第5話

「デイモン……私たちのこと、嫌になっちゃったのかなあ」


 昨日のことを思い出し、エマがまた麦酒エールを注文した。

 飲み過ぎだぞ、とジェイムスが諭す。


「そうじゃないだろ。なんつうか、あいつは自己評価が低いんだ」

「パーティー経験が少ないからだろうな。彼は自分と周囲との差をわかっていない。自分のことを無能だと思っている」

「でも、レイ。彼って今、実習期間なんじゃなかった、まだ学生でしょ?」

「来年卒業すると聞いている」

「デイモンの言っていた河川蜥蜴リザードマンの話、覚えてるか?」

「攻撃の瞬間、河川蜥蜴リザードマンは動きが止まるって話?」とエマ。

「筋肉が力むと言っていたな」

「そうだ。その話だ……冒険者を始めて10年、俺は、そんな話は聞いたことがなかった」


 僕たち3人は同級生だ。

 デイモンと同じように、17歳の時には実習もした。学校を卒業後、18歳で冒険者になり、あれから10年だ……。

 ジェイムスが言った。


河川蜥蜴リザードマンは初見殺し。情報不足な初心者ルーキーが、よく殺される。第一階層においても厄介な魔物モンスターだが、2階層、3階層と経験を重ねても、相変わらず冒険者たちはけたがる」

「奴らは、知能が高いからな」

「ああ。河川蜥蜴リザードマンが川の近くに住み着くのは、何も水が確保できるからじゃない。魚が食い放題だからでもない。冒険者が水を求めるからだ」


 森に潜むのは、冒険者が森を好むからだ。

 渓谷けいこくの近くに現れることが多いのは、渓谷には他の魔物モンスターが少なく、冒険者が抜け道に利用するからだ。


「奴らは学習能力が高い、動きも早い、反射神経は人間の比じゃない。長期戦に持ち込まれた冒険者は、必ず死ぬと言われるほどだ。だがデイモンは嬉しそうに、奴らの動きを見切った瞬間の高揚感は気持ちがいいと言っていた」

「複数は面倒くさいとも言っていたな、彼は」

「あれを“面倒くさい”の一言で片づけられるか? 複数なんか相手にしたら身がもたないだろ」


 そもそも慣れるほど戦う冒険者がいない。

 慣れようとも思わない。避けて旅をするのが常識だ。


「ちょっと待って、あれって本当の話だったの? 私はてっきり、デイモンは見栄を張ったんだとばかり……」

「どうなんだろうな」ジェイムスは鼻で失笑する。 「見栄を張るようなタイプか? 少なくとも、自分にできないことは言わない奴だ」


 デイモンは、よく謝る。

 思いがけず魔物モンスターと遭遇したとき、〈索敵サーチ〉し忘れていたと謝る。ジェイムスが〈鑑定スキャン〉を頼むと、気が利かずすみません、と謝る。

 いつも口癖のように謝る。そういう人間だ。

 彼は自己顕示のために見栄は張らない。むしろその逆だ。


「デイモンは、剣は抜くがいつも使わない」


 魔物モンスターは僕らが前衛で処理するから、中衛や後衛にはいかない。だが偶に抑えきれず、後ろに漏れるときもある。


「あいつは何でも避けるからな。まったく、よく相手の動きを見てやがる」

「洞察力がいいんだろう。体も身軽だ。だから河川蜥蜴リザードマンを相手にするのも楽なんだ。だが彼が優秀なのはそこじゃない」

「スキルだな」


 そうだ、スキルだ。

 デイモンが〈索敵サーチ〉を発動し忘れると謝るのは、前提条件がおかしいからだ。

 彼は、スキルを使い続けるものだと思っている。だが違う、そうじゃない。

 スキルには、発動限界時間というものがある。

 たとえば〈索敵サーチ〉は、360度方向に向かって波を飛ばす。その波に触れた敵の位置を知ることができるわけだが、波を打つ回数や、放つ距離には限界がある。使用には、体力スタミナを消費する。

 スキルとは、本来そういうものだ。

 スキル担当の支援職をパーティーに加えるのは、そういった理由からで、だから前衛職ほど使用はなるべく控える。


「二人とも、さっきから何を言ってるのよ。それじゃあまるで、デイモンがめちゃくちゃく強いみたいじゃない」


 ジェイムスと僕は、顔を見合わせた。思わず、笑ってしまう。

 エマは、何がおかしいのよ、とふくれっ面をした。


「ごめんごめん。まさか、エマが気付いてないとは思わなかったんだ」

「そりゃあないぞ、エマ。だがエマみたいな奴らが、あいつの周りにはいたんだろうな。だから今も、自分は弱く頼りない奴だと思い込んでる」

「……無口になってしまうだろうね、きっと」

河川蜥蜴リザードマンの話も、話したのは俺たちが初めてかもしれないな」


 人前で、あれほどスキルを使ったこともないのだろう。

 学校なら、使う機会は沢山あるはずだが……。


「最初から前衛に出すべきだった。そしたら彼も、自分の実力に気付いただろう」


 今朝の酒場は、なにやら賑やかだ。

 各テーブルは冒険者たちで一杯だった。というより、今日はやけに人が多い。

 何かあったのだろうか。

 誰もが朝刊を広げて、盛り上がっているように思えた。


 酒場の扉が音を立て、勢いよく開いたのは、空いた席を探しているときだった。

 僕たちは反射的に振り返る。入口の前に男が立っていた。

 その軍人のような服装から、治安維持隊の者だとすぐにわかった。後ろに、男女の部下を二人引き連れている。


「《陽気な少年たちジョリー・ジョニーズ》はいるか!」


 賑わっていた酒場が、少しばかり静かになった。

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