第19話 交差する異常と非常

「村田!右から来てるぞ!」


「分かってる!」


――ドンッ!


村田はレンチをゾンビの後頭部目掛けて振り抜いた。


「クソッ!――やっぱりレンチじゃダメだ。1回で仕留められない」


「仕方ねぇだろ。全部没収されちまったんだからなぁ」


門からまたさらに、ゾンビの群れが入って来る。


「田辺は何してんだ?こんな時に忘れ物って――バットの使い方まで忘れてねぇといいがな」


「田辺くんは大丈夫だよ」


「先に行ってくれと言っていたが、流石に田辺くんでもこの数は対処できないだろう。彼が来るまで何とか凌(しの)ぐしかない」


――ドンッ!ドシュッ!ブシュッ!



*****



 田辺は体育館の壇上から荒れ狂う館内の惨状を眺めていた。


――これだ・・・


「これこそ刺激そのものじゃないか?」


――ただブツブツと、阿鼻叫喚の渦の中、誰かに話しかけているわけでもなく、独り言を言っている。


“「助けてぇ!ああああ――ブシャァ!ムシャムシャ・・」


“「嫌だぁああああ――ブシャァ!ムシャムシャ・・」


ここは地獄だ


「ここは天国か?――あっ!そうだ結衣さん達が待ってるんだった」


まだ、泣き叫び逃げる人もいる中、田辺は1mも同情することなく、何の躊躇いもなくその場を離れた。



***



 村田たち3人の死闘はまだ続いていた。


「結衣!俺の後ろに隠れてろ!」


「うんっ!」


「一旦。館内に戻った方がいいんじゃないか?あの奥の群れがこっちに来たら押しつぶされちまうぞ」


先ほど門の外から溢れ入ってきたゾンビが、村田たちの目の前に迫っていた。


「村田さん!こっちです」


そこには、先ほど村田たちが出てきた入り口の前で、こちらに来るよう促す田辺の姿があった。


「おい田辺!何してたんだ?」


田辺の軽率な行動に憤慨する冬也。


「田辺くん、ここはもうダメだ。他の出口を探そう」


「すいません。待たせてしまって。一度中に戻って、反対側の裏口から逃げましょう。そこならゾンビも、まだ少ないと思います」


「田辺くん――忘れ物はもういいの?それに・・その服・・」


結衣は血や小さな肉片の着いた田辺の姿に戸惑っていた。


「ああ、荷物を忘れたんだ。中はゾンビだらけだったから、ちょっと危なかったよ」


「そう・・だったんだ」


軽快な口調で心配はないと語る田辺に結衣は説明できない違和感を感じていた。


「今はそんなことどうでもいい――田辺、ゾンビの殺り方は忘れてねぇようだなぁ。俺たちはもう4人いねぇとダメなんだ。一人でも欠ければ、そこに隙が出来ちまう。いいなぁ?今度あんな真似してみろ!ただじゃ済まさねぇぞ!」


あの状況での田辺の行動は4人にとって危険だった。状況が分からず、それでもどうにか冷静に対応しようとする中、田辺は自己中心的な行動で3人にさらなる疑問を与えたのだ。「忘れ物」とだけ言い残して。


「すいませんでした。今後は・・」


「おい!ゾンビは待ってくれないみたいだ。行くぞ!」


目の前にゾンビのの群れがまたさらに迫っていた。


「はい!結衣さん!」


田辺は結衣の手を取り、村田に続いた。



***



「こっちです。この部屋に裏口があります」


そこは先ほど田辺が藤田親子を血と肉の塊に変えた場所だった。


「うっ!――何だ?くせぇなぁ」


部屋に足を踏み入れた時、冬也はその異臭に嗚咽した。


「ここにもゾンビが来たのか」


村田は部屋に転がった。頭のない2つの死体を見た。


「ここです。この足元に窓があります。一人ずつなら何とかいけると思います。順番はさっきと同じで・・」


「いや、お前がまず最初に行け。もう忘れ物は取りに行かせねぇ。まずは田辺、次に結衣だ」


村田は冬也をなだめながらも、意見には賛成だったようで、田辺に先に進むように言った。

田辺は苦笑いしつつ、外へと出た。都合が悪いことがあると、口角が歪み笑ったような表情になる。これは田辺の癖だった。


田辺の予想通り、ここにはゾンビはいなかった。校門から続くバリケードが、この通りへのゾンビの侵入を防いだのだろう。


「ここは大丈夫みたいです。結衣さん」


目の前には田辺の背丈ほどのフェンスがあり、その先は道路に面している。


田辺は結衣の手を取り、道路の状況を確認した。


「ここから道路に出て、車まで走りましょう」


4人揃ったところで、田辺は提案をした。


田辺は常にリスクを考えるようにしていた。これは心掛けていたというより、田辺の臆病な一面がそうさせていたのだろう。そしてそれがこの結果へとつながる。


冬也にとってここでの暮らしは、実際よりも長く感じるほど、退屈なものだった。それは田辺にとっても同じだったが、一つ違うのは、田辺は事前に避難経路を確保していたことだ。朝の日課だと称して、田辺は館内とその付近の見回りをしていた。


