見せる。


「それなら、好き嫌いしている場合じゃないですね」


 俺は背中を押すような言葉をかける。


「そうですよね……分かりました。蓮さんを食べさせていただきます」


 俺は花蓮には見えないように小さくガッツポーズをした。


 実は花蓮に自分を食べさせたかったのは食い意地だけが理由ではない。

 花蓮が俺を食べたらどうなるのか。

 そして、その先にあるのは栄光か破滅か。

 それが見たくなったのだ。


 とはいえ、焦ってはいけない。

 物事には順序があるのだ。


「まずは、お試しに俺の血を飲んでみてください」


 持っていた邪気丸で右の手のひらを軽く切る——つもりだったけど、思ったよりもバッサリといってしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 それを見た花蓮はこの慌てようだ。

 地面に血溜まりができそうなくらい血が溢れて止まらない。


「大丈夫ですよ。どうせ治るので、早く飲んじゃってください」


「え? は、はい。分かりました」


 花蓮は促されるままに自分の指に血を付け、その指をそっと舐めた。


「……美味しい」


 ぼそっとそう呟き、今度は俺の手から滴る血を飲もうと膝をつく。

 餌を乞う犬にも見えなくはない姿で、花蓮は血を口に含みごくりと喉を鳴らした。

 

 彼女はふうと熱い吐息を吐く。

 よく見ると、顔がいつもより赤い。

 いつもとは違う雰囲気に、俺は思わず尋ねた。


「花蓮ちゃん、どうし——」


「もっと、もっと欲しいです」


 花蓮は俺の手に顔を近づけて必死に血を舐める。手を離さないとばかりに強く引き寄せ、手のひらでちろちろと舌を動かす。

 その姿はまさに犬のようだった。


 俺は呆気に取られ、ただ花蓮を眺めるだけになった。


 手のひらの血を一滴も残さず、全て舐め終わった花蓮は満足そうな表情になる。


「ごちそうさまです」


 花蓮の綺麗な黒い瞳が俺に向けられる。

 その瞳は少し濡れていて、色っぽく見えた。

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