第31話「情けは人の為ならず、誤解せずに使おう」

 荒れた岩場が目立つ街道を、一台の竜車が通る。

 足元に栄える赤い煉瓦道だけが良く舗装され、彼方に見える【都】まで一直線に続く。

 空からの陽射しは穏やかで、セキローの足取りも軽快だ。

 日用品を届け終え、帰路に着くだけのわたし達だが、会話は弾まない。

 それは…


「シズラ。そろそろ機嫌を直してくださいよ」

「本当は休みだったんだぜ。それをいきなり荷物を届けてこいだなんて…」

「何だかどの運送ギルドにも、緊急依頼が出たそうですね。お陰でノクターンのシフトは滅茶苦茶です」

「街道沿いの街が一つ滅んだらしいな。“心喰”が大量発生したとかで」

「ええ、ガスコインさん達も討伐隊の冒険ギルドを乗せて出ずっぱりですし」

「他人の足に使われるなんて御免だ。そっちの仕事は断ったしな」

「ははは、シズラだけですよ。ギルドマスターの依頼を断れるの」


 手綱を握りながら彼女の愚痴を聞く。これはもう【都】に着くまで止まらなそうだ。

 しかし、今回の件。街の住民が一斉に呪われてしまうなんて…。

 数年に一度起こってしまうらしいが、その度に数千人が犠牲になる。

 生存者が残っていればいいが…。

 

「一つの街道が使えないとなるとわたし達も困りますね」

「ああ、この街道も迂回路みたく使う奴のせいで、普段よりも混んでたからな」

「昨日の夜は大変でした。【都】の関所から竜車が五キロ程、渋滞していましたから」

「昼までに言ってくれりゃそんな事無かったのにな。今みたいに、あたし達以外の竜車なんて見かけんぜ」

「あはは、確かに」


 シズラが言っている事も一理ある。

 わたし達の特異性をフルに使うのであれば、昼の内にバンバン竜車で配送させるべきだ。

 しかし、“夜渡り:ノクターン”の上役達はそれをさせない。

 多分、を心配しての事だろう。

 魔法が使えて、呪いが効かない人類種なんて、唯一無二なのだから…。


「真昼の運行は危険がいっぱいですから、ギルドマスターもそれを危惧してくれているんでしょう」

「“心喰”か?んなもん、あたしが斬ればいい話だろ」

「そうですね。頼りにしてますよ」


 シズラの頼もしい声と共に、視線が和らぐ。

 実際、彼女との旅の中で命の危険に晒される事など無かった。

 ギルドの中で一番実力のあるシズラとコンビを組んでいるのも、わたしのボディーガードとしての側面が大きい。ギルドマスターはそこまで考えてくれているのだ。

 だがしかし、いくら二人が無敵のタッグと言えど、今の様な昼間の竜車運行時、気を付けなければならない事がある。

 それは他の運送ギルドが扱う竜車だ。人によっては街道のど真ん中に駐車し、エルドノーツをやり過ごしていたりしていて、通るのに時間が掛かる事もある。

 だが、一番問題なのはこのパターンだ。


「うん?前に竜車が見えますね」

「また道塞いでんのかよ。いい加減脇に停めるってのも覚えて欲しいぜ」

「それよりもシズラ、あの荷台から呪物除けの煙、出て無くないですか?」

「確かにな…」


 警戒を強めながら前の竜車に近づく、貨車に張られている革製のテントに異常は無い。

 正面のくびきには促竜種のアルテンロが繋がれたままになっており、停止してからまだ時間も経ってないだろう事が分かる。

 しかし、乗ってるはずの、御者の息遣いは聞こえてこない。


「おかしいぜ。ここまで近づかれたら、音に気付いて確認してくるはずだ」

「寝ているにしては静かすぎます、やはり…」

「中を覗いてくるか?」

「危険じゃないですか?相手が“心喰”だったら」

「こんなところに放置しとく方が危険だろ」


 “心喰”は太陽に呪われた人間の成れの果てだ。普段奴らは太陽の下にしか居られないのだが、呪われた直後だった場合、元になった人の記憶からか室内や陰のある所に潜んでいる事がある。

