桜夜奇譚

@White_soda

第1話 出会い

桜が舞い散る季節は、美しい人がとても儚く見える。桜の木の下で、人目を気にせず桜をただ見上げている姿でさえも、絵になる気がしてくる。そんなことを考えていると、ふと目の端でさらりと風に揺れる綺麗に結われた長髪を見た気がした。思わず桜の木のある方を振り返る。だが、その綺麗な長髪を持った人はもうどこにもいなかった。

その時、僕は何とも言い難い心境になった。興奮なのか、好奇心なのか。あの人は一体なんだったんだろうという疑問がいつだって頭をちらついた。


「...あの人...凄く綺麗な人なんだろうな」


一体どういう理屈だ、と思われるかもしれない。だがこの時の俺は確かにそう思った。綺麗に結われた長髪、スラッとした長身。こんな人が桜の木の下にいたら驚くだろう。桜に攫われてしまいそうな人、というのはまさにこの人のような人のことを言うのだろう。

その時、どこかから騒がしい声が聞こえた。反射的にその方向を見ると、ある男がナイフを構えてこちらに走ってくる。俺はすっかり腰が抜けて、地面にへたりこんだ。ずっとあの人と目が合っている。こっちに来るな。そんなことを念じても、相手には何も届かない。届くはずもなく、俺は男に大人しく刺された。俺は意外に冷静で、死ぬかもしれないと思った。そうか、俺はこのまま死ぬんだ。そう思うと、瞼が重くなってきた気がして、俺はそれに委ねて目を閉じることにした。


『何もなすことなく、終わってしまった...』


自分が死にそうになっていると言うのに、こうして思い出せるのは、置いていくことになる妹と体の弱い母親のことだった。妹には、もっとたくさん着物を買ってあげたり、お菓子を買ってあげたりすれば良かった。母親には、もっと親孝行をすれば良かった。母親はもう腰を駄目にしそうで、妹に負担を掛けてしまうことになるな。何もしてあげられないダメな兄でごめんなさい。


『もっと生きたかったなぁ...』


そう思った時、すごく眩しい光を感じた。目を閉じているというのに、感じられる程の強い光。しばらくしてから光が収まり、俺はゆっくりと目を開けた。開けた瞬間、唖然とした。そこは俺が知っている街並みではなく、どこか遠い所へでも来たみたいだった。とりあえず、俺は冷静になろうとした。しかしそんな時、俺が最も混乱状態に陥った張本人と出会うことになったのだ。


「…君、こんなところで何をしているの?大丈夫?」

「…あなたは」

「ごめん、名乗るのが遅れたね。僕は新撰組一番隊隊長、沖田総司だ。」


その名前を聞いた瞬間、俺は気絶してしまった。それに気がついたのはこの変な場所にやってきてから3時間後のことだった。気がつけば俺は屋敷のような場所で寝かせてもらっていたようで、外からは随分と賑やかな声が聞こえてきている。少しだけ襖を開けて外を見てみると、思ったよりも多くの男性がいて、皆凄く良い体格をしている。その中に、さっき話しかけてくれた人がいることに気がついた。声を掛けるべきだろうか。仲間と一緒にいる時に話しかけたら駄目かもしれないと思っていると、いつのまにか俺の近くにいたようで、向こうから声を掛けてくれた。


「あ、起きたんだね!体調はどう?少しは良くなったかな。」

「もうめちゃくちゃ元気になりました…ありがとうございます。」


そんなことを言うと、沖田さんはにこやかな笑顔を浮かべた。それから、俺はこの世界のことを知るために沖田さんに質問をした。沖田さんは俺が普通に生きていればわかりそうなことも聞いたため途中不思議そうな顔をしたが、丁寧に答えてくれた。


「そうだ!僕まだ君の名前を聞いてないや。君、名前は?」

「俺は蓮田 成彦はすだ なるひこです。さっきは助けてくれてありがとうございました。」

「どういたしまして!…というか、その硬い感じ辞めない?多分、同い年くらいでしょ?」

「え?俺は今19だけど…」

「やっぱり!同い年だ!これからは総司って呼んでよ!僕も成彦って呼ばせてもらうから!」


こんなふうな会話をして、俺たちは仲を深めた。だけど、ある懸念もあった。それは、総司が俺の正体に気がつくこと。俺が道端で倒れていたことも既に彼の中では疑念の種になっていることだろう。ここから芽を出させないように振る舞わなければいけない。だが、俺はあまりこの時代について知らないし、ここを出て何処かへ行くとしても、行くあてもない。帰る算段もついていない。だから俺は考えた。この時代で、生きていく。そこで、俺は総司にこの辺りで働ける場所を聞いてみることにした。


「働ける場所?あるよ」

「そこを紹介してくれないか。俺、訳あって今働ける場所を探してて…家もないし、生活できないから…」

「…まさか、道端で倒れてたのってそのせいなの?ちゃんと休んでなかったの?」

「そうかも…?」

「そっか…じゃあ仕事紹介してあげるね!良い仕事知ってるから!」

「え、本当?」

「うん、給料も良いはずだし、住む場所にも困らないよ!ついてきて。」


そんなに良い仕事を知っていたのか。総司に聞いて当たりだったかもしれないと思いながら、総司の後をついて行くと、総司はどんどんこの屋敷の奥の部屋に向かっているようだった。その方角に裏門でもあるのだろうかと思っていたが、総司は沢山並んでいる部屋の内の一つの前で立ち止まり、襖を開けた。


「…近藤さん、失礼します。」

「おお、総司か。どうしたんだ、こんな夜に。」

「彼を、新撰組に入れてくれませんか。彼は働く場所を探してて、住む場所もないんだとか。」

「そうか、わかった。じゃあお前、総司と手合わせしろ」

「……え?」






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