ルイン大陸戦記
豪雪地帯
第一話 狩人と騎士
金銭的困窮は、社会に生きる人間としてはどうにもしがたい。
定職についている……訳もない男ができるのは、魔獣狩りと
現代の都で働くにはできることがなさすぎる。ついでに物知らずすぎる。
腹を空かしていよいよ限界という頃、この大都市の中心部にある闘技場に人が
「……これは何を?」通りすがりの大道芸人らしき者に聞く。
「知らないのか?毎年この時期になると闘技大会をやるのさ。勝ち抜き制、一つでも勝ちを積めば賞金が約束されるんだ。もっとも腕自慢が集まる上に、一勝ぽっちじゃ昼飯分くらいさ」おちゃらけた調子で返す。
「そうか、どうも」
「おい、応募には金がいるぞ!その体たらくで、金なんかねえだろう」
「…………………………」
「おう待て。……おまえさん、腕に自信はあるんだろうな」
「……ああ」
「へへ、じゃあお前に賭けてやる。入場金はオレが持つからよ、賞金を山分けするってのぁどうだい」
いかにも悪巧み、といった具合の表情で芸人は言う。
「その提案、飲もう」
「へっへ!せめて二回は勝ってくれると助かるぜ!」
一回戦。相手はその辺のゴロツキらしき男。ガタイは良いが反応が遅く、一発でダウン。勝利。
二回戦。相手は戦鎚使いのヒゲ面。そこそこ動けたようだが、見栄を張って重い戦鎚を使っていたらしく攻撃が鈍い。容易に避け切って蹴り飛ばし、勝利。
三回戦。相手はそれなりの傭兵。様々な武器を持ち込んできたが、最後に両手剣を選んだのが運の尽き。大剣の腹で殴り飛ばし、勝利。
昼時になって休憩時間が取られ、腹ごしらえをようやく済ませて
そして決勝の舞台。相手は騎士甲冑を纏った細剣使い。腰に二振り分の鞘があるのが気にかかるも、おそらくこれは鎧通しか何かであると考える。男は
試合開始の
束の間の静寂に闘技場が包まれる。騎士が一段深く体勢を沈める、その起こりを見て男は突進した。
腰ダメに大剣を構え、上体を進行方向に対して
騎士がその甲冑の閉じられたバイザーの先で目を見開く。たいていの敵は初見でこの反応を示し、その次の瞬間には二つに断たれている。
「フッ」
小さく気勢を上げ、腰の捻りと下半身の力で大剣を振る。狙いは胴体、右脇腹から左肩までを薙ぐ軌道。
だが騎士は冷静だった。足を最低限の距離引き、攻撃を鎧の曲面で流そうとする。
実際やや大剣は流されたが、この大剣の魅力は図体に見合わぬ軽量さだ。軌道を途中で曲げ、騎士の頭部甲冑を大剣の横っ腹で殴る。ギリギリの所で細剣が間に合い受け止められるが、バイザーはひしゃげて上半分が吹き飛んだ。
打ち合いが一度途切れ、観客の歓声が闘技場を揺るがす感覚をようやく感知する。日銭のために飛び入り参加したが、まさかこうも熱中することになろうとは思いもしなかった。
「……なんつう強引な」ちょっと引いたように騎士は言う。
「小手先の技には一家言あってな」
「片手剣でやる分にはわかるんだがな……」
そう言いながら、頭部甲冑の残った下部を外す騎士。追撃はしなかった。
「……この大剣を受け止めたのは、この闘技場でお前が初めてだ」
「そうかよ。じゃあここまでつまんなかっただろうな、スカ勝ち続きだったろう」
「まあな」
「ああ、だろうな。俺もそうだ」
そう言って細剣を再び構える騎士。
「……いざ尋常に」
「ハハ、こっから試合開始ってか。____参る!」
騎士が一歩踏み込み、細剣を肩越しに振りかぶる。細いとはいえ剣、突きも薙ぎもできるのは当然だ。
「シャッ!」
鋭く気勢をあげ、騎士から見て右上から左下まで、
それも紙一重でかわす。今度は脇に振り切った騎士は、そこから突きを繰り出した。
避けきれないと判断し、浅い傷を負うことは覚悟の上で大剣を小さい予備動作で押し出す。
それに反応した騎士の突きは鋭角に下……大剣の腹に向かっての振り下ろしに切り替わり、大剣の軌道が下に落とされる。刹那の力の攻防を経て、不利と悟ったか騎士は小さく弾きを入れて、後ろに下がりながら振りかぶる。
「セイッ!」
騎士の大振りの一閃。ヤケになったのではなく、これは距離を取るための行動だ。
この、一瞬の攻防。魔獣の単調な攻撃とは比べるべくもない、高度な読み合い。
一瞬の対応の遅れが死に直結しかねない、このヒリつく空気感。
男はその中にあって、久方ぶりの高揚を感じていた。
大きく距離を取った騎士は、ややあって話し始めた。
「よし、よく分かった。お前は"対魔獣"のスペシャリストだ。
「つまり、"対人戦"のスペシャリストなのだよ」
そう言って、パールホワイトの甲冑を着込んだ騎士団長が____
"もう一振りの剣"を抜刀した。
(マン・ゴーシュ……!)
