第15話 車中にて

車は忌寸市を抜けて朝臣市に入った。

車窓には長閑な田園風景が広がっていた。

目的地の別荘は辺鄙な山奥にあって

周辺の別荘地からは

離れているとのことだった。

不規則な揺れの中、

私は徐々に瞼が重くなっていくのを

感じた。

ここにきて

昨夜の寝不足のツケが回ってきたようだ。

私はシートに背をあずけて目を閉じた。


 いつの間にか。

 濃い霧が一面を覆いつくしていた。

 前も後ろも右も左も上も下も

 わからない。

 私は霧の中に立ち尽くしていた。

 霧が私の全身を包み込んでいた。

 私はその中から抜け出そうと足掻いた。

 その時。

 霧が目や口、そして耳や鼻の奥へと

 染み込んでくるのを感じた。

 私は咄嗟に目と口を閉じて耳を塞いだ。

 すぐに息苦しさを覚えた。

 呼吸ができない。

 徐々に意識が遠のく中、

 ふいに肺が空気で満たされるのを

 感じた。

 私は恐る恐る目を開いた。

 霧が晴れていた。


そこは賑やかな部屋の中だった。

私は部屋の中央にある

大きな長方形のテーブルに座っていた。

テーブルには私を含めて7人の男女がいた。

私の左隣には小鳥遊。

その向こうには歌川。

歌川の対面の席には大烏が座っていた。

私の右隣には見たことのない女がいた。

ピンク色のベリーショートの髪に、

二重の狐目。

やや低い小さな鼻と大きな口。

年の頃は20代前半だろうか。

可愛らしさの中にも

どことなく荒廃した雰囲気があった。

そして。

私の対面に座っている男を見て

私は息を呑んだ。

男は笠原信明(かさはら のぶあき)

だった。

笠原も『Hangover』の常連客だった。

緩いパーマがかかった

やや長めの鉛色の髪。

長い眉に一重の細いアーモンドアイ。

高い鼻に薄い唇。

塩顔には不釣り合いな顎髭も魅力的で、

映画俳優顔負けの

整った顔立ちをしていた。

180cmという高身長で、

そのスタイルもモデルのようだった。

大烏と同い年だったが、

その見た目には雲泥の差があった。

そんな笠原の左隣には、

やはり見たことのない男が座っていた。

肩まで伸びた真っ黒な直毛が

丸眼鏡にかかっていた。

その眼鏡の奥の細い目は

開いているのか閉じているのか

判断が難しかった。

こけた頬から顎にかけて生えている

無精髭は若干清潔感に欠けていた。

同じ無精髭でも笠原のそれとは

人に与える印象がまるで違った。

恐らく40代半ば。

全体的に不健康そうだった。

ふいに男がテーブルの上のワインを

手に取った。

まず笠原のグラスに注ぎ、

次に私と隣の女のグラスにも注いだ。

そして最後に。

男は自分のグラスにワインを注いだ。

笠原がグラスを軽く持ち上げると、

男もそれに続いた。

そして皆がグラスを手にした。

私は躊躇いつつグラスに手を伸ばした。

「乾杯」

大烏の声が聞こえた。

その声に合わせて、

隣の女が自分のグラスを

私のグラスに軽く当てた。

それから女はニコッと微笑んで

グラスを呷った。

笠原と男がグラスに口をつけるのが

見えた。

私も彼らに続いた。

舌の上を液体が転がりながら

喉を通って胃に落ちていった。

酸味の中に微かな苦みを感じた。

その時。

あの病的な男と目が合った。

男はじっと私の方を見ていた。

男の口元が僅かに緩んだ・・。

ような気がした。

直後。

喉が焼けるように熱くなり、

胃をキリキリと刺すような痛みが襲った。

その瞬間、視界が歪んだ。

ガシャン!

というガラスが割れる音と共に

私は椅子から転げ落ちた。

不快な何かがこみ上げてくるのを感じて、

私は我慢ができずに嘔吐した。

一度で収まらず何度も吐いた。

胃の内容物が食道を逆流するたび、

喉に激痛が走った。

目の前に血の海が広がっていた。

その光景を見た瞬間、

私は死を直感した。

私は声にならない叫びをあげた。

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