空気を読めない男、空気を読んで最強に至る ~10年間の暗黒奴隷生活。空間を数え続けた俺は、物理的な”空気”を読み切って成り上がる~

@Mitsuki_Izana

0001.空気の読めない男

 


 会社の飲み会って、

      なんであんなに空気が重いんだろう。



 俺は今、忘年会という悪しき文化に巻き込まれ

 居心地の悪い時間を過ごしている。


 みんな笑ってるのに、

 俺だけが違う世界にいるみたいだ。


 タイミングを見計らって話に入ってみても

 なぜか一拍ずれる。毎回。


「……で、俺が言ってやったわけよ!」


 場を盛り上げているのは部長。


 何やら仕事に対する心得? とやらを語り始め、

 気付いたら過去の栄光を語り出していた。


 いわゆる武勇伝って奴。

 面白くもない話だが、俺もニコニコと聞く。

 聞く姿勢だけは完璧にしてるつもりだ。


「そしたら俺のやり方が通ってな……。

 それからはお前らも知ってる通りだ。

 今の業務フローに落ち着いたってわけよ!」


「部長すごいです!」


「今のやり方って部長が作り上げたんスね!」


 同僚や課長が部長を持ち上げ、

 やんややんやと盛り上がる。


 まぁ、確かに当時は画期的だったんだろう。


 ……でも、紙ベースの今のやり方は

 今の時代に即してはいないと思うんだ。

 PCでデータベース化したが絶対に扱いやすい。


 俺はワクワクしてきた。

 今日こそ役に立てることを言えるチャンスだ。


「おい、吉田! 何ボーっとしてんだ。

 お前もそう思うだろ!?」


 同僚が声をかけてきた。

 ちょうど部長が“心得”を言い切ったタイミング。


 ――これだ。


 習った通り、今こそ“進言”という奴を

 ここでするべき場面なんじゃないか?


 そうだ、するべきだ!

 俺だって仕事の役に立ちたい!


「確かに、当時は画期的だったと思います!

 ただ、今はPCでの作業と二度手間ですし、

 いっそのことデータベース化して

 一括管理してみたらどうでしょう!」 


 ──シーン。


 静まった。空気が凍った。


 ……なんで?

 ぶっちゃけみんなもそう思ってたんじゃないの?


「空気読めよ、吉田」って

 同僚に小声で言われるけどさ。

 読んだ結果なんだよ、これが。


 俺はただ、みんなが思ってる

 “改善”を言っただけだぞ!?


 その後、課長が話題を変えてくれたけれど、

 みんなの視線と空気が息苦しくて、

 俺は逃げるように外へ出た。


 煙草タイムってやつだ。

 切り出したタイミングでまた会話を壊したけど、

 それはホントごめんなさいでしかない。


 ──シュボッ。

 ふぅ~……。


 夜の空気は冷たくて、でも妙に落ち着く。

 喫煙所の白線の上に立つと、

 ビル風が足元を撫でていくのがわかる。


 こういう“流れ”だけは妙に敏感に感じ取れるのに

 人の空気は読めない。つくづく厄介なものだ。


「はぁ……。やっぱ向いてないんだろうな。

 ああいう場……。生きづれぇなぁ人生って」


 深く煙を吸い込んだ、その瞬間だった。


 ──きゃああああああ!!!


 女の叫び声。近い。かなり近い。


 胸の奥がドクンと跳ねる。事件?

 やばい! と思うより先に動く。

 俺の足が、勝手にそっちへと向かっていた。

 

 だめだ、行くなって頭のどこかが囁いてる。


 なのに、身体が勝手に動く。

 俺の悪い癖だ。ワクワクが勝ってしまって、

 衝動的に突っ込んでしまう。


 その一歩が、最後だった。


「えっ……? 人がいっぱい倒れてる……?」


 夜の街灯が揺れて見えた。

 

 道路に点々と倒れる人影。血の匂い。

 そう思った瞬間、逃げてきた男とぶつかり、

 腹の奥に“熱い何か”を押し込まれた。


「……な、なんだ?」


 ヌメリとした感触。赤く染まった手。

 増していく熱さ、そして寒気。


 ああ、なるほど……刺されたのか。

 アイツがこの事件を起こした奴だったのか。


「へ……へへっ……はっ……」


 意外と冷静だな、俺。


 そんなことを思いながら、

 もう言葉が出てこない。

 視界がゆっくりと暗くなっていく。


 ああ……また空気、読めなかったな。

 いや、違う……これはもう……無理だろ。

 俺の人生、いっつも……こんな……。


 暗闇が、俺を飲み込んだ。


 


 ……暗い。

 いや、暗いというより、重い。

 空気がまとわりつくような感覚。

 

 何だこの圧迫感。水の中みたいで、

 でももっと柔らかい。

 ……狭い場所に押し込められているような。


 息、できてるのか?

 俺、確かに……刺されて……死んだよな?


 そう思った瞬間、世界がひっくり返った。


 ぎゅむっ、と全身が押しつぶされるような感覚。

 狭い空間を強引に通され、突然、光が降る。


 まぶしっ……!?


 肌に触れる空気の質が、今までとはまるで違う。

 

 ざらっとして冷たくて、刺激が強い。

 音も匂いも全部、やけに生々しい。


 え……なにこれ……誕生……?

 俺、今……産まれた……?


「おぎゃ……?」


 いや違う、そんな……待て待て俺、赤ちゃん!?

 状況が意味不明すぎて脳が追いつかない。


「この子……泣かないけど、大丈夫かしら?」


 母親らしき声。不安と焦りが混じってる。


 ……あっ、これ……泣かないとヤバいやつだ!!

 空気……空気が完全に「泣け」って言ってる!!


 気温。湿度。呼吸の震え。

 空間の重さ。周りの大人たちの焦り。


 全部が「泣け」と圧をかけてくる。


(泣け、泣くんだ俺!!!

 今度こそ空気読めるやつになるんだろ!!!)


「…………お、ぎゃあああああああああ!!」


 喉がちぎれるほど泣いた。

 必死で。全力で。

 

「よかった……!」

「ヴェントゥス! パパだよ〜!」


 母親の声が安堵に変わり、

 父親の手の温度が伝わる。


 俺は泣きながら、心の奥でそっと呟いた。


(……よし。今度こそ。

 今度こそは、空気読めるやつになってやる!)


 こうして俺は生まれた。

 どうやら俺の二周目の人生が始まったらしい。


 

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