第25話

「【束縛のポイズン】!」


 クレイの現した紫色の魔法陣から、毒の気泡が連なることで生じる鎖のようなものが飛び出す。

 それはゾンビに巻き付き動きを止めた。


「女神様みてください、この通りですよ!」

「クレイ、ナイスよ!」

「でかした兄ちゃん! ほんじゃあ、救っちゃてもいいかなー!」

「お救いください!」

「――待ってください」


 ユリちゃんが止めた。

 無言で拘束されたゾンビを見つめる俺たち。

 どうしたんだろうか。


「ロードリーさん、クレイさんが使っていた魔術ってなんですか? 古代詠唱とモダン詠唱を両方使っていた気がしたんですけど」


 パールさんが訊ねた。

 ロードリーさんは「未熟な魔術師がよくやる手法だ」と言った。


「古代詠唱には経験が必要だ。だがモダン詠唱は未熟な者にも使える。あれは形骸けいがい魔術と言ってな、鼻で笑われる類のものだ」

「でも結構すごい魔術のように見えましたよ?」

「パール、魔術を極めたいのであれば覚えておくことだ。あんな半端な奴らが【B】ランクであることにはそれなりの理由がある。今それが分かった。形骸魔術は古代詠唱を使うことから形式上、上級魔術に分類される。つまりクレイが唱えた『束縛』という古代詠唱だが、これ一つあれば無数の上級魔術を習得できてしまうということだ。何故なら古代詠唱の頭かケツにでも、適当なモダン詠唱を付ければいいだけだからな。モダン詠唱は中身のない者でも使える」


 クレイがどれだけの古代詠唱を習得しているかはロードリーさんにも分からない。

 だが形骸魔術を使っている点から推察するに、片手ほどもない可能性があるとロードリーさんは言う。


「誰でもヒエラルキーの上位者でありたい、憧れられたい尊敬されたいと望むものだ。あのような連中が集まるコミュニティ内でなら通用しないこともないのだろう。だが安易に手を出せば戻れなくなる」

「どうしてですか?」


 俺は訊ねた。


「上級下位くらいの威力は出てしまうからだ。いや、上級底辺といった方がいいか。中級上位以上は容易だ。大抵の者はそれで満足してしまう。それ以上に上を望まなければ困ることもないしな」