 この場合も密閉された荷台の中は危険だ。 

 わたしの隣から降りたシズラは、その赤い髪を束ね、慎重に竜車の中を調べに行く。

 重なった布で作られた入口を捲り上げ、暗かった車内に光を当てる。

 左手には刀の鞘が常に握られ、いつでも反撃できる状態だ。

 彼女の体がこちらから見えなくなった時、竜車全体がゴトっと揺れ、影から心喰が動き出す。

 奴は荷台の中になど居なかった。竜車の下側、底の部分に張り付いて、こちらの様子を窺っていたのだ。

 暗がりの中で赤い血管が白目だった部分を朱色に光らせる。開かれた瞳孔はどこまでも黒くわたしの事を捉えていた。


「シズラ!外です!」

「ガァーシャッ!!」


 獣がするひと吠えと共に、襲い掛かってきた心喰はわたしの居る座席にまで到達してくる。

 今度はこちらの竜車が大きく揺れ、吊り上がった口から人間の物とは思えない牙が迫った。

 声を聴いたシズラも向うの竜車から顔を出すが、心喰の叫びに驚いたアルテンロが走り出し、そのまま遠くへ連れて行かれてしまう。

 わたしは目の前に来た心喰に、とっさに創った火の魔法を当て距離を取ろうとする。

 だが相手に理性は無い。多少の炎など恐れずただ闇雲に腕を振ってきた。

 鋭い爪が服を掠める。わたしはすでに構えていた箒の先から風の魔法を当てるのだった。


「<琉牙りゅうが>!」


 放たれた風圧から、心喰は道脇の岩場へ吹き飛び、体制を立て直す隙を与えず次の魔法を叩き込む。


「<蘭武陣嵐らんぶじんらん>!!」


 真正面から嵐を受けた心喰は血で周りを染めながら活動を停止した。


「レグナンス、大丈夫だったか?」

「ええ、少し腕を引っ掻かれましたけど。もう、傷口を洗って応急処置出来ました」


 戻ってきたシズラは、心喰が死んでいるのを確認してわたしの所にやって来る。

 傷と言っても大したことは無い、包帯で巻いておけばいい程度だ。


「怪我も軽そうだな」

「そうですね、でもこんな時のために命の魔法を覚えられていたら良かったとつくづく思いますよ」

「命の魔法?」

「こういった怪我を瞬時に治すことが出来る魔法の事です。わたしは扱うセンスが無かったですけど」


 実は焦ったことを隠すみたいに、脱線した話を繰り出してしまう。

 心臓が高鳴る。今までで一番、心喰に近づかれたかもしれない。

 相手にする自信はあったがあの姿、表情、形。根源的な恐怖が駆り立てられる。


「トホホ、これじゃあ独り立ちはまだまだ先ですね」

「何言ってんだ、お前」

「シズラが居てくれて、助かったって事ですよ」


 機嫌の良くなったシズラは警戒を解き、御者席の隣に乗ってきた。

 そこからセキローを走らせ、先程暴走した促竜種が牽く竜車の下へやって来る。


「シズラ。セキローの手綱、お願いしても良いですか?」

「レグナンス、お前まさかそいつに乗っていく気じゃ…」

「そうですよ、こいつも【都】に帰る途中みたいですし。ここに付いてる紋章から、同じ【都】の運送ギルド仲間が確認できたので」

「お節介焼きは、ほどほどにした方が良いんじゃないか?」

「遺体を持って帰ったりとか、そこまでの事はしませんよ。このアルテンロを置いていくのが可哀そうなのと、荷台の荷物が勿体ないだけです」

「他のギルドであるあたし達が、そこまでする義理は無いと思うけどな」

「まあでも、偶には良い事をして名前を挙げませんと。只得さえ、最近わたし達有名に成ってきたんですから…」


【都】の運送ギルド達から、昼間に活動している龍月種と人類種のコンビが居ると噂が立っている。

 最初はそんな事、誰も信じなかった。少しも信じていなかった。しかし古今東西、噂と言うのはそういうものである。

 初めに口にしたように、今まで街道の道中で沢山の運送ギルドと出会ってきた。

 彼らは皆、太陽が高く上がる時間帯にわたし達を見つけ、口を開けて固まってる。

 シズラは「早くどけよ」としか言わないもんだから、対応するのはいつもわたしだ。

 最近聞いたのは、絶滅したはずの天使種が一人だけ生きていて、他の生き残りを探しているだとか。

 魔人種が『レグナント』と言う偽名で、【都】乗っ取り計画の為にスパイしに来ているだとか。

 まあよく尾ひれがついたものである。


「そう言えばこの竜車の積み荷って、何だったんですか?」

「レグナンス、お前見て無かったのか?“箱:アーク”だよ。荷台一杯の“箱:アーク”。どうせ【テラシャガンテ】の遺跡からでも掘り出してきたんだろ。砂だらけだったし」

「“箱:アーク”だなんて凄いじゃないですか!価値だけで言ったら【都】で一軒家が買えますよ」

「まあ、面倒な事に成ると思って、止めてたんだけどな。こっちは…」


“箱:アーク”とは魔力石で動く不思議な四角だ。

 見た目は薄汚れたブロックの塊にしか見えないが、一度マナを通せば飲み水を出したり、宙に浮いたりと用途は様々。

 現代の技術では作ることが出来ず、流通しているほとんどは、四百年前に滅んだ人類種の王都から採掘してきた物である。

 シズラはアークの価値がありすぎて、盗んだとか言いがかりをつけられた時の事を心配しているのだろう。そこはわたしの華麗な話術で乗り切ればいいだけの話だ。

 同じ運送ギルドなら二人の噂は耳にしているはず…。

 折角の知名度だし、善行を積んで姉さんの耳に入るようにしないと。

 

  そうしてわたし達は、竜車を二頭立てにして【都】への帰路に就くのだった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る