第3話 吸血怪人

「アンタは……高本さん⁉その手に持ってるのは…!」


 高本転職支援の入り口ドアが開き、社長である高本冴子たかもとさえこが出てきた。

 それだけならいいが、その当人は生気を感じない白い色をしていてその体は対称に赤い血で濡れている。彼女自身のものか、それとも右手に持ってる生首のものか。


「ねっころ、お前が暴れてたのはこういう訳か」


 ゲージの持ち手を掴む手に力を入れると、周囲の状況を確認。10階建てのビルでここは6階、窓は俺から見て右手側に連なっていた。

 前は高本さん、後ろは名も知らぬOLとその他複数。逃げ道があるとするなら窓しかない。


「ドッキリ…てことはないよな。さっきから嫌な臭いがするしな」


 正直、6階くらいなら飛び降りても問題はない。

 だかその後をどうするかが問題だった。割れた窓から俺を追ってコイツらが外に出ることは?その可能性を考えると不用意な行動は憚られた。


 ならばこの後の行動は決まっている。

 背中に下げているケースの封を開けて中身を取り出す。中身は鋼鉄で出来た棒だ、棍棒…鋼鉄棍だ。


 高本さんも後ろのOL達も俺を襲う気満々の様子で向かってくる。後ろに行くか前に行くか…ここで俺は前を選んだ。


「知ってる顔を殴るのはいい気分じゃないけど…悪く思わないでくれよ。これもねっころのためってことで!」


 棍棒で高本さんを突き飛ばしてドアの前から退かせる。その隙に部屋の中に入って鍵を閉め、近くにあった棚を倒してバリケードを作った。


「これで入ってこれねぇだろ。……さて」


 部屋を見渡すと酷い有様だ。書類は散らばってアチコチに血痕が飛び散っている。そして真ん中に転がっている首なし死体。首は高本さんが持っていたアレだろうか。


「これからどうするか……ビルの中にいる奴ら全員があの状態なのか?正気のやつはいないのか?そもそもどうしてこのビルだけで被害が止まっている?」


 このビルの人間が全員血の気が薄く、カニバリズムの趣味がある…なんてことは考えられなかった。これは間違いなく魔法犯罪だ。


「あぁあ……意外と血気盛んなのもいるじゃないか」


「っ!」


 いつからそこにいたのかは分からない。

 だが部屋に設置されたソファにソイツは腰かけていた。

 鱗のようでそれでいて硬質なのが傍目から分かる皮膚に両手から伸びる鋭利なかぎ爪。そしてどこを見ているのかハッキリしない瞳孔のない瞳をした怪人が座っていた。


「その棍棒?護身用か?それともアンタ、魔法使かい?」


「前者は正解。後者は不正解だ」


「そうか。魔法使じゃないのか……じゃあ遠慮なく殺せるなァ!」


 向かってくるかぎ爪を棍棒で受け止めるが、思ったよりも力が強かった。弾き返すことが出来ずに壁際まで追いつめられてしまう。


「やるなぁ。今日の来客予定はそこで転がってる奴と猫を引き渡す探偵だけのはずだが…お前がその探偵か。やっぱりこういう平和じゃない現場も多いのか?」


「さぁね…!」


「まぁいい。しばらくは遊ばせてもらうからなぁ…!」


 怪人の言い方に違和感を覚えて上を見ると、二本の牙が浮かんでいた。それだけで危機を察知できた。

 このままではマズい。腰を落として棍棒を手放し、怪人の股を潜って脱出してソファのテーブルの上にあったファイルの束を取る。


「ちっ!」


 ファイルの束を前に掲げたその瞬間、牙がそのファイルを突き刺す。間一髪だ、もしこれがなければ牙は俺の体を突き刺していただろう。


「ほう、考えるな。いいか?これからお前の血を吸い取って、代わりに俺の血を少しだけ分けてやる。つまり眷属になるってやつだ!」


「血を、吸い取る?まさかここにいる人たち全員、お前の眷属になったっていうのか?」


 偶然にもつい数十分前に似たようなことを聞いた。いや、似たようなというか、話に出てきたのがコイツだったのだ。


「お前、ジャンボ石松か?」


「あぁん?いつ名乗ったかな?やっぱりお前、警察の関係者だったりするのか?」


「そいつはつまり、イエスってことでいいんだな?」


「そういうことだ。がしかし!呑気に喋ってていいのか?俺の牙はいつでも、お前を狙ってるんだぜ⁈」


 怪人…いいやジャンボ石松が指さしたのは俺の上。さっきの攻撃から推測するに俺の後方に浮遊する牙が出現しているんだろう。

 だが、あの程度なら問題ない。俺の鎧を貫通することは出来ない。


「……あぁ?血を吸えない?いやこの感触は人肌じゃないな」


 牙は俺のうなじ目掛けて突撃してきた。だがその先端が肌に食い込むことはなかった。

 牙を妨げているのはうなじを覆うように広がっている黒い液体。俺の右手の人差し指に嵌められた指輪から伸びているその液体は数秒も時間をかけずに全身を包み、鎧を形成した。


「て、テメェ…!一体何者だ⁉」


FAフルアーマー。仮称だがもうこれで浸透してるよ…これでお前の牙は効かない。そのかぎ爪はこの鎧を砕けるかな?」


「イキがるなぁ‼」


 さっきと変わらない動きで迫ってくるかぎ爪を掴んで受け止めると徐々に力を込めていく。


「くっ、!放せェ…!」


 ミシミシとヒビが入っていくかぎ爪を引っ込めようと足掻く怪人の顔面に左手の拳を叩き込む。

 パンチの衝撃で後ろに吹っ飛ぶ体に引っ張られる形で左のかぎ爪が引き千切られる。


「痛ってええぇぇぇ⁉」


「大人しく降参しろ。もう片方も引き抜かれたくないだろ?」


 ヒビが入って崩壊寸前のかぎ爪を放り捨てて怪人を見据える。これで戦意を喪失してくれればよかったのだが、そう上手くはいかないらしい。


 ヨロヨロと立ち上がった怪人は低い唸り声を上げながら左手をワキワキと動かす。何事かと思えば、引き抜いたはずのかぎ爪が一瞬で生えてきた。


「テメェ…探偵とか言ったな。お前のおかげでこの身体の感覚をより深く掴んだ気がするぜ。よぉし決めた!次はお前をぶっ殺す!とりあえず今日は、コイツらと遊んでもらうぜェ!」


 仰々しく両手を上に掲げると、何やら外が騒がしくなった。ドンドンドン!とドアが激しく叩かれている。

 もしかしなくとも怪人が何をしたのだと直感して、そっちに向き直るとすでにそこには誰もいない。

 直後、ドアが破壊されバリゲートにしていた棚もあっという間に突破されてしまう。


「チッ、仕方ない!」


 棍棒とゲージを回収すると怪人が出入りしたであろう窓から外へ脱出する。その際に窓を閉めておくと、やはり奴らは窓からコチラを見るだけでそれ以上の行動は起こさない。

 一旦は終わりということだ。


 体を覆っていた液体金属を指輪に戻してさっき好感しておいたエルの電話番号にかけてみると、数コールで向こうが応答した。


「俺だ」


『何かあった?』


「ジャンボ石松が現れたぞ」

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