孤児院のニューフェイス 6
「なんだよチビ。ペット連れか?」
その声は、まだ声変わりしきっていない、少し高めの声。でも、その声色には、棘みたいなものが、たくさん。
「ここは楽な場所じゃねえぞ。すぐに泣き言を言うんじゃねえぞ」
うわー、出た! 年長者の洗礼! 異世界ファンタジー小説で1000回は見たやつ!(ちょっと誇張)
新入りに厳しく当たって、自分の優位性を示そうとする、思春期特有のアレだ!
コロが、私の足元で小さく「グルル……」と威嚇の声を漏らす。
「うお! なんだこいつ! しっかり躾けとけよ!」
リックが少しビビってる!
ダメだよコロ、ここで喧嘩しちゃ。相手はまだ子供なんだから。
私の脳内では、リックへのいくつかの対応策がシミュレーションされる。
パターンA:「なによ! あんただって犬にビビッて大したことないじゃない!」と強気で言い返す。→ 結果:泥沼の喧嘩に発展。面倒くさい。却下。
パターンB:「ごめんなさい……」としおらしく謝る。→ 結果:なめられて、今後パシリにされる可能性大。却下。
パターンC:無視。→ 結果:一番相手を怒らせるやつ。論外。
……ふむ。この子の目的は、私を威嚇してマウントを取ること。つまり、こっちが戦う意思を見せなければ、彼の目的は達成されないわけだ。
よし、決めた。ここは、変化球でいこう。
私は彼の敵意を柳のように受け流し、にこっと満面の笑みを浮かべてみせた。
「うん、わかった。よろしくね、リックお兄ちゃん」
「……は?」
リックは、鳩が豆鉄砲を食らったような、というか、スライムに会心の一撃を食わしたつもりが「きゅうしょにあたった!」って表示された時みたいな、そんな間の抜けた顔をする。
うんうん、その顔が見たかった!
「……だ、誰がお兄ちゃんだ!」
リックは、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。お、意外と照れ屋さん? 可愛いところあるじゃん。
よし、最初の接触は上々だ。
満足して頷くと、マーサさんに案内された部屋へと向かう。子供たちの寝室らしい。
案内された部屋は、私の想像をさらに下回るクオリティ。
ガランとした板張りの部屋に、二段ベッドが三つ、壁際に寄せられるようにして置かれている。つまり、六人分の寝床。私が加われば、ちょうど満員だ。
部屋の広さ自体はそこそこあるのに、ベッド以外の家具が何もないせいで、よけいに寒々しく見える。
そして問題は、そのベッドの状態だ。
シーツは、どう見ても長年交換されていません、という感じの薄汚れた灰色。枕なんて、もはや「布に包まれた何か」としか言いようがないくらいぺしゃんこ。
うわぁ……。これ、絶対にダニとかいるでしょ……。前世なら速攻でバルサン焚いてるレベルだよ。
マーサさんは、そんな私の内心を知る由もなく、空いている一番手前のベッドを指差す。
「あんたはここを使いな。シーツは……まあ、我慢しな」
我慢。
その一言が、この孤児院の全てを物語っている気がする。
そして、部屋に充満するカビ臭い匂い。これはキツイ。森の澄んだ空気が恋しい……。
その日の夕食は、さらに私に衝撃を与える!
食卓に並んだのは、木のボウルになみなみと注がれた、茶色い液体。
マーサさんはこれを「スープ」と呼んでいたけど、私の知ってるスープとは似ても似つかない代物。具は、申し訳程度に浮かんだ野菜の切れ端が数個だけ。味は、お湯に塩を溶かしただけみたいな、なんとも言えない味。
そして、主食は鳥の餌かと思うほど硬い黒パン。これ、歯が折れるんじゃない?
目の前に置かれた食事と、森で食べたカップ麺やレトルトカレーを脳内で比較してみる。
いや、比較するまでもない。圧勝だ! 森のキャンプ生活の、圧勝だ!
ふと、エミリーに視線を向けると、彼女はスープを数口飲んだだけで、ほとんど手をつけていない黒パンを、ただじっと見つめている。体が弱くて、こんな硬いパンは食べられないのかもしれない。
そんな彼女の足元に、コロがそっと寄り添い、心配そうに顔を覗き込んでいる。エミリーは、そのもふもふの背中を、おそるおそる、本当に小さな力で撫でている。
これは……私の快適なスローライフの基準を、著しく下回っている!
違う、違うんだ。私が求めていたのは、こんなサバイバル生活じゃない!
美味しいご飯を食べて、ふかふかのベッドで寝て、可愛いペットともふもふする。それが私の理想なんだ!
そして、あの子にも、もっと栄養のあるものを食べさせてあげたい。
このままじゃ、ダメだ! 私の安眠のため! そして、美味しいご飯を食べるため! この孤児院、断固として改革せねばならない!
私の心に、メラメラと改革の炎が燃え上がる!
それは、世界のためでも、子供たちのためでもない。
全ては、私自身の快適な生活のため!
待ってろよ、貧困! 待ってろよ、不衛生!
元OLの生活改善スキルと、神様からもらったチート能力で、この孤児院をピッカピカの快適空間に変えてやる!
……と、心の中で高らかに宣戦布告したのはいいものの。
その日の夜、私は一つの重大な問題に直面していた。
お腹が、空いたのだ。
いや、夕食は食べた。食べたけど、あの塩水スープと硬い黒パンでは、私の胃袋は「え、今ので終わり? 前菜ですよね?」と首を傾げている。
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