不気味な転生

ハイイ

第1話 エラー

拷問具は焚き火のそばでかすかな音を立てていた。まるで一曲の旋律のようだ。私はその演奏者であり、ここでは最も権威ある尋問官と呼ばれる存在だった。しかし、今日は楽器が一つも歌を奏でない。


椅子に縛り付けられている男の名は海辺千里。名前は女の子みたいだが、実際はとても強靭か?座席に固定され、肌は熱と冷気に交互に“訪問”された。


最初は反応していた海辺の身体も、今や――手順通りなら叫び、罵り、あるいは意識を失うはずだ。しかし、彼は笑っている。


挑発的な笑みではなく、雨に濡れたあと傘を忘れたことに気付いてしまった、あの困惑混じりの笑みのようだ。恥ずかしくも、しかし真摯な笑い。私は砂時計をひっくり返す。砂が落ちる音の中で、彼の呼吸は尋問される者のものとは思えないほど安定している。


「続けろ」

私は助手に告げた。


痛みは正確に与えられる。最も痛みを感じさせる量、リズム、部位は綿密に計算され、大半の人間なら存在しない罪を認めるだろう。しかし海辺千里は顎をわずかに上げ、風を受けるかのように構える。瞳孔は散らず、逆に一点に収束している――痛みが飲み込める液体のように感じられるかのようだ。


「どうして……痛みに反応しているのは確かだな」

私は再び海辺千里を検査し、愕然とした。


「失禁反射なし、涙もなし、感情も安定」

検査しながら信じられないと口にする。鉄のペンチが指に締め付けられる瞬間、その痛みで誰もが崩れ落ちるはずだ。


しかし――海辺千里は眉をひそめ、わずかに失望を漂わせるだけだった。


「お願い……助けて……話せば分かるでしょ? 一生閉じ込められるなんて信じられない。父は大海賊だ。少し金を渡す、何か得になることもする。放してくれない?」

彼の声は平穏で、苦さを帯びた滑稽さがある。


私は目を見開き、彼を見つめる。ありえない反応に、心の奥に冷たい感覚が芽生えた。その瞬間、空気が歪む。空間が、見えない手に引っ張られるように揺れた。拷問具、石壁、松明、呼吸までもが微かに震える――まるで現実の境界が裂かれるかのようだ。


千里の笑みは次の瞬間、途切れた。椅子は火の光の中できしむ。彼の身体は重さを失ったかのように揺れ、まるで見えない奈落に引き込まれるように――輪郭が空間で歪み、伸び、次の瞬間、完全に消え去った。


椅子ごと、海辺千里は空間から消失した。まるで存在したことすらなかったかのように。炎が揺れ、鎖が軽く響き、日常が徐々に戻る。


私は硬直したまま立ち、鉄の輪が宙に浮かんでから「カラン」と落ちるのを聞いた。助手が息を呑んだが、誰も口を開けない。記録係の羽ペンは「未招供」の行に止まり、墨が広がり、説明不能な染みのようになった。


私の知る限りの拷問学、異端記録、神跡譚のどれも、この“欠落”を説明できない。逃走でも、幻術でも、死でもない。現実の一片がえぐり取られ、私はその縁に立っていた。


――


落下。


これは海辺千里が意識を取り戻した最初の判断だった。落ちるというよりも、方向感覚のない連続的な下落。まるで上下のない喉に押し込まれたかのようだ。


本能的に笑おうとしたが、笑いは風圧で喉に押し戻される。痛みは消えておらず、神経を締め付け、かえって安心するほど慣れた感覚だ。過剰に覚醒していることは理解している。周囲は絶えず変化し、焦点は定まらない。


落下は予兆なく終わった。重力が戻り、風景が鮮明になる。海辺千里は見知らぬ土地に放り出される。落地の瞬間、椅子が真っ先に犠牲になった。


木材が衝撃で裂け、鉄の箍は疲れた関節のように外れ、短く乾いた音を連打する。海辺千里は地面に叩きつけられ、背中に強烈な衝撃を受けた。


二秒間、彼は地面に伏せた。


皮膚が裂け、筋肉が抗議し、骨がかすかに響く。それでも彼は立ち上がる。抵抗や歯を食いしばるわけではなく、長く先延ばしにしていた小さな仕事を済ませるかのように、泥の中から自分を引き上げ、血と土を拭う。


