第13話 卜伝の末裔

 灰原による鎌ケ谷の殺害から数日。混迷を極める現代の闇に、さらなる衝撃が走った。

​ 京都、三条河原。

 鴨川のせせらぎが、その日の朝は赤く染まっていた。晒されていたのは、一人の老人の遺体だ。傍らには、古風な筆致で書かれた一枚の紙が、血に濡れて張り付いていた。

​『鹿島新当流・正統伝承者、ここに果てる』

​ それは、かつて柳生宗厳が若き日に師事し、五畿内外にその名を知らしめるきっかけとなった「新当流」の開祖、**塚原卜伝つかはら ぼくでん**の直系末裔だった。

 権威の略奪

​「……はぁ。歴史の重みに耐えきれず、首がもげちゃったってか。……ふぅ、笑えない冗談だ」

​ 松田憂作が、規制線の外でため息を吐きながら現場を見つめていた。

 遺体は、灰原による絞殺ではなかった。鋭利な刃物で、一撃のもとに首を断たれている。

​ 柳生隆博は、派遣会社の崩壊を前にして、狂気的な「原点回帰」を始めていた。彼はトクリュウの資金力と灰原の隠密性を使い、柳生家がかつて学んだ、あるいは超えてきた流派の末裔たちを「狩り」始めたのだ。

​「卜伝の末裔を殺し、その印可状を奪う。……そうすることで、隆博は自分が『真の柳生』であると証明しようとしている。……クソが、ただの強盗殺人だ」

 財津の沈黙と、遼の戦慄

​ 潜伏先の遼のもとに、財津が重いニュースを持ってきた。

「銭形。……塚原の末裔が殺された場所は、かつて三好長慶が、敗れ去った者たちの首を晒した場所だ。柳生隆博は、単なる金儲けの御曹司から、先祖が仕えた松永久秀のような『時代の破壊者』になろうとしている」

​ 遼は、画面に映る三条河原の惨状を見て、体が震えるのを感じた。

 自分が書いた『柳生宗厳』の物語が、現代の柳生隆博を最悪の方向へ加速させてしまったのではないか。

​「……宗厳は、卜伝の新当流を学び、その名を得た。だが隆博は、その恩師の末裔を殺し、力を奪うことで自分を飾ろうとしている。……これは、僕の書いている小説への、奴からの『返信』だ」

 第八章:新陰流・まろばし

​ 遼は、震える指でキーボードを叩き始めた。

 今の隆博を止めるには、法でも、警察でも、暴力でも足りない。奴が縋り付こうとしている「柳生という権威」そのものを、物語の力で解体しなければならない。

​ 宗厳は知っていた。流派の看板や、古い印可状に価値はない。

 卜伝から受け継いだのは、形ではない。命を懸けてなお、平然と歩み続ける『まろばし』の心だ。

 末裔を殺し、紙切れを奪ったところで、貴様の魂は空虚なままだ。隆博。貴様が手にしているのは、死者の影に過ぎない。

​ その時、遼のスマホが鳴った。

 表示されたのは、死んだはずの「鎌ケ谷」の番号。

 恐る恐る電話に出ると、聞こえてきたのは、灰原の冷たく乾いた声だった。

​『葛城先生。次は、あなたの首で新陰流の完成を祝いたい。……柳生様が、三条河原で待っている』

​ 柳生宗厳がかつて、久秀の側近として機密を担い、戦場を駆けたその足跡を辿るように。

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