マン・ゴーシュ。それは即ち"受け"の剣である。
敵の攻撃を流すために用いられる、いわば剣の姿をとった
熟練者が用いれば、盾より軽く、視界を遮らない防御手段となる。
(左利きというだけでやりにくいが、ここにきて……!)
無闇に斬りかかれば流され、返す一太刀で深い手傷を負うだろう。図体に反して軽いのがエーテライト製の武具の特徴だが、その分相手としても受け止めることや、弾くことが容易だ。
挙句相手は純白騎士団団長を名乗る男。これまでの数合の打ち合いで、その名乗りに値するだけの実力があることは十分把握している。どのようなことがあって闘技場などに足を運んでいるのかは定かではないが。
「……流石に無闇には攻めてこないか。だがそれなら______」
言葉を途中で切ったかと思えば、その刹那。
騎士は瞬きする間もなく、強烈な踏み込みと共にこちらへ突進してきた。
金属同士がぶつかり合う不快な音響が闘技場のレンガを軋ませた。
(……重い……!)
細剣による、おそらく突きの攻撃。薄く透けたエーテライトの向こう側に、その切先が覗く。
「やるな。これを大剣で受け止めようとは……だが」
ガキュンッ!
異様な音と共に、大剣が上に跳ね上げられる。開いた視界に見えたのは、マン・ゴーシュを逆袈裟に振り切る騎士。力で無理矢理にガードを剥がされ、胴体が空いた。
「これで決まりだ」
騎士の左手がブレる______
「オオオッ‼︎」
気づけば、雄叫びを上げていた。
跳ね上げられた大剣の腹を上からはたく。腹筋で無理矢理に前傾姿勢を作り、一瞬でも早く攻撃を弾く……!
「……勝負は決した、か」
最後の瞬間。
脇腹を抉るような軌道で男に迫った騎士の細剣は、その寸前で騎士の左手ごと大剣に叩き落とされた。
前腕部の鎧は砕け、骨もおそらく無事ではない。細剣も刀身が歪んでしまった。マン・ゴーシュは弾き上げで刃が欠け、無理に使えば折れる危険すらある。
「参った。降参だ」
__________________________________
割れんばかりの大声援を浴びて、休憩室に戻る。手甲が破損してしまっていた。
実のところ、戦闘するごとに壊れる手甲は経済的にしっかり負担である。男はため息をつき、壊れた手甲を外す。この後褒賞授与式があるので、戦闘で汚れた体を清めなければいけない。浴場に足を運び、体を清め、ついでに風呂に浸かる。昔、東方の島国から伝来したという木製の浴槽は香りもよく、ついうっかり浸かりすぎた。
闘技場は観客の入りようからもわかるように人気の娯楽であるようで、その褒賞授与式も盛大に執り行われた。優勝賞金は規定金額に加えて、公式トトカルチョの収益も上乗せされるという。
今回は特に観客の入りが良かったのだと話す闘技場総支配人。いかにも儲かったぞ、という感じで、懐ホクホク感が伝わってくる上機嫌具合だった。
その雰囲気に違わず、トトカルチョ分の収益は規定された優勝賞金にも迫ろうという大金。どれだけの人間が夢敗れ、地に這いつくばったのかは気にしないことにする。
大道芸人は男を一目見るや、「来年もこれやろうぜ」などと囁きかけてきた。トトカルチョ分の保証手形を渡すと、うはははと下品に笑って風俗街へと消えていった。世捨て人のようなやつである。
ともかくこれで金は得た。式典の後に参戦者一同での宴会があったため腹は空いていないが、静かに一服できる酒屋でも探そうか______
「やあ」
「…………」
「奇遇だな」
「……………………」
シュツルム・シュナイダーがなぜか
勢いよく踵を返すも、腕を掴まれる。そのまま引きずって歩こうとしたが、軽装とはいえ鎧装備である。流石に重く、面倒だったので断念する。
「…………何の用だ」
「いや酒盛りしにきただけだが……」
「ではなぜ俺を引き止める」
「勧誘」
「断る」
「酒の席の勧誘だよ勘違いするな」
「それも断る」
「ここの酒は美味いぞ」
「お前がいると不味くなりそうだ」
「なんてこと言うんだ」
「一人で静かに飲むのが好きだからだ、相手は関係ない」
「寂しいやつだな」
「勝手に言っていろ」
「じゃあこれは独り言なんだが」
『お前、この言葉はわかるか?』
男に衝撃が走った。わからないはずもなかった。その言語は、かつての________
「お前は」
「勘違いするな。俺は正真正銘神聖教公国出身だ」
「ならばなぜ」
「さあな。山勘で聞いた」
男は一転して席につき、酒を頼んだ。
「……詳しく話せ」
「ああ。だが条件がある」
「純白騎士団に来い」
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