第2話:重い脚

城を抜け出したミリアは、華やかな中央通りを避けて下層街へと急いだ。

石畳は次第にひび割れ、空気には鉄を焼く匂いと油の香りが混ざり始める。

このあたりは、エーテルの恩恵から取り残された、あるいはそれを拒んだ職人たちが身を寄せる「アンビル(金敷)街」だ。

路地の奥から、規則正しい鉄の音が聞こえてきた。キン、キン、と高く乾いたその音は、魔法に頼らず、己の腕一本で世界と対峙する男の鼓動のようだった。

工房の軒先で、一人の青年が火花を散らしていた。煤で汚れた作業着を纏い、鋭い眼光を真っ赤に焼けた鉄棒に集中させている。

…仲良し3人組の1人、ゼノ・ガレットだ。


「……ゼノ」


震える声で名を呼ぶと、鉄を叩く音が止まった。

ゼノは金槌を置くと、無造作に額の汗を拭い、ミリアを真っ向から睨みつけた。


「……お姫様が、こんな掃き溜めに何の用だ。それとも、そのツラは新しい流行りか? …葬式でも出すような顔しやがって…」


言葉に棘はあるが、ゼノの瞳には隠しきれない動揺があった。

彼もまた、街に流れ始めた「不穏な風」を、その鋭い直感で嗅ぎ取っていたのだ。

ミリアは何も言わず、懐からあの真鍮の護符を取り出した。

かつてこの工房の隅で、三人が笑いながら分け合った「安物」。

それが血に汚れ、元の形を留めないほど歪んでいるのを見て、ゼノの呼吸が止まった。


「……これ、カイルの……」

「……ええ。……カイル・ベインは、もう戻ってこないわ。……戦死したって」


重い沈黙が二人を包み込む。ゼノは力任せに、持っていた金槌を地面に叩きつけた。石畳が火花を散らし、鈍い音が路地に響き渡る。


「あの……馬鹿が!!!!」


ゼノの身体は怒りで震えていた。彼の拳は白くなるほど強く握りしめられ、目元には熱いものが滲んでいる。


「……行くぞ、ミリア。おばさんに、これを届けに行くんだろ。」


ゼノは乱暴にマントを羽織ると、案内するように先に立って歩き出した。


カイルの家へ向かう道すがら、ミリアは何度も眩暈を覚えた。頭上では、神の力エーテル灯が、あまりにも無機質な明るさで街を照らしている。

この光の粒の一つ一つが、戦死したカイルの命を吸って輝いているように見えて、吐き気がした。


「……眩しすぎるわ」


ミリアが呟くと、ゼノがフードの下から低い声で答えた。


「見るな。この光に感謝してる連中も、それを誇ってるあんたの親父も、みんな共犯だ。俺たちの『当たり前』は、誰かの血で洗われてるんだよ。……クソったれが」


街ゆく人々は、エーテルで動く全自動の馬車に乗り、流行の歌を口ずさんでいる。

その足元、古びた集合住宅の一角に、カイルの母が待つ部屋があった。ミリアの掌にある護符が、まるで「誰かがそこで待っている」と告げるかのように、静かに、けれど逃れられない重さで熱を帯び始めた。

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