美味しい結婚には怪異がつきもの
竹村優希/角川文庫 キャラクター文芸
序
東京・
九路線が乗り入れる渋谷駅は日々平均三百万人前後が利用し、駅前には再開発にて建設された高層ビルが乱立し、お
ただ、そんな渋谷も、近年緑化計画や人との交流を目的とした街作りが進んでおり、その一環か、
残念ながら、平日の利用者は、さほど多くない。
しかし、その日就活で疲れきっていた
六月の気候には少し暑いジャケットを脱いでひとつ
そんな中、意外なことに隣のベンチには先客がおり、いかにも疲れ切った紬希の様子がよほど目に余ったのか、突如声をかけてきた。
「あなた学生さん? 就職活動大変ね」
視線を向けると五十代くらいの女性と目が合い、紬希は少し迷った後、小さく首を横に振る。
「いえ、学生ではなくて、転職活動なんです。先月ちょっとしたトラブルで
「あらあら、それは大変。ずいぶん疲れているように見えるけれど、無理をしているんじゃない?」
「いえ、無理って程では。……ただ、ついさっき先週面接を受けた会社から不採用通知が届いて、ちょうど途方に暮れていたところで」
「まあ、可哀想に。余計なお世話だけれど、先月辞めたばかりなら、少しゆっくりできないの? ほら、しばらく実家に頼ったりとか」
「両親はもういないので、実家はないんです。一緒に暮らしていた祖父も、昨年亡くなってしまいまして。なので、ゆっくりしている場合ではないというか」
「それは……、
「いえ、両親を亡くしたのは大昔ですし、祖父も大往生だったので、今はもうなんとも。今は、不採用通知の方がしんどいです」
できるだけ重い響きにならないよう気をつけながら答えたものの、女性は表情に深い同情を
そして、突如紬希の手を取ると、両手でぎゅっと包み込む。
「あ、あの」
「大丈夫よ、大丈夫」
「えっと、私は別に、全然……」
思わず戸惑ってしまったのは、女性の唐突すぎる行動のせいではない。
女性の手がまるで氷のように冷たく、そのときの紬希は、これはおおよそ生きた人間の体温ではないと、はっきり確信していた。
「強がら ないで。ほ 本当は つ 辛いでしょうに」
「そんなこと、ないです」
「どう どうし して」
「別れには、慣れているので」
「だ だだけど だけど 本当にあな あなたい 今 たった一人き きりで」
みるみる女性の口調が崩れはじめるが、それでも紬希が落ち着いていられた理由は、明確にある。
なぜなら、こういったことは、紬希にとって日常茶飯事だからだ。
というのも、紬希は物心ついたときから、生きていない存在、いわゆる霊と呼ばれるものが
「あなたこそ、大丈夫ですか?」
「わた し 」
「はい」
「私 わた しの なにが ど どこが どどどこどこが おか おかし」
「行くべき場所、ちゃんと、わかっていますか?」
「い わか ?」
「気付いてます、よね。……もう、生きてないってこと」
問いかけながら改めて女性に視線を向けると、その姿は生きた人間さながらだったさっきまでとは違い、
よく見れば頭部の半分と右の下半身がなく、ベンチから次々と血が滴っていた。
こんなふうに体に激しい損傷がある場合の死因は電車事故が多く、それも自殺が多いことを、紬希はこれまでの経験から知っている。
本来ならば、紬希自ら安易に関わることはしないが、この女性に関しては、話しかけられた時点で霊かどうか迷う程に落ち着いており、さほど危険な存在だと思えなかったことが、会話に付き合った理由だった。
「い 生きて な わた 」
「他の皆さんが言うには、死んでいることをきちんと自覚したら、行く場所がわかるそうです」
「 い わ」
「強い無念を抱えていたり、誰かを
「 」
女性は次第に返事をしなくなったけれど、紬希の言葉は耳に入っているようで、突如
「……見つけたみたい、ですね。だったら、行ったほうがいいと思います。私には、その先がどうなっているのかよくわからないけど、多分、楽になると思うので」
「 」
「そんな体で私のことを心配してくれて、ありがとうございました」
女性は依然としてなにも言わなかったが、紬希の声に促されるようにベンチからずるりと落ちると、両手で
やがて、次々と車が行き交う道路を横切りはじめるが、当然ながら、ブレーキをかける車も騒ぐ通行人もいない。
紬希はその姿が見えなくなるまで目で追った後、ベンチに深く座り直し、どっと脱力した。
「霊の心配してる場合じゃないんだけどな」
思ったより大きめにぼやいてしまったせいで、行き交う通行人からチラチラと不審な視線が集まる。
しかし、典型的就活スタイルの紬希を見るやいなや、誰もが悩みなどお察しとばかりの表情で過ぎ去っていった。
「ま、いっか。……実際、半分は当たってるから」
紬希は誰
そして、〝霊の心配をしている場合ではない〟という自らの発言を、さっきよりも少し深刻に、心の中で唱えた。
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