第8話
「タクミ君、次は世界よ」
神宮寺社長は、地球儀を回しながらそう宣言した。
どうやら、俺の活動範囲はいよいよ国内に留まらないらしい。
「海外の大手VTuberチーム『スターライト』との合同演習を組んだわ。彼らは実力至上主義の精鋭部隊よ」
「演習、ですか」
俺はヘルメットを被り直しながら頷いた。
演習と言えば、防災訓練や避難訓練のことだろう。
言葉の壁はあれど、安全に対する意識は万国共通だ。海外の進んだ安全管理ノウハウを学ぶいい機会かもしれない。
「わかりました。日本の裏方として、恥ずかしくない動きを見せてきます」
「ええ、期待してるわ。(……あっちのプライドをへし折ってやりなさい)」
社長の最後の呟きは、よく聞こえなかった。
◇
今回の演習舞台は、特設ダンジョン『天空の回廊』。
雲海の上に浮かぶ島々を渡り歩く、高難易度のフィールドだ。
配信が始まると同時に、コメント欄には英語やスペイン語、中国語が飛び交い始めた。
同接数は開始早々から150万人を突破。世界中の注目度の高さが伺える。
「Hello, everyone! This is Arthur!」
カメラの前に現れたのは、金髪碧眼のイケメン騎士。
世界最強チーム『スターライト』のリーダー、アーサーだ。
全身を輝く白銀の鎧で包み、背には聖剣エクスカリバー(レプリカかもしれない)を背負っている。
彼は俺の方をチラリと見ると、鼻で笑った。
「So, you are the rumored "Cleaning Man"? Don't drag us down, okay?(へぇ、君が噂の"清掃員"か? 俺たちの足手まといになるなよ?)」
キララちゃんが慌てて翻訳しようとする。
「あ、あのっ、タクミさん! 今のはちょっと挑発的な意味で……」
しかし、俺はニコニコと笑顔で返した。
言葉はわからなくても、心は通じるものだ。彼はきっと「一緒に頑張ろう」と言っているに違いない。
「Nice to meet you, Arthur-san! Safety First!(はじめまして、アーサーさん! 安全第一でいきましょう!)」
俺がビシッと親指を立てると、アーサーは「Hmph(フン)」とつまらなそうに顔を背けた。
照れ屋さんなのかな。
◇
演習開始。
俺たちは雲海に浮かぶ不安定な足場を進んでいく。
「Wind Blast!」
『スターライト』のメンバーたちは、風魔法で浮遊したり、ワイヤーアクションを駆使したりして華麗に飛び回っている。さすが精鋭、動きに無駄がない。
しかし、中盤に差し掛かった頃。
天候が急変した。
ゴオオオオオオオオオッ!!
猛烈な突風が吹き荒れ、視界が悪化する。
さらに、雲の中から巨大な鳥型の魔物『ストーム・イーグル』の群れが襲来した。
「Damn it! The wind is too strong!(くそっ、風が強すぎる!)」
「We can't move forward!(これじゃ前に進めない!)」
アーサーたちが必死に剣を振るうが、暴風に煽られて体勢を崩している。
足場は雨で濡れて滑りやすくなっており、一歩間違えれば雲海の底へ真っ逆さまだ。
「あー、これは危険ですね」
俺は最後尾からその様子を見て、渋い顔をした。
転落防止の柵もないし、足場もグラグラしている。これでは労働安全衛生規則に抵触しまくりだ。
「仕方ない。仮設足場を組みますか」
俺は腰袋から「鉄パイプ(に見える魔法触媒)」を取り出した。
「まずは動線の確保から」
俺は空中に向かってパイプを放り投げた。
普通なら落下するはずの鉄パイプが、ピタリと空中で静止する。
俺は次々とパイプを組み上げ、目に見えない「床(空間固定結界)」を作り出していく。
カン! カン! キン!
リズミカルな金属音が暴風の中に響く。
「はい、手すり設置完了。滑り止めマットも敷いておきますね」
俺はさらに、ホームセンターでよく見る緑色のゴムマットを空中に展開した。
そして仕上げに、等間隔で「赤い三角コーン」を置いていく。
「よし。通路確保しました!」
俺が声を上げると、アーサーたちが信じられないものを見る目で振り返った。
そこには、荒れ狂う暴風の中、微動だにしない頑丈な「鉄骨の通路」が一直線に伸びていたのだ。
ファンタジーな天空の世界に、あまりにも無骨で現代的な工事現場の風景。
魔物たちも、この異様な光景に戸惑っている。
一羽のイーグルが通路に突っ込んできたが、赤いコーン(強力な結界発生装置)に触れた瞬間、バチィッ!と弾き飛ばされた。
「This way, please! Don't run!(こっちです! 走らないで!)」
俺が手招きすると、アーサーたちはポカンと口を開けたまま動かない。
「W...What is this!?(な、なんだこれは!?)」
「Magic? No, construction work!?(魔法? いや、工事か!?)」
「Is that... a safety cone?(あれは……カラーコーンか?)」
彼らは呆然としながらも、恐る恐る鉄骨の通路に足を乗せた。
揺れない。滑らない。風も来ない。
あまりにも快適すぎる。
「さあ、避難訓練だと思って落ち着いて進みましょう」
俺は先頭に立ち、誘導灯を振りながら歩き出した。
世界最強の騎士たちが、工事現場のおっさんの後ろをゾロゾロとついていく。
実にシュールな光景だ。
アーサーが俺の隣に並び、悔しそうに、しかしどこか尊敬の眼差しで呟いた。
「...You are crazy. But... thanks.(……イカれてるな。だが……感謝する)」
「ん? 何か言いました?」
「No. Just "Safety First".(いや。ただの"安全第一"だ)」
彼はニヤリと笑い、俺の真似をして親指を立てた。
どうやら、安全の大切さが伝わったようだ。
コメント欄は、国境を超えた爆笑と称賛で溢れかえっていた。
『Safety First(世界共通語)』
『最強の真言きたこれ』
『ファンタジー世界に鉄パイプの手すりは草』
『カラーコーン結界www』
『アーサーがデレた!』
『世界よ、これが日本の裏方(職人)だ』
こうして、俺と『スターライト』の合同演習は、無事に(?)大成功を収めた。
後日、アーサーから「ウチのギルドホームもリフォームしてくれないか?」という依頼が来たのは、また別の話だ。
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