柳生死すべし

鷹山トシキ

第1話 ​泥の城、血の誓い

 天文十三年、大和。柳生庄を包囲した筒井順昭の一万の軍勢は、容赦なく火を放った。

「柳生を……家厳いえよしと新次郎(宗厳)を、決して許すな」

 崩れ落ちる長屋の陰で、少年・**進藤伊織しんどういおり**は、父の最期の言葉を聞いた。

​ 柳生家の家臣であった進藤家は、殿を逃がすための「捨て石」にされた。主君である柳生家厳・宗厳親子が筒井に降伏し、所領を安堵されるための手土産として、抗戦を主張した進藤一族の首が差し出されたのだ。

​ 炎の中で、伊織は見た。返り血を浴び、無表情に一族を斬り捨てていく若き日の柳生宗厳――のちに「天下に並ぶ者なし」と謳われることになる、あの鋭い眼光を。

​ それから数年。伊織は野に伏し、復讐のためだけに剣を振るった。

 ある日、大和・吐山の合戦場。伊織は雑兵に紛れ、筒井軍の一翼を担う柳生宗厳の姿を捉える。

​「新次郎、見つけたぞ……!」

​ 伊織が背後から肉薄した瞬間、宗厳が振り向いた。そこにあったのは、戸田一刀斎より受け継いだ富田流の極意「獅子の洞入」。まるで獲物を誘い込む獅子のような構え。伊織の必殺の刺突は、紙一重でかわされた。

​「……誰だ、貴様は」

 宗厳の声は冷徹だった。伊織の剣を、彼は「武芸」ではなく「ただの殺意」と断じた。

「お主の剣には、迷いがある。家を守るための覚悟がない」

 宗厳の逆撃が伊織の肩を切り裂く。深手を負いながらも、伊織は戦場の混乱に乗じて谷底へ這い出し、生き延びた。柳生宗厳という男は、もはや一介の剣客ではない。一族を背負い、泥を啜ってでも生き残る「政治の怪物」へと変貌していた。

​ 慶長十一年。かつての若武者・宗厳は、柳生石舟斎という名の老境の達人となっていた。

 伊織もまた老いた。しかし、その手にある刀だけは、復讐の情念で研ぎ澄まされ続けていた。

 奈良、柳生の里。

 月光が降り注ぐ中、老いた二人の剣豪が対峙する。

 宗厳はもはや剣を持たず、無刀の構え。

​「進藤の子か。あの日、柳生を守るために捨てた命の、生き残りか」

宗厳はすべてを悟っていた。彼は謝罪も弁明もしない。ただ、静かに伊織を見据える。

「わしを斬れば、お主の復讐は終わる。だが、柳生の剣は、すでにわし一人のものではない」

​伊織は震える手で刀を抜いた。目の前にいるのは、かつて一族を裏切った憎き仇。しかし、同時にその佇まいは、伊織が一生をかけて追い求めてきた「剣の真理」そのものでもあった。

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