「流石だな・・田辺」


冬也は田辺の軽率さに怒りながらも、とっさの事態にも瞬時に対応できる準備の良さと、その判断力は評価していた。


「俺はただダラケていただけだった。その間、お前は「行動」してたんだと今は分かる。だからこそだ。田辺――あの時のお前の行動は不可解だった。」


「俺はただ楽しんでただけですよ。俺なりに――さっきはすいませんでした。別の避難経路を探しに行ったんです」


館内から漏れる微かな悲鳴も、気が付くともう聞こえなくなっていた。


「結衣を置き去りにしてか?」


「あの瞬間、俺は中よりも外の方がまだ安全だと判断しました。でも、それは間違ってました」


「本当か?俺はどうしてもお前がそこまで考えられない奴だとは思えない」


田辺は嘘はついていなかった。あの時、頭の中にあったのは結衣を守ることだ。そして次に藤田を見つけ出し殺すことだった。あの時は確かにそれが最善の策だと思った。館内よりはまだマシだと・・しかし、今思えば冬也の言うように隙だらけだ。


「すいません。あの時は冷静じゃありませんでした」


「冷静じゃなかった?・・・そうか」


冬也は田辺の言葉に違和感を抱きつつも、一言、「分かった」と答えた。


「冬也、もういいだろう?俺たちは田辺くんに頼り過ぎた。誰だって万能じゃないんだ。それにここで過ごしたブランクもある。たった1週間程度でも、俺たちの感を鈍らせるだけの時間はあったってことだ」


村田は「これからも結衣を頼む」と田辺に託した。


田辺は目を凝らし校門前の様子を窺(うかが)い乍(なが)ら何故あの時、自分だけ戻ったのかと自問自答を繰り返していた。以前の自分なら容易に気づけたことだからだ。



***************



 避難所がゾンビに襲撃される数時間前、先輩と後輩。多くの仲間を失った自衛官、吉岡は先ほどの出来事を思い出しながら、ただひたすら車を走らせていた。


「吉岡・・あとは頼んだぞ・・・」


総勢20名の自衛官が殉職した。吉岡はその生き残りだ。


男性3名と女性1名、計4名の住民を避難所へと送り届けた後、そこから来た道を戻り、吉岡は合流地点である。総合病院へと向かった。

吉岡が目的地に着いた時、そこには横たわる隊員たちの姿とゾンビの大群だけがあった。

遠くの方ではゾンビに貪り食われ、誰であったのか判別できない死体もある。


「木場さん?・・木場さん!」


目前に迫るゾンビの数に唖然とし、その場から立ち去ろうとした時、そこに先輩である木場の姿を見つけた。


「んん?・・ああ吉岡か?戻ったのか?」


「木場さん!何があったんですか?」


「・・・俺たちは油断してたわけじゃない。ただ知らなかっただけだ・・・」


木場さんはもう助からない。吉岡はどこかでそう直感していた。


「吉岡・・奴らの動きは遅い。群れても同じだ、何も変わらない。ただ・・・奴らは走れないわけじゃない」


「・・どういうことですか?」


「俺たちは見たんだ。奴らが走ることを覚えた瞬間を――」





「これから中に入る。くれぐれも用心するように」


彼らはゾンビが音に反応することを知っている。故に返事はない。


「作戦はさっき話した通りだ。偵察部隊が戻り次第、中枢へと向かう」


――「木場・・さん・・」


その時、微かな低い声と共に病院の中から1人の隊員が出てきた。隊員の片足からは血が流れ出ている。彼はえぐられた足を引きずりながらも必死にここまで戻ってきたのだ。


「どうした!――何があったんだ?」


「偵察部隊9名・・・すべて殉職・・しました。群れの中にいた数名の化け物が・・走ることを覚えました」


「走っただと?」


彼らはまだ走るゾンビに遭遇したことがなかった。


「はい。初めは・・動きも遅く、対応に困ることなく・・・任務にあたっていました。ですが・・1体のゾンビがクネクネと奇妙な動きを・・・し始めたんです。初めは何なのか分かりま・・・・せんでした。ただ・・すぐに・・・」


隊員は何かを伝えようとしていたが、そのまま気絶した。


「木場さんッ!」


「何だ!?」


その時だった。中から1体のゾンビが現れた。それはゆっくりと出てきたと思うと、急にクネクネと

奇妙な動きをし始めた。


「こいつは・・・」


次第にゾンビのふくらはぎの筋肉が徐々に肥大し始めた。そして、その動きが止まった


――・・・


――ギギャアアアァァ!


「グッ!――全員銃を構えろ!」


ゾンビは奇怪な叫び声を出し、それは彼らを威圧しているようだった。


「撃て――!」


辺りに銃声が響き渡る。ゾンビは瞬時に銃弾を避け、素早い動きで次々と隊員を切り裂いていく。


――ぐわああああ!


1人・・2人と隊員の腕が切り落とされる。


「撤退――!」


木場の声と共に数名の隊員は必死に走った。その後ろを走るゾンビが追いかけてくる。そして次々と隊員が切り裂かれていく。


――うわわわああああ!


辺りには悲鳴と奇怪な鳴き声が響き渡っている。



*********



「次々と殺されていく部下を俺は助けられなかった。逃げるだけで精いっぱいだった」


木場はこみ上げる思いを必死に堪え話した。


「その後もまた1体、また1体と走る化け物が現れた。奴らは走ることを覚えたんだ。吉岡・・銃では奴らは殺せない・・動きが速すぎて狙いが定まらないんだ」


――ギギャアアアア!


「吉岡!逃げろ!お前だけでも生き残れ。ここに来たのは間違いだった。早くここから立ち去れ。ここで起きたことを・・奴らのことを伝えるんだ。避難所が無事な内に・・」


木場は吉岡の目の前で息絶えた。



吉岡はただ避難所へと向かった。行き場ない思いを噛みしめて――


吉岡が避難所へと戻ってきた時、そこには門をくぐるゾンビの群れがあった

そして、体育館から漏れ出た悲鳴が辺りに響き渡っている。

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