「おい? 助けてくれた恩人? さっきの手口、なかなかワイルドだったな。腰を折る寸前だったけど効率は良い、覚えておく。後でちゃんとお礼するからな」海辺千里は森に向かってそう話しかけながら、壊れた椅子を蹴り、まるで空気に抗議するかのように不満をぶつけた。


しかし、しばらく返事はない。仕方なく、千里は口調を少し和らげて続けた。


「もちろん、効果は抜群だ。目が覚める、気が引き締まる。ただし、隠れずにやってくれよ。借りを作るのは好きじゃない」


応答はない。風の音と遠くの獣の唸り以外、森は静まり返っている。低い茂み、奇妙にねじれた木々に囲まれ、海辺千里はしばらく立ち止まり、ため息をつき腰に手を置いた。


「まあいいか」

彼は息を吐き。

「どうやら、名乗らないタイプの善人らしい。善行は匿名、そのついでに人を死ぬほど叩き落とす、と」


海辺千里はうつむいて、自分の姿を確かめた。

衣服は拷問具に引き裂かれ、縄の痕と火傷が入り混じっている。乾いた血が皮膚にこびりつき、その色は汚れた鉄錆のようだった。素足で砂利と泥を踏んだ瞬間、足裏にまったく歓迎されない感触が走る。


「この格好……サバイバルでもやれってのか、それともこのまま転生しろって?」

千里は小さくぼやく。

「靴すらないのに、せめて刃物くらい残してくれてもいいだろ。筋が通ってない」


「ここがどんな場所であれ、突っ立ってるのだけは最悪だ」

そう判断し、海辺千里は高所を選んだ。


傾斜はきつくないが、足元には砕けた石が多い。踏みしめるたびに足裏が切り裂かれ、鋭い痛みが走る。だがその痛みのおかげで、意識はかえって冴えていた。まるで現実に釘で打ち留められているかのようだ。


途中で立ち止まり、息を整えながら、姿の見えない「善人」に一言毒づき、そしてまた登り続けた。


頂上に達した瞬間、視界が開ける。


荒野は無秩序ではなかった。遠く、草の色が不自然に断絶し、薄く整った線が続く。それは道。獣道でも自然の浸食でもない――明確に人の手による道だ。


さらに遠く、道の終わりに輪郭がある。


低く、重く、目立たず。防御施設のようでもあり、時間に押さえつけられた建物のようでもある。石造の構造、小規模だが完全。町ではなく、臨時の野営地でもない。砦だ。その認識が浮かんだ瞬間、海辺千里は三秒ほど固まった。