 クレイに続きマドカも何か魔術を使うようだった。


「――【抱擁ほうようするウッドべりー】!」


 マドカの現した緑色の魔法陣から無数の木の枝が伸び、ゾンビを拘束した。

 枝には赤い木の実が生えている。


「類が友を呼んで集まった者たちは猿知恵を披露し合う。肯定し合った結果があれだ。あいつらの魔術はただのファッションに過ぎない。マドカの方は説明するまでもないな」

「酷い言い草ですね」

「【B】ランクというからどれほどのものかと期待したのだ。だが予想通りだった。ありふれた連中だ」


 ロードリーさんの口調からは拘りというより信念を感じた。

 許せないのだろう。

 そんな気がした。


 そのときクレイの魔術が無効化された。

 気泡がはじけ飛びゾンビが拘束から抜け出したのだ。


「やっべ! こいつら毒が効かねえ!」

「ちょ、ちょっとクレイ!? こっちに毒を飛ばさないでよ! 痛っ!……」


 マドカの腕にクレイの毒が付着した。

 その影響で木の枝の拘束力が弱まり、マドカのゾンビも抜け出した。

 クレイが一旦距離を取ると、マドカは腕の痛みでその場にしゃがみ込む。


「痛っ、手が……」

「マドカあぶない!」

「え」


 マドカにゾンビが襲い掛かろうとしていた。


「きゃー!」


 悲鳴が上がった直後、ゾンビの頭が真っ二つに切れた。

 ゾンビは絶命し倒れる。


「……お爺ちゃん?」


 マドカの目の前にいたのはムウの老人だった。

 今さっきまで俺たちの傍にいたはずなのに、いつのまにあんなところまで移動したのか。

 俺の黒鞘に似たガードのない刀を持っている。

 もう一体のゾンビも素早く斬り殺した。


「あ、ありがとう。お爺ちゃん」

「……」


 ムウはマドカに手を差し伸べ起こした。


「ちょっとちょっとー、なに殺しちゃってくれちゃってんのよご老人―! 蘇生蘇生! 目的は蘇生やで? 殺したアカンやーん!」


 マサオとユリちゃんと同じように俺たちも駆け寄った。


 足元のゾンビを確認しながら「これではもう無理ですね」とユリちゃん。


「拘束もできないとは情けないですね。【B】ランクが聞いて呆れます」

「そうやったそうやった、老人も困るけど君ら二人も困ったもんやで。なんやこのありさまは?」


 黙りこむクレイとマドカ。


「どうせ形骸魔術に依存する不良な冒険者だとは思っていました。よくあることですからね」

「え、そうなん?」

「はい。このランクの冒険者には多いんです」

「えー、知ってたんやったら先に言ってーやー」

「万が一を期待したのです。最悪の場合は私が拘束します」

「って言うけど、まだこんなにいるねんで?」


 マサオの言う通り、ゾンビは回廊の奥まで続いている。


「――ぐっ!? ぐぎゃぁあああ!」


 マドカが自分の首を掴み、苦しむように叫び始めた。


「マドカ!?」とクレイ。

「離れてください、彼女は感染しています!」


 ユリちゃんが全員に下がるように言った。

 マサオは「えらいこっちゃ」と慌てている。


「先生下がってください」

「だから言わんこっちゃない」

「私が拘束します! そしたら先生は女神の力を!――」


 ユリちゃんが冷静に段取りを説明していた時だった。

 ムウの老人がマドカの首を斬り落としたのだ。


「え……」


 俺は思わずを唖然とした。

 開いた口がふさがらず言葉を失った。


「マドカ!」


 クレイが手を伸ばすも回廊の床にことんと落ちる首。


「なんてことを……」


 両膝が崩れ落ち項垂れるクレイの前を通り過ぎ、ユリちゃんが老人の前で止まった。


「どういうことですか!」

「……」

「どうして殺したのですか!」


 無口な老人にユリちゃんは「答えなさい!」と強く言った。

 老人は一瞬の間に剣先をユリちゃんの首筋に向けた。触れてはいない。ユリちゃんは眼下の剣先を見下ろし動きを止めた。微動だにできず固まった。


「――変化した者は殺す。それが病魔への唯一の対策じゃ」


 ――老人が喋った。


 マサオが「喋った」と驚き固まる。

 老人は剣を下ろさず、二つの凄むまっ直ぐな眼光でユリちゃんを睨んだ。


「治療じゃと、大聖堂は一体なにを考えとるんじゃ? 覚醒者を治療などできるはずがなかろう」

「……なにを言っているのですか?」

「民衆は病だの呪いだのと平和ボケ甚だしい戯れ言ばかり。対し聖堂はいつまでたっても黙秘し何もしない。その間に被害は国外に漏れたぞ。調査と謳って何をしているのかと思えば、治療じゃと?」

「……治療の何がいけないのですか?」

「それで何か救ったつもりか? 自分が何を言っているのか分かっておるか?」

「女神様のお力なら」

「あのアホ面が大聖堂の強みじゃとでも言うつもりか?」


 マサオは「え、俺?」と自分を指さし目で問う。俺たちは無視する。

 老人は呆れたような笑みを浮かべ剣を収めた。

 何を知っているのかとユリちゃんが訊ねるも、老人は女神には何もできないと言った。

 力だけは確かなように思えた。

 ゾンビになってしまった者を治療することはできないのだろうか。


 クレイがマドカの頭を手に抱えていた。

 老人を睨みつけ涙を流している。


「人殺しが……」

「半端な覚悟で冒険などに首を突っ込むからじゃ。ごっこ遊びならランクの低い依頼で事足りたはずじゃろう」

「急に喋るようになりやがって……」

「黙っていた方が他人の思考が見えやすい。利用して悪かったの」

「は?」

「お主らが儂を誘うたのではない、儂がお主らに誘わせたのじゃ」


 いつのまにか老人の姿がクレイの真後ろにあった。

 老人はクレイの頭に手を置いていた。

 一言「楽になるがよい」と呟いた直後、クレイがナイフを抜き自分の首に突き刺した。

 誰も、何が起こったのか分からない。

 クレイは項垂れて死んだ。

 俺たちは状況が分からず沈黙する。


「急がねば……」


 回廊の先へ向かおうとした老人は足を止めた。

 ロードリーさんが杖を向けていたからだ。


「失礼だがご老人。訳を説明してもらおう」

「……訳じゃと」

「なぜクレイを殺した」

「この若者は自害した」

「そうは見えなかったが?」


 老人は観念したように「この者は戦意を失った」と答えた。


「敵の根城でこのような者を連れて歩くことはできん。野放しにもできぬ。ゾンビ・・・になってしもうたら困るじゃろ?」


 ゾンビという愛称と俺たちの無知を皮肉っているように聞こえた。

 一人一人の顔を確認し「めでたい奴らじゃ」と老人は言った。


「お主ら、今世間を賑わしとる呪いや病の根源を探しにきたのじゃろう? ならばここに何があるかくらい分かっておろう? 聖堂の者、お主ならそれくらいは知っておるはずじゃ」


 老人に鋭い眼光を向けられるも、ユリちゃんは自信なさげに「病の発生源では?……」と言った。


「ただの発生源としか認識しておらぬのか。では、ここに何が封印されておるのかも知らぬか?」

「封印?」とユリちゃん。

「封じ込められておったものをエリンギンの調査隊が掘り起こしてしもうた。今ならまだ間に合うかもしれん。奴はここから出られんでの」

「待ってくれご老人、一体何が封印されているというのだ」


 ロードリーさんが答えを求めた。


 急に回廊の空気が変わった。

 一瞬、強烈な風圧が押し寄せたかのような感覚に襲われた。

 回廊に、夜の裏道に足を踏み入れた際ような静けさが広がっている。

 それはここにいる全員が感じているようだった。


「病魔が目を覚ましよった」


 武者震いのような笑みを浮かべ、老人は回廊の先を睨みつけた。

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