第11話 後漢


二列の細長い行列となって邸を後にした。


人々は邸と呼んでいたけど、実際には役所のように機能していたんだけど。




前後を二名ずつの兵に挟まれ、さらに中程の左右にも一人ずつ。合計六人の槍兵に囲まれる形で進む。繋がれていないだけまだましだが、これは誘導ではなく連行そのものだった。




先頭には荷馬車があり、二頭の馬がそれを引いている。同じく先頭の兵士二人が荷車に乗り込んでいる。


兵士の位置は固定ではなく、一定の間隔で立ち止まっては、荷車に乗っていた者が最後尾へ、最後尾の者が中間へ、中間の者が再び先頭の荷馬車へと、絶えず位置を入れ替えていく。こちらが歩き詰めなのに、彼らだけが馬を乗り回すのが癪に障った。




荷車には鍬や斧といった農具が積まれていた。


開墾に必要な道具を支給するつもりらしい。あの下卑た役人にも、そんな配慮ができるとは意外だったが、積まれた道具はどれも刃が錆び、柄はひび割れている。到底まともに使えるものではない。あの野郎……。




俺はともかく、仲間たちはそれよりも馬に驚いていた。鼻息ひとつにさえ肩をすくめ、まるで未知の獣に囲まれているかのようにおびえている。


みんなが馬に驚くのは無理もない。弥生時代に、こんな獣は存在しないのだから。


けど、現代人の俺から見れば……ちょっと可愛い。


馬といえば競馬場で走っているサラブレッドを思い浮かべるが、それと比べればひと回り背が低い。脚もずんぐりとして、丸太みたいにがっしりした胴体。頑丈そうではあるけど、ずんぐりむっくりとしたようにも見え、かえってキュートだ。






仲間達は馬に驚いた次に、ここの町並みにまたしても衝撃を受ける。


役所に連れて行かれた時は緊張でそれどころではなかったが、今は多少観光する余裕がある。だからこそ、皆一様に目を丸くしていた。




俺たちの前には、幅広い大路がまっすぐに延びている。他の道は狭いから、きっとここが町の大通りなのだろう。土を突き固めた道の表面には砕石が撒かれ、両脇には白壁に黒瓦の家々が整然と並ぶ。軒先からは布や穀物の袋が吊られ、煉瓦や板塀に囲まれた店からは油や醤、香辛料の匂いがむせ返るように漂ってくる。倭の村では決して嗅いだことのない刺激に、思わず鼻を押さえる者までいた。




新鮮でもあるが、その中にどこか懐かしい匂いも混じっている。




――中華くいてえなぁ。もう20年以上食べてないよ…。麻婆豆腐とかラーメン食べたい。あ、ラーメンは日本食か?




通りには人が溢れ返っていた。麻衣を着た農夫風の男、深い色合いの衣をまとう商人、頭に布を巻いた女たちが子供を連れて歩く。背の高い籠を背負った荷運び人の掛け声に混じって、牛車の軋む音、犬の吠える声、市場の呼び声が絶え間なく響き、耳が痛くなるほどだった。




仲間たちはただ呆然と立ち尽くす。目に映るすべてが、自分たちの生活水準からかけ離れているのだ。


……だが逆に、俺たちもまたこの町では完全に“見世物”らしい。


通りには人だかりができ、指を差して笑う子供、眉をひそめる女、珍しげに近寄ってくる若者までいる。




――まあ、確かに。ぼろ布のような衣をまとった俺たちが歩いていれば、ここの人々にとってはまごうことなき“蛮族”だろうよ。






やがて正門へと辿り着いた。門の上には瓦屋根の櫓が載り、左右には黄土を突き固めた厚い城壁が果てしなく伸びている。木の扉は昼だからか大きく開かれ、その両脇には槍を構えた兵士が立っていた。




門を潜ると、景色は一変した。先ほどまでの雑踏と家並みは消え、代わりに鬱蒼とした田畑が広がっている。白壁の家がぽつぽつと点在してはいるが、大半は緑に覆われた農村の光景だ。


畦道には溝から水が引かれ、牛に犂すきを曳かせている姿も見える。犂牛はこの時代の日本にはまだないけど、この長閑さが倭国の雰囲気にも似ていて、仲間たちはどこか懐かしげに眺めていた。城下の喧騒に呑まれて強張っていた顔も、今はようやく安堵の色に変わっている。




更に進んで、田畑が途切れると、景色は荒れたままの雑木林と茂みに変わっていった。もう随分と歩いている。年寄りは兵士に頼み込んで、荷車の中にスペースを作って座らせてもらった。幼子は大人が交代でおぶって運ぶ。


畦道も次第に細くなり、地面には石が転がり、踏みしめるたび足裏に痛みが走る。




「ここから先だ」




荷馬車に乗る兵が短く吐き捨てる。


これ以上は車は引けない。皆で手分けして農具を運び出して進む。




やがて一帯が開け、斜面を削り取ったような土地が現れた。木は切り倒された跡だけが残り、根は掘り返されもせずにそのままだ。土はまだ荒く、岩や砂利が散在している。




そこが、俺たちに与えられた“開墾予定地”だった。




これは思った以上に大変そうだ。


でも、




「倭国へ帰る」




首長の言葉を胸の奥で反芻する。


今の俺達は、ただ何とか生き延びる為に逃げ惑い、強者に阿るだけの存在じゃない。


鋤を地面に突き刺す毎に、木を伐り倒す毎に、確実に目指す未来へと繋がっているんだ。


その確信が、俺達の心を鼓舞してくれる。




「やるぞ」




首長の号令に皆が声を上げて応じる。


やってやる。どれだけ時が経とうとも必ず、首長の、皆の願いが果たされる瞬間を見届けるまで、俺はこの人達と生き続ける。


















「あれ?何か忘れてるか?」

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