「……は?」

彼は瞬きし、もう一度瞬く。「待て、待てよ。砦? この風景、ちょっと伝説すぎるだろ」


「本でしか、画集でしか見たことない建物だ」

海辺千里は呟く。


「よし、行ってみるか……まさか、本の世界に来ちまったとか?」

額の血を拭い、笑みを浮かべる。


海辺千里は道の方向へ歩き出す。最悪の事態を考えながら。追われる、指名手配される、別の場所で不運を続ける――少なくとも、森よりは安全だ。


土は徐々に硬くなり、踏むものは石に似ているが骨のような感触。数回後、思わず下を覗き、すぐに後悔した。


それは石ではない。

少なくとも、全部ではない。


「……なるほど」

唇を噛む。「きれいに食べられてるな、腐敗臭はしない。ここらの肉食獣、衛生にうるさいらしい」


草むらから時折、物音がする。姿は見えず、見えるか見えないかの距離で動く。千里は大声で追い払うつもりだ。


「警告する。俺は機嫌悪いぞ。野犬や狼なら、状態戻ったら――」


言いかけたところで、草むらから短く低い鳴き声が響く。


獣の咆哮ではなく、湿った、気嚢の共鳴を帯びた音だ。


千里は足を止め、背筋の毛が立つ。ゆっくり振り返ると、草が押し倒され、すぐ元に戻る――何かが地面に張り付くように近づいてくる。


「……やめとこう」

千里はすぐに訂正。「今日は敵を作りたくない。各自離れて、平和に共存」


草むらが完全に払われた瞬間、海辺千里は自分の終わりを悟った。


千里は速く走れない。


意思の問題ではなく、現実の制約。筋肉は抗議し、足裏の損傷と内出血で、踏むたびに釘やガラスの上を歩くような感覚になる。走れるが、体裁も持続力もない。


その存在は地面に張り付くように滑行し、摩擦音はほとんどなく、視認も困難。地面に湿った跡を残し、距離を肉眼で確認できる速度で詰めてくる。


初めて姿を確認した瞬間、千里の脳は既知の分類を拒否した。ほとんど透明で、引き伸ばされたクラゲのように見える。表面は絶えず揺れ、内部に濁った液体が循環し、距離を保ちながら漂う――まるで思考しているかのようだ。


明確な眼はないが、正確に“千里を見ている”。


「……冗談だろ」

千里は走りながら息を切らす。「こいつ、どう進化した? 気持ち悪くして捕食かよ?」


次の瞬間、背後斜めから灼けつくような痛みが炸裂した。


火ではない。液体だ。


消化液が、突如として降り注ぐ豪雨のように背中を叩く。温度は理屈を超えて高い。衣服は瞬時に膨れ上がり、波打ち、肌はまるで熱油を浴びせられたかのように焼ける。灼熱の痛みで、海辺千里は文字通り地面に叩きつけられた。


転がりながら起き上がり、泥だらけになって走る。ルートは無秩序で、残された目標はただ一つ――「あの化け物から遠ざかる」ことだけ。背後の軟体生物は焦らず、常に獲物を確認できる距離を保ちながら、ときどき液体を再び噴きつけ、まるで彼の“余力”を削るかのようだ。


「くそ……追いかけてくるなよ、これじゃ健康になっちまうだろ!」

千里は笑えず、声すら掠れ、破れた音を混ぜながら叫ぶ。


しかし、理性は走りながら少しずつ回復していった。

息を切らし、まるで壊れた風箱のように喘ぎつつも、千里はつい振り返る。あの存在は常に地面に貼り付くように滑り、跳躍の兆候はない。障害物を迂回し、隙間をくぐり抜けても、姿勢は常に「地面に沿ったまま」だ。


「……待て」


馬鹿げているが、生死に関わるひらめきが脳裏をよぎる。


「滑るやつだな、だろ?」

千里は息も絶え絶えに笑う。狂気に近い、絶望的な笑みだ。「なら……跳ぶのは苦手か?」


前方の地形が突然、険しく不親切に変わる。雨水でえぐられた小さな断層が道を横切る。幅は大したことはないが、縁は鋭く、下はむき出しの岩盤と散乱した骨。今の千里にとって、このジャンプは非常にリスキーだ。


しかし千里は減速しなかった。


最後の瞬間、足裏に力を込める。裂けた皮膚が鋭く抗議し、筋肉はほぼ即座に悲鳴を上げる。千里は空中に跳び上がり、視界が揺れ、対岸に重く着地する。膝は石に強打し、骨がぞわりとする鈍い音を立てた。


千里は転がりながら立ち上がる。ほぼ勢いだけで遠くに逃げるように。


背後で異様な音が響く。怒りでも咆哮でもなく、判断を失った一瞬の躊躇のような音。半透明の生物は断層の手前で止まり、内部の液体が渦巻くが、跳躍せずに迂回した。


「……は」


千里は岩に寄りかかり、震えながら笑う。得意げではなく、恐怖の余韻だ。成功した、痛みに抗ってはいたが、もう二度と走れなかった。脚は力なく、視界は灰色に変わり、耳鳴りが潮のように押し寄せる。


千里は透明生物の逆方向に歩き続ける。自分でも、どこに向かっているのか分からない。


「……疲れたな」

千里は低く呟く。


「方向を確認するのは重要そうだけど……顔を上げて見るのは面倒すぎる」


膝から力が抜け、腰も沈み、ついには前方に倒れ込む。千里は体裁のいい姿勢を選ぶ余裕もなかった。


「……もういいや」

それが千里の最後のまともな思考だった。


身体の支えを失い、地面に重く倒れ込む。


視界が完全に暗くなる前に、千里は気づかなかった。頬の下の感触は、もはや泥や小石ではなかった。幸運にも、彼は人間の痕跡の上に倒れ込んでいたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る