第16話 邂逅、水の守り人

「なんで、ここに」


 静かすぎる水の神殿で、フランの声が響く。

 つい先刻、あのギルドで別れた彼女が何故ここにいる?

 少女が駆け寄ろうと、一歩踏み出す。だが、その動きを手で制したのは傍にいた女性だった。

 自分達より少し年上か、白を基調とした衣装は床の青色と水面の光を受けて淡い水色に輝いている。水色の長い髪が背中に流れ、深い青の髪飾りがしゃなりと音を立てた。

 人形のように整った顔立ちに、思わずフランは息を飲んだ。

綺麗な顔立ち、というのもあったが誰かに似ているような気がする。

 彼女は何も言わずにすっと手を前に出した。それだけで、フランとソーマを抱えた人形達は二人を床に下ろし、そのまま跡形もなく消え失せてしまった。


「え?」


 ちゃぷん、と水に沈む音が足元に立つ。

隣に下ろされたソーマは変わらず意識が無い。ただ呼吸は荒いまま。

 一体全体何が起こっているのか、ここはそもそもどこなのか、フランにはわからないことだらけであった。

 そのまま、女性が一歩静かに踏み出す。

 武器も何も無いけれども、フランはソーマを庇うように前に出た。今はそれしか出来ない。

 その様子を一瞥した彼女は口を開く。


「安心して。貴方達に危害を加えるつもりは無いわ」


 涼やかに澄んだ声だった。


「どういう、意味·······?」


 訝しげに問うフランに彼女は答えなかった。水底のような静かな目を一度、彼女の背後──床に横たわるソーマへ向けてから、自身の背後にある青い水晶と少女へと視線を向けた。

 青い光を放ちながら鎮座する水晶。だが微かに濁った何かが中で蠢いているのが彼女の目に映る。


「まだ.......そのときではありません」


「少なくとも、今は」


 何故、自分がここに連れてこられたのか。

 少女はまるで分からなかった。


 少し時は遡る。

 あの時、ハイルの姿に化けた青年に突然連れ去られ、気がついたらこの空間に辿り着いていた。神秘的な雰囲気を漂わせる女性と、祭壇に祀られた青い光を放つ巨大な水晶が鎮座する空間に。


「気分は悪くないですか?」


 青年が彼女の顔を覗き込んで尋ねる。

 少女が首を横に振ると、青年はそうですか、と頷いて視線を前へと向ける。女性と水晶がある方に。


「彼女をお連れしましたよ。ミトラさん」


 青年の言葉にミトラと呼ばれた女性は視線を少女に向けた。

長い髪が揺れ、髪飾りが音を立てる。湖面を思わせるような瞳が少女を捉える。

その顔立ちは、少女にとってどこか既視感を覚えるものだった。だが、それが形となる前に凛とした声が彼女を現実に引き戻した。


「突然この場へとお招きした非礼をお許しください。水の神殿へようこそ。星の姫」


―――星の姫


 昔おとぎ話で聞いた言葉を、【あの時】言われた言葉を、何故、目の前の女性は自分をそう呼んだのか。戸惑いながらも少女は、彼女におそるおそる尋ねた。


「あなた、は」


「私はアクナディアの水のクリスタルを守護する巫女。名をミトラと申します」


 ゆっくりと顔をあげた後、彼女は瞳を開く。


「貴女に、未来を伝える者です」


「未来······?」


 少女の言葉に、巫女─ミトラは短く頷く。

未来。たった3文字の言葉なのに何故か、酷く重く少女の胸にのしかかった。


「未来······いえ、運命さだめとも言うべきかもしれない」


 青色の水晶を見つめながらミトラは呟く。


「貴女が、星の姫が持つ運命を」


少女はひくり、と喉を詰まらせ、身体を強ばらせた。


──アクナディアに、友人に会う。


 それだけのはずだったのだ。それが今、水の巫女の言葉と纏う空気が重さを伴って言い知れぬ不安と共に襲いかかる。

 無意識に少女は胸元にあるペンダントを強く握りしめる。指先に伝わる金属の冷たさがこれは現実なのだと少女に突きつけていた。


 未来、自分の運命とはどういうことなのか。

 何故自分は星の姫と呼ばれるのか。


 問いは次々に浮かぶ。けれども胸になにか詰まったように上手く息が吸えない。

部屋に流れる水の音だけが満ちる。

 そんな中、遠くで水をかき分けるような音が聞こえてきた。水の音に混じって高い声が聞こえてくる。


「この、声·····」


 少女にとって聞き覚えのある声だった。ただその声の主がここにいるわけがない。

いつの間にか、眼鏡の青年が姿を消していたが少女は気にもとめなかった。

 何かが水の床を踏みしめる音が、時折泡が弾ける音も少女達がいる部屋に近づいてくる。やがて、重厚な扉が音を立てて開かれた。


「フランさん?!」


少女は驚き、声をあげた。

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